スカルリーパーを倒した後、誰も歓声を上げなかった。
気を抜けば死ぬ。
その様な状況で戦い続けた今、手放しで喜べるほどの元気はなかった。
加えて少なくはない、犠牲者も出た。
「何人やられた?」
座り込んでるクラインがキリトにかすれた声で聞く。
キリトはマップを出し、人数を調べ始める。
「……9人、死んだ」
「………うそだろ」
エギルがいつもの張りのある声ではなく、弱弱しくいう。
「あと、25層もあるんだぞ……」
「俺達、本当に頂上に辿り着けるのか?」
全員が弱音を漏らす中、ディアベルが近寄って来る。
「カイ、キリト」
「ディアベル……準攻略組に被害は?」
「準攻略組から犠牲者は出てない。死んだのは、攻略組プレイヤーのみだ」
「そうか……」
「だが、今回の一戦で、準攻略組の半分は心が折れてる。恐らく、攻略組を志すことはもう………」
クォーター・ポイントだからっていくらなんでも強過ぎた。
この先、1層辺りに10人死ぬとして、100層に辿り着くころには250人、下手すると300人を優に超える犠牲者が出る。
攻略組のプレイヤーは数百人程。
準攻略組は、500人近くいるが、今回の件で半分が、最悪半分以上が攻略組を志すのを止めるかもしれない。
下手すれば100層のボス戦では、数人で行われるかもしれない。
もしかしたら、ボスと対面するのは《ユニークスキル》持ちのカイとキリト、そしてヒースクリフだけかもしれない。
そんなことを思いながら、カイはヒースクリフを見る。
ヒースクリフはというと、背筋を伸ばし立っていた。
HPはイエローに落ちてはないが、イエロー手前までに落ち、加えて精神的疲労もある。
それでも、ヒースクリフは座り込みもせず。攻略組全体を見ていた。
その姿にカイは、まるで機械の様だと思いながらも、プレイヤーたちを見つめるその温かく、慈しむ様な眼差しをしてると思った。
(いや、あれは慈しむって言うより………慈悲を垂れる神みたいな……)
次の瞬間、カイは体の芯が冷える感覚に襲われた。
そして、1つのある予感が頭を過ぎった。
「キリト」
カイは思わず、隣で座り込むキリトに声を掛ける。
キリトも同じらしく、無言で頷いた。
そして、2人は武器を再び手にした。
「カイ?」「キリト君?」
2人の様子がおかしいことに、ミトとアスナが声を掛ける。
次の瞬間、キリトが片手剣スキル、基本突進技《レイジスパイク》をヒースクリフ目掛けて放った。
キリトの行動に気付いたヒースクリフは十字盾でガードしようとする。
だが、カイが動き刀スキル、突進技《紫電一閃》を使い、ヒースクリフの十字盾をずらす。
キリトの一撃はそのままヒースクリフの喉元へと突き刺さる。
「キリト君!一体何を!」
「ちょっとカイ!何してるの!」
カイとキリトの行動に驚き、ミトとアスナが駆け寄る。
そして、驚きの表情となった。
何故なら、キリトの剣はヒースクリフには届かず、紫色のシステムタグがそれを防いだ。
《Immortal object》、不死を意味する文字がシステムタグには書かれていた。
「システム的不死………?」
「団長、一体どういうことですか……?」
ミトとアスナがヒースクリフに問う。
周りのプレイヤーもどう言うことなのか、分からないと言った表情をする。
「この男のHPはどうあってもイエローに落ちることは無い。そうシステムに保護されているんだ」
その問いに、キリトが答える。
「この世界に来てからずっと疑問に思ってたことがあった。あの男は、今何処で俺達を観察し、この世界を調整しているのか」
「でも、俺達は単純な真理を見落としていたんだ」
一拍置き、キリトとカイはヒースクリフを見据えて言う。
「『他人がやってるRPGを傍らから眺めるほど詰まらないことは無い』」
「そうだろ?」
「「茅場昌彦」」
その言葉に全員が息を呑み、空気が凍り付いた。
「…………何故気付いたのか、参考までに聞かせてほしい」
否定しないことが、肯定である証拠の為、全員がショックを受けた。
「最初におかしいと思ったのはデュエルの時だ。最後の一瞬、アンタあまりにも速過ぎたぜ」
「でも、それぐらいならまだ《神聖剣》のスキルの一部だと言えば誤魔化せる。でも、流石にアレはおかしいよな。俺の刀が、アンタの盾をすり抜けるのは」
カイとヒースクリフが戦った時、《紅蓮燦爛》を使い最後の一撃を与えようとしたら、その一撃は当たらず、カイは敗北した。
