グーテンモーゲン(夜)。
申し訳ございません、あまりにも間が空き過ぎたので、後編を更に分割する事になりました。次の②でようやくシンちゃん加入回完結です。グッダグダの進行で申し訳ない…申し訳ない…(焼き土下座)
既にいくつかの回でも描写済みですが、この作品は旧エヴァ準拠のくせにフツーにスマホやら薄型テレビやらがぽんぽん出てくるユルユルクソガバFFですので、90年代のノスタルジー等は一切期待しないでください。ナウでヤングなエヴァンゲリオン、私の好きな言葉です。
「……」
「……」
小指の腹で、皮のフチに水を塗る。
ぬりぬり。
「……」
「……」
スプーンでタネを掬って、皮にのせる。
のせのせ。
「……」
「……」
皮を閉じて、扇状に小さく折り込む。
くにくに。
「……」
「……」
完成。トレーに置いて、次へ。
ぬりぬ…
「…あの、綾波」
…隣で同じ作業をしている碇くんが、私を呼ぶ。
「…なに?」
碇…碇シンジ。私と同じ中学二年。私と同じチルドレン。そして今日から、私と同じ三尉の子ども。色んなところが私と同じな、私の新しい家族。
「今更だけど、その、今日からよろしくね?綾波」
「……」
でも、違う。碇くんと私は、同じな様で全く違う。
「…えぇ」
碇くんには、碇司令という本当の家族がいる。碇司令との血の繋がり…親と子の絶対的な絆とでも言うべきものが、碇くんにはある。
「…よろしく。碇くん」
碇司令との、親子の絆。それは私には決して手にする事の出来ないもの。持ち得ざるもの。どれほど切に欲しようとも、司令にとって私は娘などではなく、綾波レイという他人でしかない。
そんな得難い大切なものを、碇くんは持っている。
…それなのに。
「…どうして?」
「え?」
「碇くんは、どうしてここにいるの?」
「どうしてって…」
「……」
手を止めて隣を見ると、碇くんも手を止めて私を見ていた。
「…それは…」
フ、と目を伏せる碇くん。司令とよく似た目元に影が差し、眉間に小さく皺が寄る。
「…そうしろって、言われたから…」
消え入りそうな声。何故か私は胸がざわついた。
「誰に?」
「え?」
「誰に言われたの?」
「誰にって…」
煮え切らない態度に、どうしてか語気が強くなってしまう。彼は何も悪い事なんてしていないのに、何故か問い詰める様な物言いをしてしまう。
「お父さんが、そう言ったの?」
「…っ」
私を見る碇くんの目に、一瞬、鋭い冷たさが宿った。
「…関係ないだろ、綾波には」
そう言って碇くんは小さく息を吐き、ギョーザづくりに戻った。小慣れた手つきでひとつひとつ、素早く丁寧にギョーザを包んでいく。
「…そうね」
私も作業に戻る。ギョーザづくりは今日で三回目。最初に教わった時よりだいぶスムーズになった。でも、碇くんより遅い。形も悪い。
「…関係ない」
形容の難しい、粗くささくれたった様な感情が湧いてきて、私は少し手を早めた。
「私は綾波…碇じゃない…」
「え…」
「……」
三尉は言った。今日からは碇くんも私たちの家族だと。
別にイヤなわけじゃない。碇くん自身に対して、私は特段嫌悪の感情は持っていない。パイロット同士を同じ家に住まわせて、効率よく管理しようという組織の狙いもわかっている。そこに異議はないし、そうすべきだと私も思う。
ただ、解せない。わからないのだ。
「……」
どうして碇くんは、お父さんといっしょに居ないのだろう。私が欲してやまない父子の絆を放棄して、三尉の子になろうとするのだろう。
(…碇くんは…)
NERV本部やキッチンで見た、三尉の笑顔。ずっと私に向けていた筈の、家族としての笑顔。今日からはあの笑顔の半分が、碇くんのものになってしまう。今まではぜんぶ、ぜんぶわたしのだったのに。
(…ずるい)
碇くんには碇司令がいるはずなのに、それを捨てて三尉という新しい親を欲しがる…それは、ひどくよくばりではないだろうか。私には、他に誰も居ないのに。親と呼べる人は、私には三尉しか居ないのに。その三尉の半分を、私は分けなければいけない。それもあろうことか、碇司令の実の息子である彼に。
(…あげない)
私は更にペースを早めてギョーザを量産していった。碇くんより早く作り上げて、真っ先に戦果を報告するのだ。早々に届いた碇くんの引っ越し荷物をせっせと空き部屋に運びこんでいる、私の親代わりに。
(…わたしの、だもの)
入江三尉は私の保護者だ。たとえ何人家族が増えようと、彼が最初に笑顔を見せる相手は、いつだって私でなければならない。私は彼の、
