僕がチルドレンのママになるんだよ!   作:はっぽーしゅ

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街を守ったロボットへの冒涜ですよ!







えぴそ〜ど18:黙秘徹底致します!

 

 

 数学の授業中になぜかセカパクの話をし始めた先生の声に眠気を堪えていると、学習用のノートパソコンからピピピと小さな着信音が鳴った。クラス内で使っているらしいオープンチャットからの着信だった。

 

「経済の崩壊、民族紛争、内戦。その後生き残った人々も…」

 

 子どもの頃から何百回と聞かされてきた耳タコな話を延々と繰り返す先生は、自分の語りに夢中で気づいていない。

 パソコンの音量をゼロに設定しつつ、チャットの表示をオンにする。

 画面に表示された短い一文に、僕は思わず息をのんだ。

 

『碇くんが あのロボットのパイロットというのはホント? Y/N』

 

(な、なんで…)

 

 思わず周囲を見回すと、疎開で少しだけ閑散とした教室の後ろ側の席に座った女子二人が、楽しげに笑いながら僕を見ていた。

 

『ホントなんでしょ?』

『Y/N』

 

 追い打ちをかける様に飛んでくる無邪気なチャットに、僕は困り果ててしまった。

 確かに僕はあの日NERVにいて、今街でウワサになっているロボットと怪獣の取っ組み合いをこの目で見た。しかも今は、そのロボットの補欠パイロットになっている。あの子たちの言うとおり、僕がパイロットというのは本当だ。

 でも、あの日あの場所で初号機を駆って戦っていたのは僕じゃなくて、綾波だ。エヴァンゲリオン初号機の正規パイロットは、僕じゃなくて綾波レイなのだ。

 というかそれ以前に、NERVとエヴァに関する事は極秘事項だ。訓練でNERVに行くたびに、ミサトさんとリツコさんに口すっぱく注意されている。なんてことないクラスメイトの子たちが相手とはいえ、おいそれと話す訳にはいかない。

 …でも…どうしよう…

 

(無視したら、嫌われちゃうかも…)

 

 僕は綾波に助けを求めて、左斜め後ろの窓際席へ振り向いた。僕よりも長くNERVにいる綾波なら、こんな時どうすればいいかを教えてく…

 

「………………………………」

「ひっ…!?」

 

 …見ていた。絶対零度に冷え切った紅の眼が、僕をガン見していた。僕が彼女に目を向ける前から、彼女は僕を監視していたのだ。

 

「……」

 

 ガチャガチャガチャガチャッ!と猛スピードで何やらタイピングをはじめた綾波。隣の席の女子(さっき僕に手を振っていた子だ)が、突然至近距離から放たれたプレッシャーにギョッとしている。こわい、こわい、あまりにもこわい。

 凍てつく様な恐ろしさにたまらず前を向き直ると、綾波からオープンチャットではなく個人用チャットのメッセージが届いた。

 

(…ゴクッ……)

 

 イヤな予感に指先を震わせつつ、恐る恐るチャットを開く。すると、予想の数倍以上凄まじい圧力を誇る長い長い文面が、僕の全身にこれでもかと冷や汗を吹き出させた。

 

『極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘守秘義務守秘義務守秘義務守秘義務守秘義務守秘義務守秘義務守秘義務守秘義務守秘義務守秘義務守秘義務極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘極秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘黙秘』

 

(ひえぇ……)

 

 …ビチャビチャだ。ダラダラと流れ出る大量の汗で、もう顔中がビチャビチャだ。

 恐怖にギギギと首を軋ませながら綾波の方を振り返ると、真っ赤な瞳をジトッと半目にした綾波と再び目が合った。

 

「………………」

「…ッスウゥゥゥゥゥ…………」

 

 極度の緊張にぶるぶると喉を震わせながら、僕は深く息を吸い込みつつ姿勢を正体し、キーボードに手を伸ばした。誤字を作らない様に慎重に丁寧に、一文字ずつ入力していく。

 入力、変換、確認、ヨシ…そ、送信っ…!

 

『黙秘 徹底 致します』

 

 コントロールとエンターを同時に押し込み、僕はパンッとパソコンを閉じて机に突っ伏した。クラスメイトたちの反応がどうとかなんて、もはや気にする余裕もない。

 

(逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ…)

 

 僕はそのまま終業のチャイムが鳴るまで、大胆極まりないな居眠りを敢行し続けた。授業を進んでサボるなんて、生まれて初めての経験だった。

 

 

 

 

「やったわ」

「「何を?」」

 

 務めを果たした達成感にひと心地つきつつ、カボチャコロッケの甘味に舌鼓をうつ。一晩経って少し干せた衣の柔らかな食感が、組織の機密と弟の身を守り抜いた私を優しく労った。

 うん、美味しい。

 

「成し遂げたわ」

「「だから何を?」」

 

 揃って首を傾げるナイコさんとヒカリさんには、何でもないとだけ返しておく。功績を自慢する事に意味はない。私が碇くんをサポートしたという事実さえあれば、それで良いのだ。私は碇くんのお姉ちゃんなのだから。

 

「しかし碇のヤツ、あからさまにしらばっくれてやがったよな。テメェがロボットのパイロットだって、とっくにバレバレだってのに」

「…は?」

 

 パック牛乳にから伸びるストローをガジガジと噛むナイコさんが、聞き捨てならない事を言い出した。

 バレバレ…碇くんの秘密が、バレバレ…?

