僕がチルドレンのママになるんだよ!   作:はっぽーしゅ

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ハッピーニューイヤー(白目)
ちょっと魂がパルデア地方にトリップしてて更新遅れました。アギャッス!(謝罪ドン)

最近オリ主のミナトくん視点が少な過ぎて、主人公とは…ってなってきました。もうヒロインって事でえぇんとちゃう?





えぴそ〜ど10:かぞくはいっしょ -安堵と不安と光と陰と-

 

 

 夕陽に照らされた地上から、地下本部のケージへと回収される初号機。

 オペレーターの声と共にエントリープラグがイジェクトされ、プラグ内のLCLが排水されていく。

 

(任務、完了…)

 

 肺に残ったLCLを吐き出した私は、オレンジ色の水滴に濡れた初号機のインダクションレバーをそっと撫でた。

 

(…ありがとう、初号機)

 

 私の想いに応えて一緒に戦ってくれた紫色の巨人に、心の中で感謝を告げる。

 ありがとう。感謝の言葉。あたたかい言葉。優しい言葉。

 三尉に教えられたこの言葉が、私は好きだ。

 しかし、である。

 

(…三尉は、おしおき)

 

 それとこれとは話が別。あの不真面目で軽薄で白状な保護者には、一度しっかりと灸をすえる必要がある。あの無駄に背丈が縦に長いだけの子犬男、入江ミナトには。

 

(…戦ったのは、私)

 

 初めての実戦を前に緊張する私を———家族を置いて、三尉はあの碇シンジと…

 

(…頑張ったのは、私)

 

 使徒を撃破し、緊張と昂揚から解放されて一息ついている私。三尉はそんな私に一言かける事もなく、またしても碇くんと…

 しかもだ。三尉は今日会ったばかりの碇くんに、なんと頭を撫でさせていた。私が撫でたら嫌がって逃げるくせに。大人を撫でちゃダメって叱ってくるくせに。

 私には決して触らせようとしない、シルクの様に滑らかなあの金髪。それを突然現れた他所の子供に、あぁも好き放題触らせて。

 何故だろう、思い出すだけで胸がムカムカしてくる。

 ……躾。躾が必要。自分が誰を撫でて、誰に撫でられるべきなのか。この機会に一度、しっかりとあの駄犬にわからせてあげる必要がある。

 

「ダメ犬、三尉はダメ犬……」

 

 ぶつぶつ言いつつプラグから這い出て、乗降用リフトにトンと降りる。まだ少しだけ、手脚が震える。

 医療スタッフが来ると思い周囲を見やると、長い脚を絡れさせながら格納庫のキャットウォークを爆走する、金色の細い影が目に入って。

 

「……」

 

 ……胸のムカムカが、ほんのちょっぴりだけ、軽くなった気がした。ほんの、ちょっぴりだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えぴそ〜ど10:かぞくはいっしょ -安堵と不安と光と陰と-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……!」

 

 広大なNERV本部を、ぜぇぜぇ息を切らしながら全速力で駆け抜けていく。

 途中何度も人にぶつかりそうになって、その度に大声で平謝りして頭を下げる。驚いて目を白黒させている相手をそのままにして、またバタバタと走り出す。

 ホントはこんな事、いい大人がやっていい事じゃない。でも、今ばっかりはマナー違反も気にしていられない。

 

(早く、早く……!)

 

 初号機の華々しい勝利に湧き立つ中央指令室で、僕はレイちゃんが心配で居ても立っても居られなくなり、副司令に許可を貰って格納庫までレイちゃんを迎えに走っていた。

 シンジくんをあの場に一人置いてきてしまったのがちょっと申し訳ないけど…大丈夫かなぁ、シンジくん。副司令がいるから大丈夫だとは思うけど…心細くなってないかなぁ…

 なんて心配事も、頭の片隅でポコんポコんと浮かんだり消えたりするだけで、すぐさま思考の全てがレイちゃんに塗りつぶされしまう。

 怪我してたらどうしよう、痛い思いしてたらどうしよう、怖がってたらどうしよう…そんな想いが絶え間無く湧き出してきて、胸の動悸が止まらない。

 今すぐあの子を腕の中に閉じ込めて、その体温を芯まで確かめて…そうして、あの子の存在を感じたくて堪らない。自分でも信じられない程に狂おしく、僕はレイちゃんを欲していた。

 

(レイちゃん…レイちゃん……!)