◇
「わ、シンくん包むの上手!プロのシェフみたい!」
「別に、そんなですよ」
届いた荷物を捌ききってくれたミナトさんが、パタパタとリビングに戻ってきた。
僕の荷物なのに、悪いことさせちゃったな。
「レイちゃんも、すっごく上手になったね!こっちもプロ級だ!」
「……」
食卓テーブルを作業台にして作った大量のギョーザを前に、ニコニコ笑顔で僕たちを褒めそやしてくるミナトさんは、まるで保育園の先生だ。なんてことないひとつひとつに対して、いちいちヨイショが大袈裟すぎる。僕たち別に幼児じゃないんだけどな。
「……」
綾波は、相変わらずの無表情でミナトさんをじっと見つめてから、スタスタと無言でテーブルを離れていった。そのままリビング脇のアコーディオンカーテンをガラリと開けて、その向こうへと消えていく。
…なんなんだろう、綾波って。全然喋らないかと思ったら、いきなり父さんの事聞いてきたりするし。昨日はNERVで父さんと仲良さそうに話してたけど、それはそれとしてミナトさんにもずっとベッタリで、かと思えばそのミナトさんに対しても失礼な事言ったりしてるし…綾波が何を考えてるのか、わけがわからない。
『どうしてここにいるの?』
『そうしろって、言われたから』
…そうだよ、言われたからそうしたんだ。綾波が何を気にしてるのかしらないけど、僕はただ言われるままにこの家に来ただけで…
『君が望むなら———』
……。
『———どうするかね?』
…本当に…?
「シンくん、だいじょぶ?元気少ないよ?」
「え?」
小首を傾げて、心配そうに顔を覗き込んでくるミナトさん。
「レイちゃんと何かあった?」
「……」
…お見通しみたいだ。
「ミナトさん」
「うん?」
「綾波って、父さんと仲良いいんだよね?」
「…うん。気になる?」
「い、いや…それもそうでは、あるんだけど…綾波は、どうしてミナトさんといっしょにいるのかなって。仲の良い父さんとじゃなくて、ミナトさんとずっといっしょなのはなんでなんだろうって、気になっちゃって…ミナトさんに聞くのは、変だろうけど…」
「へ…うーん…それは…」
ミナトさんは一瞬キョトンとしてから、どこか寂しげに小さく目を伏せた。
「…仕方なく、かな?」
「仕方なく?」
「そ、仕方なく」
俯きがちなミナトさんが、テーブルの縁に軽く寄りかかって、ベージュの制服に包まれた細長い右脚をぷらぷらと揺らす。
「レイちゃんは生まれつきご両親が居なくって、碇司令に面倒を見てもらってたんだって。だからレイちゃんは碇司令が大好きで、ほんとはずぅっと碇司令といっしょに居たくて…でも、司令も毎日忙しくて、最近はレイちゃんとまともに会う時間も作れなくなっちゃって…それで仕方なく、レイちゃんを僕に預ける事になって、って感じでね」
寂しそうな、弱々しい笑みのミナトさん。
でも、ミナトさんはそこで一度言葉を切って顔をあげ、寂しげな微笑から一転、うふふとイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「でもね、関係ないの」
「え?」
戸惑う僕にちらりと流し目を向けてから、ミナトさんは笑った。
「僕ね、レイちゃんが大好きなの。いっしょに暮らす様になって、あの子のステキなところをたくさん知って、もっともっと知りたいって、いっしょに居たいって思う様になったの」
だからね、とミナトさんは続ける。
「ぜったいレイちゃんにも、僕のこと好きになってもらうんだ。今は仕方なくでも、いつかきっとホントの好き同士になれますようにって、そう思ってる。ふふっ、片想いみたいでしょ?」
そう言ってクスクスと可笑しそうに笑うミナトさんの横顔が、この時の僕には本当に知らない場所にある知らない国の、知らない文化圏の知らない人にしか見えなかった。
『シンジくんがヤダって言っても、いーっぱいかまっちゃうから』
『ぜったい僕の事も好きになってもらうから』
…同じだ、昼間僕に言った事と。ミナトさんには、自分と相手の心の温度差とか、きっと全然関係ないんだ。
好きだから好かれたい。好かれたいから気を引く。気を引きたいから優しくする。そんな子どもっぽくて身勝手な、ごく単純な式しか持ってない人なんだ、この人は。
…ミナトさんのことは嫌いじゃないけど、正直、あんまり共感できそうにない。ステキな考えだとは思うけど、そんな心持ちで他人の領域に入り込んで、もしそれで嫌われでもしたら?好かれたいって思ってる相手を傷つけたら?拒絶されたら?
