シンちゃん加入編、ようやくラストです。
「よっ、ほっ!」
フライパンに大皿を被せてよいしょともちあげ、くるっとひっくり返す!
重いフライパンをパッとどかすと、そこには綺麗に焼きあとがついたお皿いっぱいのギョーザたちが!
「できたー!」
「……」
「どうどう?上出来じゃない?」
隣でじぃ〜っと行程を凝視していた部屋着姿のレイちゃんに、『じゃーん!』と右手に乗せたお皿を差し出す。
「…えぇ」
「やった!」
レイちゃんOK頂きました!ぐっと左手でガッツポーズ!
「置いてくる」
「おねがいしまーす!」
テーブルに運ぶのはレイちゃんにおまかせして、次の一皿へ。
えへへ〜今日はお祝いだからね〜いっぱい焼いちゃうんだ〜♪テーブルいっぱいのギョーザ、テンションあがるぅ!
でも、もしかしたらこれでもちょっぴり足りないかも。なんたってこの後、食いしん坊があと二人も増えちゃうんだから。
なーんて思った矢先、狙い澄ましたみたいに玄関のチャイムがぴんぽーんと鳴り響く。
うふふっ。来たなぁ、愉快なたかり屋コンビ!
「はいはーい!」
ちょうど次のに手をつける前だったので、サッと手を洗って件の二人にをお迎えに行く。
インターフォンのモニターを見れば、映っているのはすっかり見慣れた美人さん。待ってました待ってました!
エプロンをつけたまま玄関まで小走りして、開閉ボタンをポチッとな!
「たっだいまー!」
お仕事中は僕の上官で、オフの時はお隣のかわいいお姉さん。紫がかった黒髪が綺麗な、葛城ミサトさんの登場だ!
そ し て !
「クアーッ!」
葛城さんちのペット兼入江家のアイドル、温泉ペンギンのペンペンもエントリーだ!
「おかえりなさーい!」
「クエ!」
「わぁーペンペーン!」
よっ!と挨拶するみたいにちっちゃな右手をあげたペンペンを、その場にしゃがみ込んでぎゅぅっと抱きしめる。
「ぎゅぅ〜♡」
「クルル〜」
独特な柔らかさと温かさを胸いっぱいに抱きしめて顔をうずめる。
はぁ〜癒される〜♡しょうがねぇなぁ〜みたいな澄ました声もかわいい〜すきぃ〜♡
「アンタらは平常運転ねぇ」
「えへへ!お疲れ様です、葛城さん。もうすぐごはんですよ」
ペンペンを抱っこしたまま立ち上がって、呆れ顔の葛城さんを中に通す。
「事後処理とかはどうですか?大変ですよね」
「まぁねーん。でも今日はキッチリ見切りつけて終わらしてやったわ!なんたってレイの快勝祝いだもの、パァーッとやらなくちゃ!」
ちょっぴり疲れた様子で、でも朗らかに笑う葛城さん。
こんな状況でも、レイちゃんの為にしっかり時間を作ってくれたんだ…やっぱり好きだなぁ、葛城さん!
「ありがとうございます、葛城さん」
「なにが?」
「いろいろです」
ぎゅっとペンペンの首元にほっぺたを押し付けながらお礼を言うと、葛城さんもフッと笑ってくれた。
「ヘンなの」
「えへへ」
三人でリビングに戻ると、ペンペンの気配を察知したレイちゃんがトテトテとやってきた。
「クワッ!」
「あぁっ!?」
ペ、ペンペン!?
「…おかえりなさい」
「クワ〜♡」
レイちゃんをみとめた瞬間僕の腕からジャンピング脱出したペンペンが、レイちゃんの胸に飛び込んですりすりと頬擦りをする。
「ぎゅう…」
「キュウ〜♡」
「うぅ…またとられたぁ…」
そうです、ペンペンはレイちゃんが大好きなのです…僕とレイちゃんの二択だと、この子は必ずレイちゃんの方に行ってしまうのです…ぐぬぬ、ぐぬぬぅ…!
「モテモテねぇアンタは」
「クワッ!」
「ミサトさん」
「ただいまレイ。改めてだけど、昨日は本当によくやってくれたわ。ありがとう、みんなを守ってくれて」
優しい声でレイちゃんに笑いかける葛城さん。
レイちゃんはコクンと小さく頷いて、口元をペンペンの毛並みに埋めながら呟いた。
「…問題、ありません」
ちょっぴり恥ずかしそうにくぐもった声が、僕と葛城さんのハートをズキュンと撃ち抜く。
(入江くん…このかわいい生き物は何…?)