 

 脇目も振らずに格納庫に飛び込み、硬いキャットウォークの床面をカンカン鳴らしてひた走る。やがて目の前に、巨大な冷却液のプールに身を沈めた紫色の巨人と、その頸からそっとリフトに降り立つ小さな少女の姿が。

 ……レイちゃん!

 

「レイちゃんっ!」

 

 バクバクと喧しく限界を主張する肺と心臓に鞭打ちながら、必死に少女の名を叫ぶ。酸欠でフララフラの身体を無理矢理引きずり、愛しい家族の元へと駆けていく。

 

「……」

 

 リフトからキャットウォークに降りたレイちゃんが、じっと僕を見つめている。

 あぁ、よく無事で…よく帰ってきて…!

 

「レイちゃん……っ!」

 

 遂にレイちゃんの元に辿り付いた僕は、感極まってレイちゃんの小さな身体を思いっきり抱きしめ———

 

「ダメ」

「ぬあっ!?」

 

 ———ようとしたらフイッと避けられ、そのままキャットウォークの手すりに顔から激突しましたとさ!痛スギィ!?

 

「イ、イタタ…なんでぇ…?」

 

 強打した鼻を押さえながら涙目でレイちゃんを見上げると、レイちゃんはジトッとした半目で責める様に僕を見下ろしていた。

 

「…何しにきたの」

 

 空色の髪からポタポタと水滴を垂らしながら、赤いジト目で睨んでくるレイちゃん。ツンと小さく尖った唇からは、僕への溢れんばかりの不満がひしひしと伝わってくる。

 ……えっと、これってひょっとして?

 

「……ふふっ」

 

 僕はレイちゃんにバレない様にこっそり小さく笑ってから、立ち上がってパッと両手を広げた。

 

「もちろんお迎えだよ!さ、おいで〜♪」

 

 ニッコリ笑顔を作りながら、おいでおいでと胸を開く。

 ふふ、レイちゃんったら、やっぱり寂しかったんじゃない。うんうん、ごめんね?寂しかったね?心細かったね?よく頑張ったね、

えらいえらい。レイちゃんはえらいね、いい子だね。僕も寂しかったよ、会いたかったよ。今日はいっぱい甘えていいからね。さぁ、おいでおいで♪

 

「……」

「おいで〜♪」

「……」

「おいでおいで〜♪」

「……」

「お・い・で〜♪」

「……サヨナラ」

「はいさよなら〜……って、えっ!?アレッ!?」

 

 クルッと踵を返してツカツカと歩き去って行くレイちゃん。ちょっとちょっとちょっと!?

 

「レイちゃん!?なんで!?なんで行っちゃうの!?」

「……」

 

 慌てて駆け寄ってあたふたと縋り付くけど、レイちゃんはツンとした顔のまま聞く耳を持ってくれない。なんでぇ……?

 

「レイちゃん、レイちゃん?」

「……」

「うぅっ…レイちゃぁん……?」

「……ふぅ」

 

 レイちゃんの後ろで忙しなくサイドステップを繰り返しながら、泣きつく様に名前を呼び続けていると、ようやくレイちゃんが僕に向き直ってくれた。

 あぁ、レイちゃん!

 

「レイちゃ」

「ステイ」

「んむっ!?」

 

 すかさずぎゅーしようとすると、湿ったプラグスーツに包まれた右手でむにっと口元を押さえつけられた。

 

「んむむ?(レイちゃん?)」

「おすわり」

「…むぁい?(はい?)」

 

 お、おすわり……?

 

「……」

「むぁ、むぁい…(アッ、ハイ…)」

 

 レイちゃんの無言の圧力に屈し、ちょこんとその場に正座する。あ、口は放してもらえました。うぇ、ちょっと血みたいな味がするぅ……

 …って、いやいやいや。え、なにこれ……?