きっと辛いはずだ。泣きたくなるほど心が痛むはずだ。そんな辛い思いをしたり、させたりする危険を抱えるくらいなら、人に好かれようとする必要なんて無いはずだ。
(…っていうか、そもそも…)
仕方なく自分といっしょにって言うけど、言うほど仕方なくって感じには見えないよな、綾波も…むしろだいぶべったりという、どっぷりというか、なんというか…
…もしかして、ミナトさんってちょっと鈍感?
「…両想いだと思うけど」
そんな僕の呟きは、テーブルに置き去りにされた綾波のスマホから鳴る無機質なバイブ音にかき消された。
画面には電話機のマークとともに、『洞木ヒカリ』という名前が表示されている。綾波の友達だろうか?
「はいはいミナトでーす!あ、ヒカリちゃーんどもども〜♪」
って普通に出た!?なにしてんのミナトさん!?
「うん、うん。そうそう今ちょうどお風呂中…うん、大丈夫、ケガなんてしてないよ…僕?もう元気いっぱい!あはは…大丈夫だって、仕事でNERVにいただけだよ。それよりヒカリちゃんは大丈夫?ちゃんと避難できた?…あぁ、よかった…あ、ナイコちゃんもいっしょ?うわはー!かわってかわって!」
勝手知ったるって感じでニコニコと電話を楽しむミナトさん。子どもの友達とすら仲良しなのかこの人…
っていうか人の電話勝手に取るってどうなんだろう…それだけ親しい仲ってことなのかな…
「……」
…この人ならあり得るか…
「ナイコちゃんやっほー!レイちゃん?大丈夫だよ、ちゃんと元気で…あーあの子メッセとか無頓着だから…ごめんねぇ心配かけちゃって…うん、うん…うん、わかった。通知きたらちゃんと見なさいって言っとくね…うん、ありがと。また遊びに来てね…うん、待ってる…ん!それじゃね!バーイ!」
手短に話してスマホを置いたミナトさん。僕は何もツッコまないでおいた。きっと理解できない返事がくるから、もう気にしないことにする。
「…あれ」
と、その時。テーブルに置かれた綾波のスマホが、再びカタカタと揺れだした。着信時のヴーヴーうるさいバイブ音じゃなくて、自然と軽く揺すられてる様な小さな音。
…これは…地震?
「あ、もうこの時間か!シンくん、こっち!」
「へ?あっ、ちょっと…」
相変わらず楽しそうなミナトさんに突然手を引かれて、広々としたベランダへと引っ張られる。
困惑しながらミナトさんと共にベランダに出ると、ごく自然に、流れる様にミナトさんに肩を抱かれた。
「ほら、あっちあっち!よーくみて!」
子どもみたいに弾んだ声で遠くを指さすミナトさんの、白い指先が向かう先。
そこに映る未知の景色に、僕は思わず感嘆の声をあげてしまった。
「わぁ…!」
街の中心部———大都会というには少し寂しい景観だったその一帯の地表から、天を突く様な高さを誇る超高層のビル群が、新芽が土からせり出す様に次々と"生え"はじめたのだ。
「ビルが生えてる!」
「ふふ、すごいでしょ?使徒との戦いが終わったら、地下に隠してたビルをああやってニョキニョキ地上に生やすの」
「地下にビルを?」
「そ。使徒が来たら普通のビルはひっこめて、代わりに武器とかエヴァの電源とかがいっぱい詰まった、戦闘用のビルを地上に出すの」
「戦闘用の…」
「その為の街だからね。使徒迎撃専用要塞都市、それが僕らの暮らす街、第3新東京市なんだ」
中心部が息を吹き返す鼓動が街全体に伝わっているのか、ほんの少しだけこのマンションも揺れ続けている。
僕はミナトさんに肩を抱かれながら、胸に浮かんだ言葉をそのまま漏らした。
「…こわい街だね」
闘う為の要塞都市だなんて、カッコいいけどそれ以上に物騒だ。ただ単純にそう感じた。
「…そうだねぇ」
ミナトさんは、どこか感じ入る様にそう相槌をうちながら、僕の頭にそっと自分の頭を乗せ、呟いた。
「なんでこんなトコ、住んでんだろねぇ…」
コテンと預けられた側頭部に感じる、優しい重み。地下から生えてきたビル群が生え揃い、街の揺れがスッと収まる。
「もう来ませんように…」
「……」
僕はミナトさんの小さな祈りを、どこか他人事の様に聞き流した。
次闘うのは、僕かもしれないのに。僕はその為だけに、この街に呼ばれたっていうのに。どうにも僕には、夕陽に照らされたこの街の風景が、見慣れない絵画か何かにしか見えなかった。
「……」
僕は、どうしてここにいるんだろう。
つづく。
少しでも更新ペースを早める為に苦肉の策で分割しました。遅いうえに短くて申し訳ございません。
もう情けないやら恥ずかしいやら…(体育座り)