(ウチの子です…)
(持ち帰っていい…?)
(あげません…)
(じゃあ撫でていい…?)
(おっけーです…)
NT的テレパシーで即相互理解を果たした僕たちは、だらしなくゆるんだ顔でレイちゃんの小さな頭を心ゆくまでナデナデした。
「ミナトさん、お風呂あがっ…」
「「よーしよしよしよしよしよしよし♡」」
「ん…ん…」
「クエ」
「………ペンギンだ…………」
僕たちのナデナデタイムは、お風呂から上がって部屋着に着替えたシンくんの困惑した声が聞こえてくるまで続いた。
「それじゃあ乾杯するわよん♪」
「え゛」
たくさんのギョーザ皿と中華サラダのボウル、そして人数分のご飯とお味噌汁がホカホカと湯気をたてる、我が家自慢のリビング用ビッグローテーブルに、ドン☆と置かれる一升瓶。
綺麗な緑色の瓶に巻かれたラベルには、荒々しい書体で書かれた『獺祭』の二文字が…!
「だ、だっさい…!」
「入江くん言ってたわよねぇ?ホントは日本酒好きだぁって」
「はわわ…!」
い、いいのかな…!?僕レイちゃんに禁酒令食らってるから、お酒飲んじゃダメなんだけど…!?
でも…獺祭…だっさい…!!
「ホントはギョーザにはビールのがいいけどぉ、今日はお祝いなんだからいい酒飲んで」
「ダメ」
「「はやっ!?」」
目にも止まらぬスピードで獺祭をとりあげるレイちゃん。
あぁ、獺祭が遠くへ…!?
「三尉に酒を与えないでください」
「…イヌネコ扱いね入江くん」
「お恥ずかしい…」
ま、まぁ悪いのは僕なので…レイちゃんほっぽって泥酔して寝落ちした一生拭えない罪があるので…甘んじて…甘んじて…!
「ちょっとレイー?しつけもいいけど、たまには酒の一杯二杯は飲まなきゃ大人は死ぬのよ?」
「三尉は子どもです」
「身体は大人よー?」
「心も大人ですっ!」
二人して失礼しちゃうよ、もうっ!
「いいじゃない普段我慢させてんだから〜。ねぇシンジくん?」
「へ?」
葛城さんの隣で、ジュースのコップを握ったまま静かに座っていたシンくんが目をパチクリさせる。
「もぉ〜なぁにぼぉっとしてんのよぉ〜。今日はシンジくんの引っ越し祝いでもあるのよ?主賓がそんなんでどうすんのシャキッとしなさいシャキッと!」
「は、はい…!」
「ん、よろしい!」
シンくんの頭をワシワシ撫でながらニカッと笑う葛城さん。ついさっき簡単に挨拶したばっかりのお姉さんの強引なパワフルさに、シンくんはタジタジだ。
「とにかく、今日は入江くんもアルコール解禁日!レイ、入江くん、これは上官命令よ!いいわねッ!」
「ラ、ラジャー!」
「…………………………はい」
長い逡巡ののち渋々瓶を返したレイちゃんは、ちょっぴり唇を尖らせて僕の隣に座り直した。
…相当イヤなんだなぁ僕に飲ませるの…で、でも僕もたまにはちょっとくらい飲みたいのです…!
「一杯だけよ」
「はい…」
ぼそっとした呟きのあまりの冷たさに戦慄しながら、僕は葛城さんからのお酌をありがたく頂戴した。
そうだ、僕は大人、僕は大人!同じ失敗は二度とは繰り返さない!今日この日この場所で、レイちゃんとシンくんに見せつけてやるんだ!
入江ミナトは、君たちの保護者に相応しい立派な大人だと!
「「かんぱーい!」」
「クエーッ!」
「か、かんぱい」
「…乾杯」
今日はシンくんのウェルカム記念日なんだ、情けない醜態なんて晒すもんか!
一杯だけ、一杯だけだ…!