 

「……」

 

 うっ、なんかすんごい見られてる…すんごいジト目ですんごい見られてる…これは相当ご立腹であらせられる……?

 

「…三尉」

 

 ピチピチスーツ姿の女子中学生の前に正座する成人男性というヤバすぎる絵面のまま、訳もわからず沙汰を待っていると、ようやくレイちゃんが口を開いた。

 

「三尉は、誰の保護者なの」

「え?」

 

 誰の保護者って、それはもちろん……

 

「誰」

「はっ、はい!綾波レイちゃんです!」

 

 ビクッ!と身体を跳ねさせながら慌てて答える。プ、プレッシャー…!

 

「…そう。三尉は、私の保護者。ファーストチルドレンの保護者。綾波レイの保護者」

「は、はい…」

「……」

「レイちゃん…?」

 

 不満気な顔のレイちゃんは、そこで一度言葉を切って。

 

「……じゃ、ない」

「ぇ……」

 

 右手を僕の頭に伸ばし、ちょん、と前髪の先っぽを小さくつまんで。

 

「……碇くんのじゃ、ない」

 

 くしゅくしゅ、と僕の髪を弄りながら、そうポツンと呟いた。

 

「ぁ……」

 

 その寂しそうな表情……ほとんど無表情に近いけど、それでも隠しきれていない寂しさの発露。それに気づいて、僕の胸がギュッとキツく締まった。

 

「レイちゃん……」

「……」

 

 前髪を弄り続ける小さな手に、そっと自分の両手を重ねて、包み込む。

 

「ごめん、ごめんね……一人にしちゃって、本当にごめん……」

 

 ツヤツヤしたゴムっぽい質感の右手を握りながら、ぎゅっと自分の頬に押し当てる。僕の体温を伝える様に、僕の気持ちを伝える様に。

 僕を見つめて口を噤んだレイちゃんを見上げ、赤い瞳にぴったりと目を合わせる。ルビーの様に艶めく二つの丸鏡に、泣きそうな顔をした僕の姿が小さく写った。

 

「おかえり、レイちゃん」

 

 精一杯の気持ちをこめて、僕はレイちゃんに笑いかけた。

 帰ってきてくれてありがとうって気持ち、寂しくさせてごめんねって気持ち。

 僕らの世界を守ってくれてありがとうって気持ち、君に命をかけさせてごめんねって気持ち。

 色んな気持ちで胸がいっぱいで、良い言葉が浮かばない。こんな時、はかせや葛城さんだったら、カッコよく締められるのかな。

 

「おかえり、おかえり……ぅ、ぅぅっ……」

「…?」

 

 …うん、やっぱりダメみたいだ。僕はもう、これしか言えない。

 

「……っ、た」

「…三尉?」

「よかった…!」

「…っ」

 

 僕はレイちゃんの静止を押し除けて立ち上がり、彼女の小さな身体を思いっきり抱きしめた。もう、限界だった。

 

「よかった、よかった…!」

「さ、三尉」

「ちゃんとまた会えた…!ケガもなくてよかった…!もう会えないのかって、帰ってこれないんじゃかいかって、僕、何度も、なんども、かんがえて……ぅぅっ……!」

「く、くるし……」

 

 びしょ濡れの小さな身体を抱きしめて、存在を確かめる様にぎゅうっと力を込める。

 あぁ、なんて小さな身体なんだろう。このままぎゅーってしてたら、ぽっきり折れちゃうんじゃないのかな。

 でも、放さない。放せるわけない。大好きな家族が、大切な子どもが、ケガひとつなく危ないトコから帰ってきてくれたんだ。こんなハグだけじゃ、とっても足りない。

 

「レイちゃん……」

 

 腕に閉じ込めた細い腰と小さな頭を、うんと強く抱き寄せる。しっとり湿ったつむじにキスを落とすと、やっぱり薄い血の味がした。

 