ヒースクリフはカイが目測を誤ったと言ったが、カイはあの距離で目測を誤ることはないと自信があった。
「やはりそうか。あれは私にも痛恨事だった。君達の動きについ圧倒してしまいシステムの《オーバーアシスト》と《物体透過機能》を使ってしまった」
そう言い、ヒースクリフは攻略組全員を見渡す。
「確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」
ミトが「……嘘」と呟きよろけた。
カイはそれを右手で支える。
「……趣味がいいとは言えないぜ。最強のプレイヤーが一転最悪のラスボスか」
「なかなかいいシナリオだろう?最終的に私の前に立つのは君らだと予想していた。全10種存在するユニークスキルのうち、《二刀流》スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が魔王に対する勇者の役割を担うはずだった。だが、君は私の予想を超える力を見せつけた。まぁ、この想定外の事もネットワークRPGの醍醐味と言うべきか………」
そう言い、今度はカイを見る。
「カイ君。君の《業火刀》は文字通り罪人を焼き尽くす焔だ。10000人のプレイヤーを閉じ込め、4000人近くを犠牲にした魔王を倒すのにふさわしい剣だと思わないかな?君もまた、勇者と共に魔王を討つ剣士だ」
「俺たちの忠誠……希望を……よくも……よくも……よくも―――ッ!!」
すると、《血盟騎士団》のプレイヤーが戦斧を握り締め、地を蹴り、武器を振りかぶる。
しかし、ヒースクリフもとい茅場は迎え撃とうともせず、左手でウィンドウを操作する。
すると、そのプレイヤーは空中で停止するとそのまま地面に落ちる。
見るとHPバーにグリーンの枠が点滅していた。
麻痺状態だ。
茅場は、素早く次々と他のプレイヤーを麻痺状態にする。
そして、麻痺状態じゃないのは、カイとキリトだけだった。
「どういうつもりだ?ここで全員を殺して隠蔽するつもりか?」
「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ。こうなっては致し方がない。私は最上層の《紅玉宮》にて君たちの訪れを待つとしよう。ここまで育ててきた《血盟騎士団》、攻略組プレイヤー諸君を途中で放り出すのは不本意だが、君達の力ならきっと辿り着けるさ。だが、その前に」
そこで言葉を区切り、十字剣を収めた十字盾を黒曜石の床に突き立てる。
「キリト君、カイ君。君達には私の正体を看破した報酬を与えなくてはな。チャンスをあげよう。今この場で私と2対1で戦うチャンスだ。無論、不死属性は解除するし、私も《神聖剣》の力の範囲で戦う。私に勝てば、ゲームはクリアされ、生き残った全プレイヤーがゲームから順次ログアウトできる。……どうかな?」
その言葉に2人は揺らいだ。
この先、残り25層のボスを倒せるのか?
それは無理かもしれない。
だが、今この場でなら、カイとキリトが、茅場と戦って勝てばゲームは終わる。
「カイ」
キリトがカイに声を掛けた。
「一緒に、戦ってくれるか?」
「………もちろんだ、相棒」
「!?……カイ駄目だよ……!」
ミトの手がカイの服を握り締める。
「大丈夫だ。死んだりしないから、必ずお前と現実世界に帰る。約束だ」
「…………わかった」
納得したのかミトがカイの服を離した。
ミトを優しく床に寝かせ、刀を抜く。
キリトもアスナを床に寝かせ、背中の二本の剣を抜いた。
「キリト!やめろ!」
「キリトー!」
「カイ!危険だ!戻れ!」
「師匠!」
名前を呼ばれ後ろを振り向くと、クライン、エギル、トバル、レオが必死に体を起こしながら2人を止めようとしていた。
「エギル、今まで剣士クラスのサポート、サンキューな。知ってたぜ、お前が儲けの殆どを、中層プレイヤーの育成につぎ込んでたこと。クライン、俺、あの時……お前を置いて行って、悪かった」
「て、テメー、キリト!謝ってるんじゃねぇ!今謝るんじゃねぇよ!許さねぇぞ!向こうでメシの一つでも奢ってからじゃねぇと、許さねぇからな!」
「分かった。次は向こうでな」
キリトは右手を上げ、答える。
「トバル、“焔群”を打ってくれてありがとうな。俺が“紅雪”でミトを殺したっての聞いて、お前が俺にそれを思い出させない様に打ってくれたの知ってるぞ。お前は本当に優しい奴だな。その優しさ、もっと出していけよ。レオ、お前は本当に強くなった。お前の師匠として、鼻が高いよ」
