2025年1月19日
所沢総合病院の最上階にある病室。
ミトはそこに訪れた。
室内に入るとミトは、ベッドに横たわる少女に声を掛けた。
「明日奈、昨日ぶり。元気だった?」
ミトは未だに眠るアスナにそう声を掛けた。
ミトはアスナの見舞いに時間がある限り通い、その度にいろんな話をする。
話しかけていれば、いつか目を覚ますんじゃないかと思って。
椅子に座り、アスナに話掛けていると、病室の扉が開いた。
そちらを見ると、そこには1人の少年が居た。
「キリト」
「……久しぶりだな、ミト」
それはキリトだった。
本名は桐ヶ谷和人と言い、驚くことにミトとアスナより1つ年下だったことが、再会した時に分かった。
「アスナのお見舞い?」
「……まぁな」
そう言うと、キリトは椅子に座らず、ミトから距離を取って近くの壁に寄り掛かる。
キリトはミトに対して負い目を感じている。
それは、カイの死が理由だ。
ヒースクリフとの戦いの時、カイはキリトを庇って死に、死ぬ間際までゲームをクリアする為に必死にあらがった。
現実で顔を合わせた時、キリトはカイの死は自分の所為だと言い、ミトに謝罪をした。
だが、ミトはキリトに対し、責めることはしなかった。
カイがそんなことを望んでない事、そして、キリトも辛いのは同じである事が理解でき、キリトを責めなかった。
だが、キリトにとってそれは逆に辛さを与えるだけだった。
(だからと言って、罵倒するってのは違うしなぁ)
ミトはそんなことを思いながら、椅子から立ち上がる
「それじゃあ、私帰るから。じゃあね」
「あ、ミト!」
帰ろうとしたミトを、キリトは思わず呼び止めた。
「あ、その………気を付けてな」
歯切れ悪くそう言うキリトに、ミトは少しだけ笑みを浮かべる。
「ええ、ありがとう」
そう言い、出口に向かって歩き出そうとしたら病室の扉が開き、2人の男性が病室に入って来た。
「おお、来ていたのか桐ヶ谷君、兎沢君」
入って来た男性の内1人はアスナの父親、結城彰三だった。
キリトはアスナから、父親は実業家と聞いていたが、その実、総合電子機器メーカー《レクト》のCEOであると聞いた時は、心底驚いていた。
「こんにちは、アスナのお父さん」
「お邪魔してます。結城さん」
「いやいや、いつでも来てもらって構わんよ。この子も喜ぶ」
そう言い、彰三はアスナの枕元に近寄り、アスナの髪を触る。
「彼とは初めてだな。うちの研究所で主任をしている須郷君だ」
そう言い、彰三は後ろに居たダークグレーのスーツに身を包んだ、眼鏡の男性を紹介する。
「よろしく、須郷伸之です。……そうか、君たちがあのキリト君にミトさんか」
「……桐ヶ谷和人です。よろしく」
「……兎沢深澄です」
キリトは初対面ながらも、須郷に対し何処か信用できないと言った感情を持った。
一方で、ミトは須郷とは初対面だが、須郷の事は知ってた。
何故なら、よくアスナからこの男の話を聞いていたからだ。
だが、その話は決して好意的な物ではなく、殆どは愚痴で、アスナ自身須郷の事を好きではないらしい。
「いや、すまん。SAOサーバー内部での事は口外禁止だったな。あまりにもドラマティックな話なのでつい喋ってしまった。彼は私の腹心の部下でね。昔から家族同然の付き合いで、息子同然なんだ」
「ああ、社長、その事なんですが……。来月にでも、正式にお話を決めさせて頂きたいと思います」
「………いいのかね?君はまだ若い。新しい人生だって」
「僕の心は昔から決まってます。それに、明日奈さんが今の美しい姿でいる間に、ドレスを着せてあげたいのです」
「……そうだな。そろそろ覚悟を決める時期かもしれないな」
彰三はそう言い沈黙する。
「それでは、私は失礼するよ。桐ヶ谷君、兎沢君、また会おう」
1つ頷いてから、彰三は病室を出て行き、病室にはミトとキリト、そして須郷だけが残った。
須郷は、ゆっくりと移動しアスナに近付くと、髪をひと房摘まみ上げ、音を立ててすり合わせた。
その仕草に、ミトもキリトも身の毛がよだつ程の嫌悪感を覚えた。
「キリト君、君はあのゲームの中で、明日奈と暮らしてたんだって?」
顔を伏せたまま須郷が尋ねる。
さっきまでアスナをさん付けだったのに、急に呼び捨てにしてることに新たな嫌悪感を感じながらも、キリトは口を開く。
「……ええ」
「そうか……それなら、僕と君の関係は少々複雑な関係と言うことになるかな」
顔を上げた須郷は、愉快でたまらないと言った具合にニヤニヤと笑っていた。