「ありがとう、帰ってきてくれて、ありがとう……あぁ、もう、ホントに、もう……っ!」

「お、おれる…さんい、おれる……」

「もうぜったい、ぜったい一人にしないからね?ずぅっといっしょにいるからね?ずっと、ずっと、ずぅぅっとね?一生いっしょにいよう?ね?」

「お、おわる…いっしょう、おわ……」

「レイちゃん……っ」

「んんぅ……!?」

 

 胸のなかでもごもご言うレイちゃんを、身体全体を使ってすっぽりと包み込む。

 もう放さない。一人にしない。ずっとずっと、ずぅっといしょ。僕の子。僕の娘。僕の家族。家族、家族……

 

『ミ、ナト…だいじょ、ぶ……』

『おかあさん……?』

 

 ……家族はいっしょ。いつでもいっしょ。離れちゃいけない。独りじゃいけない。

 

『よかった…ミナト、ミナ、ト……』

『おとうさん……?』

 

 ……レイちゃん。レイちゃん。僕のレイちゃん。かわいいレイちゃん。大好きなレイちゃん。

 

『お、おかあさん…?ねぇ、だいじょうぶ?おかあさん?おとうさん?…え……?』

 

 ……僕らはいっしょ。一生いっしょ。死んでもきみを一人にしない。心の底から愛してる。

 だから…だから、ね?レイちゃん、お願いだから……

 

「て……」

「さん、い……?」

「そばに、いて……」

「っ、ぇ……?」

 

 ぼくを、ひとりにしないで……

 

 

 

 

 

 

「ここです。カードキーをどうぞ」

「はい……」

「私はこれで失礼します。ご用の際はそこの通話機をお使いください」

「はい……」

「では……今日は、色々大変だったね。ゆっくり休むんだよ、碇シンジくん。それじゃ」

「……」

 

 士官服姿の男性に案内された、無機質な内装の小さな個室。

 僕は備え付けのベッドに腰を下ろして、パタンと仰向けに倒れた。

 

「なにしにきたんだっけ……」

 

 力無い呟きが、知らない天井に吸い込まれて消えてゆく。

 僕は無雑作にズボンのポケットを探り、年季の入ったカセットプレーヤーを取り出した。

 緩慢な動作でイヤホンを耳に挿し込み、スイッチを入れる。手元からカチッと硬質な音が鳴り、イヤホンからは一昔前のヒット曲が程々の音質で流れ始めた。

 

「……」

 

 セカパク前の豊かな情緒が感じられる、大衆的な歌謡曲。どこか落ち着くその音色をぼんやり聴き流しながら、天井に張り付いた四角い照明器具を意味もなく眺め続ける。

 知らない街、知らない大人。知らない女の子、知らない怪獣。そして、知らないロボット。これだけ沢山の知らない事が、たった数時間のうちに、津波の様に押し寄せてきた。   

 もう僕の頭はパンク寸前で、これ以上何かを考えたら、水を入れすぎた風船みたいに弾けてしまいそう。

 でも、そんな熱った頭でも、やっぱりぐるぐる考えてしまう。この街で起こっている事について。あのロボットについて。父さんについて。綾波について。

 

「大丈夫かな、綾波……」

 

 ミナトさんの腕に抱かれながら見たあの少女、綾波レイ。自分と同い年だという彼女が、あのエヴァンゲリオンとかいう巨大ロボットのパイロットだなんて、にわかには信じられない……まるで、マンガかアニメの世界じゃないか。

 でも、ここは現実だ。アニメじゃなくて、ホントのことだ。架空のキャラクターなんかじゃない生きた人間が、命をかけて戦ってるんだ。

 

「……ぅっ!」

 

 モニター越しに見聞きした生々しい殺し合いと爆音がフラッシュバックして、ゾワッと全身が粟だった。思わずプレーヤーをギュッと握り締め、音量を上げる。時代錯誤な気の抜けたギターの音色が、ドクドクと脈打つ心臓を少しだけ宥めてくれた。

 

「父さん……」

 

 ベッドの上で胎児の様に縮こまり、プレーヤーを胸に抱く。イヤホンから流れる曲が、歌謡曲からクラシックに切り替わった。

 オーケストラの重厚な演奏が、僕の不安を少しずつ落ち着けていく。僕は無性にチェロが弾きたくなった。音に身を委ねたいと思った。

 