◇
「あ、美味しい♡」
◇
「んみゅ〜…」
「ミ、ミナトさん?」
「あーら潰れちった」
真っ赤な顔で僕にしなだれかかったまま、みゅーみゅーと声にならない声を漏らす置き物になってしまったミナトさん。酒気を孕んだ熱い吐息が耳元にかかって、すごくくすぐったい。
ちなみにペンペンはお風呂に入っている。流石は新種の温泉ペンギン、名前負けしない風呂好きさとマイペースさだ。人の家の風呂に勝手に入るのはどうかと思うけど。
「……………………」
静かに立ち上がった綾波が、氷の様な無表情のまま、ゴミを見る様にミナトさんを見下ろす。
そして…
「……っ!」
「んべっ!?」
「ひぃっ!?」
ミナトさんの頭を豪快に引っ叩いたかと思うと、そのままミナトさんのシャツの襟をむんずと掴んで、ズルズルと彼の私室まで引きずっていった。
び、びっくりした…綾波ってけっこう…ワイルドなんだ…
…怖かった…
「んふふ。楽しいでしょ?」
「え?」
「あのコたち。仲良しよねぇ〜ホント。もう親子なんだか兄妹なんだか、すっかりニコイチになっちゃって」
「はぁ…」
葛城さん…じゃなかった、ミサトさん。ミサトさんが、日本酒のグラスをゆらゆら揺らしながら僕の肩を抱く。アルコールで熱った柔らかな体がぎゅっと押し付けられて、ちょっと心臓に悪い。
…お酒の匂いさえなければ、もうちょっとドキドキできたんだけどな。
「…賑やかなんですね、みんな」
「賑やかなのはキライ?」
「…騒ぐ意味がわからなくて」
「そっかー…」
ミサトさんはクイッとグラスを飲み干して、ぽん、ぽん、と僕の肩を軽く叩いた。
「私といっしょねー…」
「え…」
「っとぉ、なんでもなーい♪さ、そろそろお片付けの時間ねーお、か、た、づ、けっと〜♪」
「あ、はい…」
ミサトさんに促されて、テーブルの食器をいっしょに片付ける。
葛城ミサトさん。NERVの指揮官で、ミナトさんの上司で、お隣さん。これからは、僕にとっても。
…ミナトさんと同じで、悪い人じゃなさそうだ。でも、ミナトさんとはまた違った不思議さもある気がする。
どうしてかはわからないけど、ミナトさんと比べてほんの少し、僕はミサトさんに何かを…親近感、みたいなモノを感じていた。
「…ふぅ」
「あ、おかえりレイ。入江くん大丈夫そう?」
「…よく寝ています」
「そりゃ結構。でもにしては長かったわね?」
「…寝付くまで、手を握られてました」
「でっかい坊やね〜」
ミナトさんの部屋から戻ってきた綾波も加わって、三人で片付けを進めていく。
…なんだか、初日からすごく体力を使ってしまった気がする。これから毎日、こんな賑やかな人たちと暮らすのか。
っていうかミナトさん、一杯だけってウソじゃないか…薄々感じてはいたけど、けっこうダメな大人なんじゃないか、あの人…まぁほとんどはミサトさんに飲まされてたって感じだったけど…なんていうか、いいトコとダメなトコが極端なんだよな…そりゃ綾波も禁酒って言うよ…
「…どうしたの?」
「え?」
無表情のまま、ぽつりと聞いてくる綾波。
「どうしたのって?」
「それ」
綾波の真っ白な指先が、僕の顔に向けられる。
「笑ってる。どうして?」
「へ…」
そう言われて、初めて気づいた。いつの間にか僕の頬が、不思議なくらいゆるんでいたことに。
「楽しいの?」
「楽しい?」
「楽しいから、笑うんでしょう?」
淡々とした綾波の声に、どうしてか照れ臭さが込み上げてきた僕は、慌てて口角を下げた。
「わ、わからないよ、別に。僕は…」
「…ダメ」
その時、突然綾波の白い手が、僕の口元にニュッと伸ばされた。
「へっ…!?」
「わーお!」
押し当てられた指先が、僕の口の両端をクイッと持ち上げる。
「抑えては、ダメ」
「ふぇ…?」
「楽しいときは、笑えばいい」
「……!」
真っ赤な瞳が、至近距離で僕を捉えて離さない。
「…って、三尉が言ってたわ」
「ぁ…」
綾波はそう短く言って僕から離れ、片付けに戻っていった。
「綾波…レイ…」
「あらあら、シンちゃん?ひょっとして〜?」
「……」
「あら?シンちゃん?シンちゃ〜ん?…え、マジなヤツ?」
まだ微かに感触の残る口元に、そっと自分の指を当てて。
僕はこれからいっしょに暮らすことになる不思議な少女の名前が、自分の脳に確かに刻みつけられたことを感じるのだった。
…つづく。
久しぶりにミナトくん視点がいっぱい書けて楽しかった(小並感)