大理石で作られた丸テーブルと椅子。
傍らには純白の豪奢な天蓋付きのベッド。
床には磨き抜かれた白いタイルが真円形に張り巡らされている。
そして、それを囲う金属製の格子。
そこにアスナは居た。
SAOの開発者にして、デスゲームの首謀者、そして、アインクラッドのラスボス“ヒースクリフ”こと茅場明彦をカイの犠牲の下倒し、後はアスナ含め全員が帰還するだけだった。
だが、アスナが目を覚ましたのはこの檻の中で、既に自身の感覚では60日以上が経過していた。
今のアスナは、長い栗色の髪はそのままだが、身に着けているのは胸元に赤いリボンをあしらった、薄い布で作られた白のワンピースのみで、耳はエルフの様に尖がっており、背中には昆虫の様な半透明の綺麗な翅があった。
目を覚ました最初こそ、死後の世界に来たのかと思ったが、今ではここがSAOと同じ仮想世界なのだと理解している。
だからこそ、アスナはどうしようもできなかった。
そう言うシステムなのか、アスナが手を振ってもメニューウィンドウは出てこず、格子に人が通り抜けれる隙間があるもシステム的に通れない仕様になっている。
システムと言う絶対がある限り手の打ちようはなく、アスナはその檻の中で幽閉され続けることとなった。
だが、そんな状況であるにも関わらず、アスナは強かった。
決して挫けぬものかと心を強く持ち、日々の孤独と焦燥から耐え続けた。
(必ず………必ずここから出てやるんだから………)
椅子に座り、テーブルの上で両手を組み合わせて、アスナは心の中で愛しい人の名を呟く。
「キリト君………」
「やれやれ、随分と強情だね」
キリトの名を呟いた瞬間、何者かに声を掛けられた。
アスナはその声がした方を向く。
世界樹から続く巨大な枝を渡り、その何者かは檻の前に立つ。
そして、そこに作られた扉を開け、檻の中へと入る。
「いつになったら、君は僕の者になってくれるんだい………ティターニア?」
そう言って現れたのは、金髪に、額に白銀の円冠を付けて、緑色のトーガに身を包んだ、蝶の様な翅を持つ男だった。
端麗と呼ぶにふさわしい顔の男だが、その笑みからはその男の内の本性が漏れ出しており、アスナは嫌悪感を浮かべる。
「その変な名前で呼ぶのは止めて。私はアスナよ…………須郷さん」
「興覚めだなぁ。この世界では、僕は妖精王“オベイロン”。そして、君はその妃にして女王“ティターニア”。多くのプレイヤーが羨望を込めて見上げるアルヴヘイムの支配者………それでいいじゃないか?」
妖精王“オベイロン”、その正体は須郷信之だった。
須郷はキリトやミトに見せたようないやらしい笑みを浮かべ、アスナに近付く。
「それで、君は何時になったら僕の伴侶として心を開いてくれるんだい?」
「何時まで待っても無駄よ。私が貴方に上げるのは、軽蔑と嫌悪だけよ」
「やれやれ本当に強情だ………でもねぇ、なんだか最近は…………」
アスナへと一歩一歩、ゆっくり近づき、須郷は手を伸ばす。
「そういう君を力ずくで従えさせるのも楽しいかなぁって思うんだよ」
いやらしい笑みがより一層強みを増して、アスナの身体に触れる。
その瞬間だった。
「熱っ!!!」
そう叫び、須郷は飛び退く様にアスナから離れ、アスナに触れた手を庇う。
須郷の手にはダメージエフェクトが出ており、何かしらの攻撃を食らったことが分かる。
「くっそ!まだ処理出来てないのか!処理班の連中何してるんだよっ!修正期限はとっくに過ぎてるんだぞ!」
須郷は苛立ち、地団駄を踏んで、叫ぶ。
どういう訳か、須郷は今のアスナに触れることは出来なかった。
最初こそ、アスナとこの世界で対面した時、須郷はアスナを襲い、心を折ろうとした。
だが、触れた瞬間、この世のモノとは思えない程の強烈な熱を感じ、触れることは出来なかった。
何かしらのバグだと思い、すぐさまアスナのデータを調べるもデータに異常はなく、原因不明のまま須郷はアスナに触れられないままでいた。
「部下に対して当たり散らす前に、ここに来る前に原因不明のバグが取り除けたか確認する必要があったんじゃないんですか?そんな態度で、よくうちの会社の研究主任が務まりますね……須郷さん」
「くっ……!ふん、そうやって強がってられるのも今の内だぞ!そのバグが消えた時、それが君の最後だからな!」
須郷はアスナに向かってそう叫び、檻の中から出て行く。
須郷の姿が見えなくなると、アスナは緊張が解け、その場に座り込んだ。
「よかった……まだバグが残ってて………」
原因不明のバグが消えていたらどうしようかと思っていたが、原因不明のバグはまだ残っているらしく、アスナは安堵の溜息を吐く。
「でも……熱か………」
熱と言う単語に、アスナはある人を思い浮かべる。
その人は、アスナの恋人であるキリトの相棒で、自身の親友であるミトの恋人だった男。
“焔の剣聖”カイ。
アスナは思わず、カイが自分を守ってくれているのではとずっと考えている。
だが、それはありえないことだ。
アスナは、カイが死ぬのを自身の目で確認している。
だから、そんなことあり得ないのだ。
だが、それでも「もしかしたら……」っと思ってしまう。
「カイ君………貴方は生きてるの?もし……もし生きてるなら………ミトとキリト君を、助けて………!」
アスナは手を組み、祈る様に言う。
自分よりも、自分の行いでカイを死なせたと後悔をしてるキリトと、今もきっとカイを想い続けているであろうミトを助けて欲しいと…………