「ミナトさん……」

 

 こんな時、あの人が居てくれたら。今こそあの人の胸の中で、この不安感を吐き出してしまいたいのに。きっとあの人なら、僕に優しくしてくれるのに。

 

「……」

 

 僕はプレーヤーの再生を止めて、耳からイヤホンを抜いた。

 このプレーヤーは、前に父さんからもらった物。これを使っていると、世界から自分の存在が切り離されて、父さんに守られている様な気持ちになる。僕はいつだってこのプレーヤーを肌身離さず持ち歩き、守られてきた。

 でも、今はどうしてか、これを使いたくないと思った。父さんと面と向かって会って、話して、不満をぶつけて、背を向けられて……もう、父さんなんかに、これ以上頼りたくないって。そんな子どもじみた反抗心が、僕にプレーヤーを止めさせたのかもしれない。

 

「ふぅ……」

 

 むっくりと上体を起こして、サイドテーブルにプレーヤーを置く。物言わぬプレーヤーを眺めながら、父さんの言葉を思い出す。

 

『エヴァに乗れ、シンジ』

 

 エヴァ。エヴァとは、あの紫色のロボットの事だ。

 

「エヴァン、ゲリオン……初号機、だっけ」

 

 あのロボットに、僕が乗る?綾波と同じ様にアレに乗って、怪獣と戦う?

 

「いやだ、いやだよ父さん…なんでだよ……」

 

 握った拳を額に押し当て、俯きながら、僕は鬱々と父を呪った。

 綾波の戦いが終わって、泣き止んだミナトさんが全速力で部屋を出て行った後。僕は迷わず父さんを問い詰めようとした。今ここで起こっている色々な事を、とにかく全部説明させようと。

 でも、父さんの隣にいた冬月さんという老齢の男性に、僕の苛立ちは静かに諌められた。

 曰く、今はこの騒ぎの収集をつける事が第一で、父さんはNERVのトップとしてこれから寝る間も無い程多忙になると。明日の正午には必ず時間を作り、そこで全てを説明させる。その時は自分と、ミナトさんも同席すると。

 

『君の気持ちはよく分かるし、決して間違っていないとも。だがどうか今だけは、この老いぼれのお願いを聞いてはくれんかね』

 

 そう穏やかに説得されてしまい、僕は頷く事しか出来なかった。なんとなくあの冬月という人には、何があっても逆らえない様な気がする。

 

「明日。明日、か……」

 

 そんなこんなで案内されたこの個室に、今日は一泊する。でも、きっと一泊じゃ済まないだろう。父さんが言った事が本当なら……僕があの、エヴァンゲリオンに乗るっていうのなら。

 

「なんで僕なんだろう……」

 

 僕は再びベッドに倒れ込んで、知らない天井を見上げた。

 ロボットのパイロットなんて、プロの大人がやればいいじゃないか。マンガやアニメの世界じゃなくて、ここは現実なんだから。

 

「ホントの世界なんだから……」

 

 不満と不安が重なって、イヤな動悸が止まらない。僕はぎゅっと胸を押さえて、震える目蓋を固くを閉じた。

 今はとにかく、チェロが弾きたい。それと、あの人に会いたい。

 

 

 

 

 

 

 医療班による入念な検査と問診を受け終えた私は、診察室を出て指定の病室へと歩き出した。今晩は家に帰らず、ここに一晩入院する。

 別に入院と言っても、怪我や精神汚染が認められた訳ではない。初めての対使徒戦を終えた後だからという事で、あくまで万が一の為。検査入院の様なものだ。

 そう、私の身体は問題ない。問題ないのだ。ノープロブレムだ。オールクリアだ。

 ……だと、言うのにである。

 

「疲れてるでしょ?ゆっくりでいいからね」

「……」

「お腹空いてない?おにぎりあるからあっためてこようか?」

「……」

「ん、廊下ちょっと寒いね。お部屋のエアコンは弱めにしようね。あ、階段気をつけてね」

「……」

 