「師匠……俺、まだ師匠に鍛えて欲しいです!だから、だから……!」
「ああ、分かってる。そこで待っててくれ」
カイも右手を上げ、答える。
「一つ頼みがある」
会話を終えると、キリトが茅場に声を掛けた。
「何かな?」
「簡単に負けるつもりはないが、もし俺が死んだら、暫くでいい。アスナが自殺できない様に計らってほしい」
「俺からもいいか?キリト同様、もし俺が死んだらミトも自殺できない様にしてくれ」
「………よかろう、彼女たちは《セルムブルク》から出られないようにしよう」
「キリト君!駄目だよ!そんなの、そんなのってないよ!」
「カイ!止めて!そんなこと、そんなこと言わないでよ!」
アスナとミトの涙交じりの悲痛の声が響く。
だが、カイとキリトは後ろを振り向かず、刀と二本の剣を抜く。
茅場は手を動かし、不死属性を解除し、十字剣を抜いた。
そして、互いに構える。
(これは……
(単純な、殺し合いだ)
(ああ、そうだ。俺達は今から……)
(この男を………)
「「殺す!」」
2人同時に叫び、斬り込む。
キリトの一撃を茅場は十字盾で防ぎ、カイの一撃を十字剣で防ぐ。
カイが刀で十字剣をひっくり返す様に手首をひねり、突きを放つ。
それを躱しつつ十字盾でキリトの剣を弾くと同時に、十字剣でカイに攻撃を仕掛ける。
刀で十字剣の縦斬りを受け止め、剣を抑え込む。
そこにキリトが二刀流の連撃を浴びせる。
ソードスキルは全て茅場がデザインしたもの。
故に、全ての連続技がどこにどうくるのかも知っている。
だからこそ、カイとキリトは己の技量のみで戦うしかない。
腰を落とし、剣先を茅場に向け、突きを放つ。
茅場はそれを躱し、十字盾を下から突き上げ、カイの顎にぶつける。
「ぐあっ!」
その攻撃にカイは吹き飛び、転がる。
「カイ!」
余りにも正確な攻撃と、剣捌き。
そして、盾を巧みに使った攻撃と防御。
その姿に、キリトは1つの疑念を感じた。
もしかしたら、茅場はあのデュエルの時、《オーバーアシスト》も《物体透過機能》を使う必要はなかったのではないか。
全て演出の為で、キリトやカイが気付くかどうか見ていただけなのではないか。
「くそおおおおおおおお!!」
その疑念が、キリトを怒りの頂点へと誘い、キリトは怒りに任せソードスキルを使った。
二刀流最上位剣技《ジ・イクリプス》
連続二十七連撃を繰り出す技だ。
その時、茅場が笑った。
もう、止まらない。
上下左右から繰り出される斬撃を茅場はいともたやすく防ぎきる。
最後の一撃が十字盾にぶつかると、左手に握られた《ダーク・リパルサー》は砕け、キリトはソードスキル発動後の硬直に入った。
「さらばだ、キリト君」
茅場の無慈悲の声が響く。
茅場の持つ十字剣が、クリムゾンの光を迸らせ、キリトを斬り裂いた。
はずだった。
硬直に入り、動けないキリトが見たのは赤色だった。
それはカイのコートの色だとすぐに気付いた。
カイは、キリトと茅場の間に入り、刀で茅場の一撃を受け止めようとした。
だが、茅場の一撃は重く、そのままカイの刀を圧し折り、カイの身体を斬り裂いた。
「か、カイ!!」
キリトがカイの名前を叫んだ。
「う………うおおおおおおおおおおお!!」
カイは絶叫を上げ、《業火刀》スキル、《炎熱昇天》を使った。
カイの刀は折れた物の、まだ修復可能だった。
つまり、まだ攻撃に使えた。
放たれた攻撃は、茅場の持つ十字盾を弾き飛ばす。
そして、カイは刀を放り捨て、十字剣を持つ右手ごと、茅場にしがみ付いた。
「キリト!やれ!」
それが何を意味するのか、キリトには分かった。
先程の攻撃で、カイのHPは底を尽いていた。
今のカイはHPが底を尽く僅かな時間で居るに過ぎない。
その僅かな時間でカイは、茅場に勝つ道筋を見つけ、キリトにやるように叫んだ。
「あ、ああ………ああああああああああああああああああ!!!」
キリトは絶叫を上げ、残った片手剣“エリュシデータ”を構える。
そして、“エリュシデータ”の黒い刃は、カイの背中を突き刺し、茅場の胸に刺さった。
「………ふっ、見事だ。カイ君」
茅場は最後に笑みを零し、カイに賛辞を贈った。
茅場のHPは底を尽いた。
「………キリト」
カイは茅場を離し、後ろを振り返る。
「ありがとうな」
そう言い、最後にミトを見る。
「ミト………すまない」
その言葉を最後に、カイと茅場の身体は消滅した。