 

「…違う」

「んあ?」

「碇くんはパイロットじゃない」

「ふーん」

 

 箸を止めてナイコさんと目を合わせると、ナイコさんは椅子の背もたれに大きくもたれかかってカラリと笑った。

 

「お姉ちゃんだねぇ」

「…お姉ちゃんだもの」

「そうかよ」

 

 肩をすくめて黒コッペパンの袋を剥くナイコさんは、いつもより少しだけ大人に見えた。

 …彼女は確信している様だ。碇くんがエヴァのパイロットであると。

 確かに、それ自体は間違いではない。でも、違うのだ。

 あの時、エヴァに乗っていたのは…

 

「…レイさんは?」

「え…?」

 

 私と同じく箸を止めたヒカリさんが、俯いたまま私に問いかける。

 

「レイさんもあの日、シェルターにいなかったよね」

「それは…」

「うん、NERVにいたんでしょう?ミナトさんも言ってたもんね。それは分かってるの。ただ…」

「ヒカリ」

 

 少しずつ声が大きくなっていくヒカリさんを、静かに窘めるナイコさん。ヒカリさんはハッと顔をあげて眉を顰めた。

 

「あっ、やだ、私ったら…!ご、ごめんねレイさん、ごめんなさい!」

「…大丈夫」

 

 …苦しい。胸がチクチクして、イヤな気持ちになる。友人に対しての隠し事が、こんなにも心苦しいとは知らなかった。

 ヒカリさんは、クラスメイトの鈴原トウジくんに恋慕している。そしてこれは今朝聞いた話だが、彼の妹は先日の第3使徒戦時に逃げ遅れてしまい、エヴァと使徒の戦闘に巻き込まれて大怪我を負ってしまったそうだ。幸い命に別状はない様だが、短くない期間を病院のベッドで過ごす事になったらしい。

 

(あの時、エヴァで戦ったのは私…鈴原くんの妹…ヒカリさんの大切な人の家族を傷つけたのは………私…………)

 

 ずん、と胃の中が重くなり、口の中がカラカラに乾いていく。ヒカリさんの目を真っ直ぐ見返す事ができない。もう私にそんな資格は無いと、私の中に眠る臆病な私が叫びだす。

 もし私がエヴァのパイロットだと彼女に明かしたとしたら、きっと彼女は私を許さないだろう。自分の大切な人の心を傷つけた、張本人なのだから。

 

(打ち明けたい、謝りたい…でも、言えない…)

 

 碇くんに伝えた通り、エヴァに関する事は何から何まで極秘事項だ。自分の心の安寧を得る為に守秘義務を破る事は、碇司令の意向に反する。司令に失望されるのはイヤだ。あの人が笑顔を向けてくれなくなる事が、何よりも恐ろしい。

 同時に、私はヒカリさんに嫌われる事も怖いのだ。初めてできた友人に見捨てられ、口汚く糾弾される事を想像すると、とても平静ではいられなくなってしまう。全身の毛穴が針で刺された様にチクチクと痛みだし、身も凍る様な寒さに襲われる。私は、ヒカリさんと友達でいたい。

 

(私は…汚い…)

 

 守秘義務がどうのと頭の中で御託を並べてはいるが、結局のところ私は怖いのだ。嫌われたくない人たちに嫌われる事を恐れて、理屈だけをこねくり回して自分を正当化しようとしている。ここまで自分の事がイヤになったのは、生まれて初めてだ。

 

「おーい箸止まってんぞ?いらねぇならアタシが貰う、ぜっ!」

「あ」

 

 突然ナイコさんが、無遠慮に私の弁当からたまご焼きをひとつつまみとった。思わず顔をあげて彼女を見ると、彼女はいつもと全く変わらず、ニヤニヤとイジワルな笑みを浮かべていた。

 

「イケメンが作った料理でしか摂取できねぇ栄養を感じる」

「…私の弁当」

「んだよケチんぼ、ちょっとくらい分けてくれって」

「だめ」

「えーいーじゃん、なあヒカリ?」

「えっ?あ、そ、そう…かな…?」

「…ヒカリさんまで…」

 

 おずおずしたヒカリさんの声に不満を漏らすと、ヒカリさんはぷっと小さく吹き出してクスクスと笑った。困った様にハの字にした眉毛が可愛らしくて、思わず一瞬見惚れてしまう。全身を襲っていた凍える様な寒さが、少しずつ和らいでいく。固まっていた両肩の緊張が解けて、指先が少しずつ少しずつ温かくなっていく。

 

「へへへっ」

 

 スカートの裾も気にせず大雑把に脚を組み、キツネの様に目を細めて笑うナイコさんが、何だかほんの少しだけ眩しく見えた。

 

(…ありがとう…)

 

 止まっていた箸を持ち直して、筑前煮のレンコンを口に運ぶ。程よい硬さと優しい塩気がはっきりと感じられて、消え去っていた空腹感があっという間に再来した。友人たちと共にする昼食は、今日も変わらず美味だった。

 …ポケットの中の携帯端末が激しく振動し、NERVからの召集命令を知らせて来さえしなければ。

 

「…っ!」

 

 第4使徒の見えざる影が、私とヒカリさんの間に再び大きな溝を掘り込んだ。そんな気がした。

 

 

 …つづく。

 

 

 

 

 






すみません、次こそシンちゃんvsトウジくんです
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