 ……私の保護者、過保護すぎ。

 

「極端、三尉は極端……」

「ん?」

「……なんでもない」

 

 私にぴったり寄り添って離れない三尉に手を引かれながら、ゆっくりゆっくり廊下を歩く。すっかり嗅ぎ慣れた筈の三尉の優しい香りを間近に感じて、くすぐったい様な恥ずかしい様な、落ち着かない気分になってゆく。

 何故だか妙に恨めしい気持ちになって、隣を歩く三尉の顔をチラリと盗み見る。そうすると、三尉はすぐさま私の視線に気づいて、ニコ、と柔らかく微笑みかけてくる。私は思わず顔を逸らしてしまった。どうしてかわからないけれど、少し、顔が熱い。

 

「ふふ♪」

「……」

 

 繋いだ右手が、きゅっと握り直される。顔が熱いのは、三尉の手が温かいからに違いない。そうに、違いない。

 ……いや、違う。私は今、嬉しいのだ。極度の緊張から解放されて、安心できる存在である三尉を間近に感じられて、それが嬉しくて堪らないのだ。

 庇護者たる三尉に抱きしめられて、笑いかけられて、手を繋がれて、寄り添われて。思わずそのまま擦り寄りたくなるけど、何故かそれは気恥ずかしくて、照れくさくて。そして、そんな考えを三尉に勘づかれたらと思うと、もっと恥ずかしい気持ちになって。気づけば私の頬には血が集まって、悶々とした熱を持ってしまう。

 でも、そんな熱を持っているのは私だけで、三尉は普段と変わらずふにゃふにゃと笑っているだけで。そんな彼との温度差に、何故かちょっぴりモヤモヤして……

 

(わからない。嬉しいのに、モヤモヤして、恥ずかしくて。でも、それでもやっぱり……嬉しい)

 

 きゅ、と彼の手を握り返すと、三尉の肩が、私の肩にトンと重なり、くっついた。

 触れ合った肩が嬉しくて、また彼の顔を盗み見る。三尉は今度は私の視線に気づかず、穏やかな微笑を浮かべたまま前を見据えて歩き続けた。

 落ち着いた雰囲気の、大人の横顔。普段の子どもじみた騒ぎっぷりとはしゃっぎっぷりが、まるでウソの様だ。それに、さっき格納庫で見せた、あの取り乱し様も……

 

(さっきの三尉は、どこか変だった……)

 

 私を抱きしめながら、何かに怯える様に震えていた三尉。

 最初は、私と同じ様に彼も私を求めていたのだと、碇くんより私の方がちゃんと大切なのだと、そう思えて単純に嬉しかった。でも、あの時の三尉の、声と言葉……

 

『一生いっしょにいよう?ね?』

『そばに、いて……』

 

 ……まるで、凍えている様だった。温かい言葉の筈なのに、安心できる声なのに。あの時の私は、彼の腕に抱かれている安堵よりも、彼の心がどんな状態で、何を感じてああなったのかが気になってしまった。

 

(三尉は、何かを恐れている……気がする)

 

 三尉の手の温もりを感じながら、視線を前に戻す。病室まで、もうすぐ。

 

(三尉が恐れているものは……私の、死?)

 

 あの時、三尉は私をぎゅうぎゅうと抱きしめながら、私の身を案じていた事、私との再会が嬉しい事を、涙ながらに話していた。

 確かに、三尉は普段から私に対して、大好きとか、大切とか、愛してるとか、そういった好意的な言葉を発してきていた。

 好きな人、大切な人。そんな相手が死ぬとすれば、それは確かに怖い…かもしれない。私も、もしも碇司令が死んでしまったらと考えると……とても、イヤな気分になる。胸がザワザワして、ギュゥッとして、痛くて痛くて、堪らなくなる。

 もしも彼が、私に対してそんな痛みを抱えていたのだとしたら……

 

(…おかしい。私は、おかしい。だって……)

 

 私は今、彼の心を案じている筈なのに。家族である彼の精神状態を、心配している筈なのに。

 

(嬉しいと、思ってしまう……)

