ジークがリーファの後を追うと、リーファはアルン中央市街へと続く階段の陰に隠れるように蹲っていた。
「リーファ」
声を掛けながら、ジークが近づく。
リーファは何も言わず、顔を伏せたままだった。
そんなリーファに、ジークは何も言わず隣に座る。
「………あの人が、リーファのお兄さんだったんだな。話に聞いてたより、ずっとしっかりしてる人じゃないか」
「………言うほどしっかりしてないもん」
ようやくリーファが口を開いた。
「ご飯の後は食器は水につけてって言ってもしないし、お風呂最後に入ったらお湯抜いてって言ってるのに抜かないし…………」
よくある兄妹の愚痴らしきものが聞こえ、ジークは思わず笑みを浮かべる。
「何笑ってるのさ……」
「すまない。何と言うか、仲が良いんだなと思ってな」
「…………昔はね、本当に仲が良かったの」
リーファはポツリポツリと語り始める。
「でも、お兄ちゃんが剣道止めた時から、お兄ちゃんはパソコンとかネットゲームにのめり込んじゃって、私はその寂しさを埋めるように剣道に打ち込んだ。そしたら、余計に距離が出来ちゃった」
「なるほど。桐ヶ谷さんがあんなに剣道が強いのも、その反動だったんだな」
「本名呼ばないでよ」
「あ……すまない。思わず………」
「まったく………」
うっかり本名を言うジークに、リーファは困ったように笑う。
「そんなことしてる内に、お兄ちゃんとの距離はどんどんできて、何とかしようと思った矢先にあの事件が起きた………」
「………SAO事件か」
ジークは2年前に起こり、つい最近終息したSAO事件を思い出す。
全国で10,000人のプレイヤーがVR世界に囚われ、事件が終わるまでに約4,000人が死亡。
その10,000人の中にキリトが居たのを、ジークは知ってる。
SAO事件が起きた時、ジークは大変だと思いながらも、何処か他人事の様に感じていた。
順樹は絵を描くのが好きで、3度の飯より絵を描くことが好きだ。
美術部顧問の教師に許可も取り、休日や放課後などに美術室を開けてもらい絵を描いている。
だからこそ、VRゲームなんて自分には縁がないものだと思っていた。
だが、あの日、美術室に今にも潰れそうな表情で入って来た直葉に驚き、どうしたのかと尋ねた。
直葉は、順樹の顔を見るなり号泣し出し、順樹は泣き出す直葉に狼狽えた。
そこで、キリトがSAO事件の被害者になったことを知った。
それを知った時、順樹は自分はなんて馬鹿なんだと思った。
自分にとっては他人事でも、事件の被害者やその家族にとっては一大事なんだと。
ましてや、仲のいい友達の兄がその事件の被害者。
知らなかったとは言え、不謹慎だったと思う。
それからだった。
順樹の中に、直葉を支えたいと言う感情が芽生えたのは。
だからこそ、興味のなかったVRゲームに誘われた時も、快く参加した。
「もう2度と会えないかもって思ってた。でも、お兄ちゃんは戻って来た。その時は素直に嬉しかったし、前みたいに仲のいい兄妹に戻れるようにいっぱい話そうと思ってた。なのに、お兄ちゃんはあたしにも、お母さんにも何も言わないでまだゲームを!ううん、それは別にいい!一番許せないのは、ナーヴギアを使ってることが許せない!」
「ナーヴギアを?ナーヴギアは、すべて回収されたと聞いたが………」
「どんな方法を使ったのか知らないけど、お兄ちゃんはナーヴギアをまだ持ってる。アミュスフィアは買ってないから、ALOに入るならそれしかない………なんでそんなことするんだろう………どうして何も言ってくれないんだろう………どうして頼ってくれないのさ、お兄ちゃん………」
か細くなる涙声で、リーファはそう呟く。
「そうか……リーファはやさしいな」
ジークはリーファの頭に手を置き、優しく撫でる。
「リーファが本当に怒ってるのは自分に黙ってVRゲームをしてたことでも、ナーヴギアでALOにログインしてることでもない。自分を頼ってくれないことに怒ってるんだな」
「…………うん、多分そうかも。…………やっぱり、血の繋がってない兄妹だから頼ってくれないのかな………」
「………血の繋がりなんて、関係ないさ」
そう言うジークに、リーファは顔を上げる。
「辛い時に頼ってくれないのは辛いだろうし悲しいだろう。だが、家族だからこそ頼ってはいけないと思ってるかもしれないだろ?」
「え?」
「俺にも経験があるからわかる。頼りたくても頼れない。頼ってはいけない。これは自分の問題だから………家族に迷惑を掛けたくない。きっとそう思ってるさ、キリトさんは」
ジークはそう言い、リーファを見る。
リーファとジークの目が合い、数秒沈黙が流れる。
すると、リーファは前を向いて、あることを呟く。
「………そう言えば、あたしまだお兄ちゃんとちゃんと話せてないや」
そう言って、立ち上がる。
「ちょっと話してくる!」
「キリトさんなら、《アルン》の北側テラスで待ってると言ってた。早く行くといい」
「うん!あ……でも、どうやって話したら…………」
「リーファ、君は剣士だ。そして、キリトさんも剣士だ。言いたいことは、全部剣に乗せてぶつければいいんじゃないか?」
「なにそれ?変なの………でも、嫌いじゃないかな」
リーファは笑い、翅を広げ空へと飛ぶ。
「ありがとう!ジーク!」
そう言って、リーファはキリトの所へと向かって空を飛ぶ。
「おーい!ジーク!」
リーファが飛んで言った直後、突如レコンが現れた。
「レコン?どうして《アルン》に?麻痺毒を食らって捕まっていたんじゃ」
レコンが居ることに、ジークは尋ねる。
「全員毒殺して逃げて来た。それより、他の皆は?リーファちゃんはどこ?」
「リーファなら、本音でぶつかり合いに行ったよ」
「え?どういうこと?」
訳が分からず、レコンは首を傾げる。
そんなレコンを放置し、ジークはリーファが飛んで行った方を見つめる。
そして、リーファの笑顔を思い出す。
「やはり笑顔が似合うな、