「さっきの話はねぇ……僕と明日奈が結婚すると言う話だよ」
その言葉に、キリトは絶句した。
だが、ミトは声を上げた。
「何言ってるのよ!意識のないアスナに、そんなことできる訳ないでしょ!そもそも、アスナは貴方のことが!」
「嫌い、なんだろう?」
言葉を先回りされ、ミトは驚く。
「知ってるさ。なんせ、昔から嫌われているからね。でも、親たちは知らない。なら、今の状況は都合がいい」
「アンタ……アスナの意識がないのを良い事に、利用する気か?」
キリトが怒りを露わにして、拳を握り尋ねる。
「利用?当然の権利さ。………ねぇ、キリト君。《アーガス》がその後どうなったか知ってるかい?」
「……解散したと聞いてる」
「その通り。開発費と事件の補償で莫大な負債を背負った会社は消滅。その後、SAOサーバーの維持を任されたのは総合電子機器メーカー《レクト》のフルダイブ技術部門に委託された。そこはボクが務める部署でね。言うなれば、明日奈の命はボクが握ってるも同じだ」
須郷はキリトの前に立ち、微笑を張り付けたまま顔を寄せる。
「なら、その対価として、この娘との結婚をしたっていいだろ。ま、法的な入籍は出来ないから、僕が結城家の養子になることになる。そうなれば、結城家は僕の物となる」
「ふざけないで!そんなこと赦されるわけがないわ!すぐにでも、アスナの家族に!」
「言って、信じてもらえるのかい?」
ミトの言葉にも、須郷は態度を崩さなかった。
「君の立場は何だい?明日奈の友達だろ?だが、僕はどうだ?僕は結城彰三の腹心の部下で、息子同然に思われてる。そして、明日奈の婚約者でもある。ただの友達である君と、婚約者の僕。どちらの言葉を、信じてくれるかな?」
須郷の言う通りだった。
確たる証拠でもない限り、ミトの言葉を信じてくれる者はいないだろう。
「ま、と言うわけだ」
須郷は、一瞬で嫌な微笑から笑顔に戻り、キリトとミトの肩を叩く。
「今後は、ここに来ないで貰おう。結城家との接触も一切禁止だ。ああ、ミト君は来ても構わないよ、なんせ明日奈の友達なんだからね」
須郷は病室の扉へと向かう。
「式は来月、この病室で行われる。その時は、君たちも呼んでやるよ。それじゃあ、せいぜい最期の別れを惜しんでくれ」
去って行く須郷に、ミトもキリトも何もできなかった。
もし、2人の手に剣と鎌があれば、すぐにでも須郷の心臓を突き刺し、首を刈り取っていただろう。
だが、この世界ではミトもキリトも、ただの学生でしかなかった。
病室を出た後、ミトはいつの間にか自宅について居た。
どうやって帰ったのか、ミトには分からなかった。
そして、帰るなりミトはベッドへと倒れこんだ。
「どうしよう………私、どうしたらいいの………!」
親友の危機だと言うのに、何もできない自分が無力で情けなく、ミトは涙を流した。
「私……またアスナを救えない………救えないよ………!」
SAOで、アスナと離れ離れになり互いに命の危機だったあの時。
ミトは何もできなかった。
そんな時、助けてくれたのはカイとキリトだった。
キリトがアスナを助け、カイがミトを助けた。
あの時は、カイが自分を助けてくれた。
それからも、カイはずっとミトを助けてくれた。
だが、そのカイはもういない。
「カイ………助けて………!」
それでも、ミトはカイの名前を呼ばずにはいられなかった。
「ん?………朝。いつの間にか寝ちゃったわね……」
ベッドから体を起こし、伸びをする。
「はぁ……本当にどうしたらいいんだろ………」
目を覚まし落ち込んでいると、ちょうど机の上に置いといたスマホに着信が入った。
手に取り、パソコンの方にメールが届いた知らせだった。
ミトはパソコンの電源を入れ、メールボックスを開くと、1件の新着メッセージを確認する。
送り主はキリトだった。
From:Kirito
タイトル:なし
本文:エギルの店に来い
添付ファイル:1件
「何かしら?」
キリトからのメールに、ミトは首を傾げる。
エギルの店と言うのは、アインクラッド50層の《アルゲート》に合った店ではなく、台東区御徒町のごみごみとした裏通りにある現実でのエギルの店のことだ。
「エギルの店に来いって、どうしたのかしら?その前に、添付ファイルをっと」
添付ファイルを確認するため、ミトはファイルにカーソルを合わせ、クリックをする。
「………え?」
その添付された画像を開き、ミトは驚いた。
画像は引き伸ばされ、ドットが荒いが、その姿は、まぎれもなくミトの知ってる人だった。
「………アスナ?」