 

 自分という存在が、入江ミナトの精神に多大な影響を与えている。そう考えると、どうしようもなく嬉しくなってしまう。

 私は、彼に必要とされている。好かれている。愛されている。要らない人間でも、代替えの効く人形でもない、今のこの綾波レイという私自身を、彼は欲している。碇くんではなく、この私を。

 

(おかしい、わからない、わからない。私は三尉が心配なのに、その三尉が苦しんでいる事に、私は喜びを感じている……)

 

 私は、入江三尉が好きな筈だ。安心できる家族として、甘えさせてくれる保護者として。

 好きという言葉の意味は、正直今もよく分からない。でもなんとなく、好きな相手には優しさを、慈しみを持つべきだという事は分かる。だと言うのに、私は……

 

『帰ってきてくれて、ありがとう……』

(うれしい……)

『ずぅっといっしょにいるからね?』

(嬉しい……)

『そばに、いて……』

(嬉しい……!)

 

 私、は……

 

「……」

「レイちゃん、レイちゃん?」

「っ、……え?」

「病室着いたけど……だいじょぶ?」

「ぁ…そう、そうね……」

「……?」

 

 ……よそう。今日はもう、これ以上メンタルに負担をかけるべきじゃない。自分でも気づかないところで、使徒から影響を受けている可能性もある。

 

「……寝る」

「あ、うん…レイちゃん、ホントにだいじょぶ……?」

「問題ないわ。おやすみなさい」

「そう?そっか…うん、おやすみ」

 

 そそくさとベッドに潜り込んで、すぐさま窓側に寝返りをうつ。なんとなく今は、三尉に顔を見られたくない……

 

「よいしょ」

 

 ……と思ったのに、三尉は窓側に置かれたパイプ椅子に腰掛けてしまった。

 

「…………………………………」

 

 私は無言で再度寝返りをうった。

 ……てっきり、もう帰るのかと思っていたのに、まさか病室に残るとは。つい一月前まで、私の側には碇司令しかいなかったから、どうにも三尉含め他の人たちの行動が上手く読めない。

 

「おつかれさま、レイちゃん」

 

 丸イスから身を乗り出したらしい三尉が、私の頭をゆったりと撫でながら、耳元で囁く。

 

「今日はホントにありがとう、ゆっくり休んで、元気になってね」

「……」

「おやすみ」

 

 そう最後に囁いて、三尉は私の頭にキスを落とし、耳元を離れていった。

 

「……」

 

 そのままの体勢で、何分と、何時間と、私はただ無言で過ごした。背後に三尉の存在を感じながら、余計な事は考えない様にと自分に言い聞かせて、目を閉じて。

 

「入江三尉、そろそろ……」

「はい?…あ、時間ですか……」

「……」

 

 そうして体感数時間が過ぎた頃、ひとりの女性医官が面会時間の終了を告げた。今日はもう、三尉との時間は終わりだ。

 

「…レイちゃん。今日は僕も本部に泊まるから、何かあったらケータイで、ね?」

「……」

「って、もう寝てるよね。ふふっ……」

「……」

 

 ぽそぽそと小声で囁く三尉。私の狸寝入りには気づいていないらしい。

 ……それでいい。今日はもう、三尉の顔が見られそうにない。でも……

 

(まだ、居てほしい……)

 

「また明日ね、レイちゃん」

 

(ぁ……)

 

 カタ、と小さな音をたてながら、三尉は丸イスから腰をあげた。そのまま静かにベッドを迂回し、病室のドアへと歩いていく。

 

「……」

 

 そんな彼の姿を、つい目を開けて追ってしまう。彼の存在が遠ざかるにつれて、部屋の温度が急激に下がっていく。エヴァのコックピットから見た使徒の異形がフラッシュバックして、キリキリと胸が痛みだす。

 待って、待って。三尉、待って……

 

(さむい…三尉、さむい……)

 

 三尉の背中を追う両目に、感じた事の無い熱が溜まってゆく。眉間に力がこもって、唇がワナワナと震え出す。

 これは、この症状は、一体……

 

