窓から入り込んだ朝日が顔に差す。
体は疲労を訴えるが頭からの信号が無理矢理覚醒をうながしてきた。
目覚めた場所はトレーナー室のソファ。
机には乱雑に積まれた新聞や資料、空き缶やペットボトルが散乱している。
京都ジュニアステークスが終わって2日が過ぎ、レースの日以降自分はここで寝泊りをしていた。
なんとなく自分のアパートには戻りたくなかった。
あの日はレース後も大騒ぎだったな…。
出走ウマ娘はフクキタル含めて全員がスタミナ切れでバテバテ、ウマ娘達は揃いも揃ってコール板を抜けた直後ターフに倒れこんでた。
優勝したウマ娘は特に酷く、ゴール直後は息も絶え絶えですぐに担架で運ばれていった。
レースの最中に転倒したウマ娘も大事なく、自力で立ち上がりレースに復帰。最下位ではあったものの完走を果たした。
そんな状況であるにも関わらずウイニングライブをこなせるのだから、ウマ娘達のタフさには恐れ入る。
…流石にライブ開始時間は遅らせてはいたけど。
桐生院女史とは…あれだけの茶番をやって3着と4着だ。
なんとも言えない気まずい雰囲気のまま今回は引き分けという事で落ち着いた。
翌日の新聞を手に取る。
一面に大きく『大荒れの京都ジュニアステークス!』の見出し。
そのまま順位表に目を向ける。
1 2番:タンタカタンク
2 7番:ハンガーツリー
3 5番:ハッピーミーク
4 1番:マチカネフクキタル
5 9番:コロナレイン
6 10番:フーリッシュ
7 4番:モモノジャスティス
8 8番:パワージャッジ
9 6番:メイガスリング
10 3番:ワールドチャージ
4着…どう見ても4着なんだよな…
同期や先輩のトレーナー達からは、
『新人トレーナーが初重賞で掲示板入りは上出来だ』
『仕方ない、あんな展開読める訳がない』とか声をかけられたけど…。
「それでも、やっぱり悔しいんだよ…」
持ってた新聞を握りつぶす。
それこそ悪態ついて椅子を蹴飛ばしたり机の上のものをぶちまけてしまいたくなる。
…けどそれをやっても仕方ない事なのも理解している。
新聞紙を丸めてゴミ箱に放り投げるのが自分の精一杯の八つ当たりだ。
「チクショーめ!!」
「おっはよーございまsふぎゃろっ!?」
投げた新聞ボールは大暴投。
明後日の方向に飛んで行った投球は扉を開けたフクキタルの顔に直撃していた。
「ウワーッ!?だ、大丈夫かフク!?」
「ひ、ひどいですよぉトレーナーさぁん!!何か恨みでもあるんですかぁ!?」
「いやスマン、ちょっとむしゃくしゃしてつい物に当たって…ってなんでまたこんな朝早くに?」
鼻を抑えてしゃがみこんでるフクキタルはジャージ姿だ。
晩秋とはいえまだ日が昇ってそんなに経ってない早朝時刻、日直等の当番だとしても早すぎるし…
…ん?ジャージ?
「実はちょっと朝練をしてまして…さて帰ろうかと思ったところ、
トレーナーさんのお部屋に明かりがついていましたので、せっかくならご挨拶をとば」
「朝練って…二日は休みだって伝えただろ!?」
あんな無茶なレースの後だ。疲労も溜まっているだろうし、トレーニング再開後も状態観察の為に軽く流す程度にしてしばらくは休ませるつもりだった。
「はい!ですからと朝練と言ってもほんの軽く流す程度です!体の調子も全然平気ですよ!!
それに今日の占いでは『普段あまりやらないこと』が幸運のカギと出ました!