「レイちゃん……?」

「っ!?ぅ、く……っ」

「レイちゃん……っ!」

「え、入江三尉?」

 

 初めての症状に動揺したのか、三尉に気づかれて驚いたのか……私は、喉奥から嗚咽を漏らしながら、両目から熱い液体をボロボロと流した。

 

「くっ、ふっ、うぅっ……」

「うん、うん、大丈夫、大丈夫だよ」

「っ!ふっ、くぅぅぅぅっ……!」

「よーしよーし……大丈夫、大丈夫……」

 

 三尉に手を握られ、頭を撫でられ、慰められると、いよいよ嗚咽が激しいものになってしまった。熱い液体がとめどなく溢れ出し、脳裏には使徒戦の恐ろしい光景が、スライドショーの様に次々と浮かんでくる。

 死ぬ、死ぬ、死んでしまう。私は死んでもいい、死んでもいい、でも、でも……っ

 

「こわい…さんい…さんい……」

「うん、うん、大丈夫、ここにいるよ」

「いや…さんい…さむい、さむい……」

「うん、うん、ほら、おいで…そう、いい子…ほら、ぎゅー……」

 

 三尉に抱き起こされ、そのまま抱きしめられる。私は三尉の胸に顔を押し付け、更に嗚咽を激しくした。

 

「よーしよーし…こわくなーい、こわくなーい…だいじょーぶ、だいじょーぶだよ……」

「ぅっ、ぅっ、ぅぅっ」

「ほら、もっとぎゅーして?はい、ぎゅー……」

「ぅん、ぅん……」

「ん、いい子、いい子。いい子だねー…えらい、えらい…ぎゅー……」

 

 普段の優しい声の、更に何倍も優しい声が、死の恐怖に怯える私を包み込む。両目から溢れる熱い水と苦しい嗚咽が、いよいよ止まらなくなってしまう。

 たった一人の家族の前で、私は己の全てを曝け出す様に、みっともなく泣きつづけた。

 

「あの、入江三尉……」

「あ、すみません、ちょっと後で……」

「いえ、あの、いいですから。今晩は、その子の側に居てあげてください。私が許可を取っておきますから、ね?」

「え、それは…いいんですか?」

「特別です」

「……ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」

「ぅぅぅぅっ……!」

「あぁっ…よーしよーし、ごめんねーこわかったねー…ほら、ぎゅー……」

「えと、簡易ベッド持ってきましょうか……?」

「いい子、いい子…あ、大丈夫ですよ。いっしょに寝ますから。んしょっと……」

「え"……」

「ほうっ。ほーらレイちゃん、ぎゅー♪」

「んんー……ぎゅぅ……」

「えぇ……うせやろこのお兄さん……引くわ……」

 

 ベッドに潜り込んできた三尉が、全身で私を受け止めてくれる。彼の身体にすっぽりと包まれながら、私は胸に残った恐怖を吐き出し続けるのだった。

 

 つづく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ、ふっ、ふぅ…ふぅー……」

「……落ち着いた?」

「ん……、ぁ……」

「ん、どうしたの?」

「さんい、ふく、ぬれてる……」

「え?あぁ、うん。大丈夫、気にしないで」

「わたし、ないたから……なみだ。はじめての、なみだ……」

「は、はじめて?そっか……」

「なみだ…こんなに、ぬれるのね……」

「…いや、あの、あはは、レイちゃん、これは……」

「ん…これが、なみ、だ……Zzzz………」

「……ねちゃった」

「……」

「…レイちゃん、これはね?こんなに僕の制服がびっしょびしょなのはね……」

「……」

「…レイちゃんの、鼻水なんだよねぇ……」

「……」

「…へっくし!うぅっ、上着脱ご……」

 

 

 ……つづく。

 

 





今回はミナトくんのちょこっとした闇(病み?)部分チラ見せ回でした。エヴァ世界の大人は何かしら欠陥抱えてないといけないからね、仕方ないね。
あとレイちゃんがパッと見デレッデレですが、あくまで家族愛なのであしからず。おねショタと違っておにロリは犯罪臭がやはりヤバい(恐怖)



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