幸運の方角は練習コースの方、ラッキータイムは早朝!そうなればもう朝練をするしかない!という事です」
「いや朝練は普段から無理しない程度にはやってほしいんだけど…」
そんなツッコミには視線と耳を反らしながら口をとがらせフーフー息をふき出してる。
…口笛、吹けないんだな。
「それに、なんだかこう…居ても立っても居られないというか、何かしないと落ち着かなくて…」
「フク…」
きっとそれは悔しいという感情なんだろう。
「なので!こうして徳を積み運気を招きあわよくば自分のトレーニングになる事をと思いまして、こうして朝早くにランニングをしてきましたー」
「おう、あわよくばって所が無ければ感涙で前が見えなくなるところだったぞ」
まぁ、この方がフクキタルらしいか。
「よしフク。足見せてみろ」
「…はい?」
「はい?じゃなくて足を見せろって言ってるんだ」
「…ひょっとしてコレってセクハラってヤツです?」
「なっ!?違うわ!!この間のレースの無茶な走りの影響で足に熱や腫れが無いかとか確認するんだよ!!」
自分の体は自分が一番知っている、なんてよく言われてるがそんな事は断じてない。
健康だと思っていたら、健康診断や精密検査でとんでもない爆弾が見つかるなんてよくある話だ。
ウマ娘達だって自分の足に不調があっても、持ち前のフィジカルで気付かない事が多い…らしい。
授業の受け売りだから断言出来ないけど。
…当然触診になる訳だが、これもトレーナーの仕事。
やましい気持ちでの提案では、一切、無いのだ。
「本当にヘンな気持ちは無いんですか…?」
「無い!」
嘘です。
本当は少しあります。
それを理性で無理矢理抑え込んでいるだけです。
仕方ないだろ、俺だって男だ。女の子の足を触るって行為に一切何も思わない方がおかしい。
…中には剃髪して滝行したりで煩悩退散してるトレーナーも居るらしいけど。
…そこまでしないと理性が持たないとかどんな魔性のウマ娘なんだか。
「まぁ嫌なら仕方ない。後で保健室で保険医さんにでも…」
「わかりました。お願いします」
「…マジで?」
「はい!私、トレーナーさんを信じてますから!」
ぐああああ!!信頼度100%の笑顔でこっち見られるとすごい悪い事してる気持ちになってきた!
彼女はこんな俺を信じてくれてるってのに、俺って奴は!俺って奴はぁ!!
罪悪感に苛まれている俺を後目に、フクキタルはソファーに腰をかけてジャージの裾を上げて準備していた。
健康的なおみ足…俺は今からそれを…おいやめろパワーアップしてくるな下心頑張れ理性。
彼女の信頼を裏切る訳にはいかない。
俺は今から煩悩を捨てる!!
・ ・ ・ ・ ・ ・
「んー…若干足に熱があるな。でも腫れてたり筋を痛めてたりは無さそうだ」
ぐりぐり
「と…トレーナー…さん…っ!」
「ただちょっと不摂生か?内臓の疲労が出てるぞ」
ぐりっっ
「あの…!トレーッ!?あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「首の辺りもこってるな…変な体勢で寝てたりしてないか?」
ぐっぐっぐっ
「~~~~~~~~ッッッ!!!」
「よし、終了!お疲れさん」
「はひぃ…はふぅ……こ…こんな目に合うなんてぇ…」
目の前には息を荒くして涙目になってるフクキタルがいる。
つい調子にのって足つぼマッサージまでしてしまった。
ちょっとエッチな展開を期待してたか?残念だったな!!
「うぅ…酷い目にあいました…こんな所で乙女が出しちゃいけない声を出すハメになるなんて…!」
「人聞きの悪いこと言うな…ともかく、今日明日もトレーニングは休みだ。でも柔軟だけはしっかりしておけよ」
「わかりましたぁ…。あ゛ー…トレーナーさんに弄ばれて、その上これから授業だなんてー…」
「だから言い方ぁ!」
このままだと以前のように変な噂を立てられかねないぞ。
「…あの、トレーナーさん。この間のレースの事なんですけど…」
身を正したフクキタルが少し真面目なトーンで言ってきた。
思わず息を呑む。自責の念が強く押しかかって来る。
「あの日はきっと私の運気が足りてなかったんです!あの日はシラオキ様の声も聞こえませんでしたし…
だから…だから、次のレースにはもっと幸運を貯め込んでいきたいと思いますので、よろしくお願いします!」
「…おう。次は…ホープフルステークスは勝とうな」
「…はい!」
本当は負けて落ち込んでる担当を励ますのがトレーナーの仕事なのに逆に励まされた。
でも…おかげで楽になった。
そうだ、こんなところで腐ってる場合じゃなかった。
次のレースは12月の末、そんなに時間がある訳じゃない。
後悔だのなんだのしてる暇があるなら今やれる事をやらないと。
「あとですね、トレーナーさん…その」
「…どうした?」
フクの歯切れの悪い言い方にまた息を呑む。
「そのぅ…ちょっと臭いますよ」
そういや二日以上風呂に入ってなかった。
自分の付けたサブタイトルで自分に大ダメージを食らってます(筆の遅さ的な意味で)