時はあっという間に過ぎていき、秋のG1ラッシュ、年末の有馬記念も終わった12月の末。
年末の準備や大掃除、または長期休暇に帰省や旅行を計画している人たちが忙しく走り回っている最中、ここ中山レース場での今年最後のG1レースが始まろうとしていた。
忙しいなか足を運んでくれるファンの方々や、はたまたやる事全部片づけて暇を持て余した人たちが足を運んでくれたのか、今日も観客席は黒山の人だかりだ。
ジュニアクラスでは数少ないG1レースの一つ、ホープフルステークス。
実際のところG1に昇格したのは比較的最近で、昔は…なんて名前だっけ?別名義でG2レースだったハズだ。
故にクラシックやシニアクラスのG1に比べればそこまで注目度が高い訳ではないのだが、やはり新参でもジュニアクラスでもG1と名前が付けば人々は否が応でも盛り上がってしまうものである。
この出走メンバーから未来のダービーウマ娘、グランプリウマ娘、ひょっとしたら三冠ウマ娘が誕生するかもしれないという期待もあるのだろう。
そんな熱気あふれるレース場の一角、我が担当バの控室では
「もうだめですー!おしまいですぅー!勝てる訳ありませぇーん!シラオキ様ーお助けをー!」
椅子の上で正座をしたまま虚空を見つめ謎のお祈りをしてるフクキタルの姿があった。
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時を戻して1週間前。
最後の追い込みとして、レース本番に見立てた2000mのコースをフクキタルに走らせていた後、速報としてスマホにメールが飛んできた。
件名は「ホープフルステークス出走ウマ娘のメンバーが決定!」
事前に回避する、出走すると宣言しているウマ娘達が居るので大体の出走メンバーは予想出来ていたし、内容を確認しても実際ほぼその通りのメンバーだった。
「フク、レースの出走メンバー決まったみたいだぞ」
「とうとう決まりましたか!!今の私は絶好調!運気もノリノリで負ける気がしません!誰が相手でもバッタバッタと打ち倒し、全員まとめて水晶玉のサビにしてさしあげますとも!」
「うん、水晶玉は錆びないぞ。それに相手を物理的に倒すのは止めような」
「いやその、さすがにそれらはたとえ話ですので…」
火曜○スペ○○劇場のテーマ曲をバックに、両手で抱えた水晶玉を相手の後頭部に叩き込もうとするフクの姿が俺の頭の中に浮かんでたんだが。
「その辺はおいといて、出走メンバーだが…前回のリベンジが出来そうだぞ」
「と、おっしゃいますと?」
「タンタカタンクとハンガーツリー、二人とも出走だ」
「ゔ…」
「あからさまに嫌そうな顔するんじゃない。この二人が来るのは予想出来ただろ。それにタンクと二人で大逃げしてたワールドチャージはいないから、前回のような超高速展開にはならないだろ。…多分」
「いや~…あの全員スタミナ切れのヘロヘロ展開はご遠慮したいところですねぇ…」
あの京都ジュニアSの一件からどうも大逃げに苦手意識を持ってるみたいで、フクの渋い顔はなかなか晴れない。
仕方ないとはいえ、ずっとそういう訳にもいかないし…何か対策を…いや必要なのはメンタルケアか?と、考えつつ出走メンバーに目を落とす。
「後はサイレンススズカと…お、メジロ家からメジロブライトも出走か。それから…」
「……イマ、ナントオッシャイマシタカ?」
「いやだからサイレンススズカとメジロブライト…」
急にカタコトでしゃべり出したフクに再度二人の名前を告げると、顔面蒼白、意気消沈、点になっていた目が大きく見開き頭を抱え空を仰ぐ。
その目は冬の津軽海峡を縦断出来そうなぐらいに泳ぎまくってた。
例えるならゲームで絶好調から一気に絶不調になるバッドイベントに遭遇したようなモノか。
「ほんぎゃー!!恐れてた事が来てしまいましたぁ!いつかは当たると思ってはいましたが、極力対決を回避したかったスズカさんと…!それにブライトさんも一緒とか…あんまりじゃないですか!?今の私の運気は天中殺ですか!?」
「どうした急に」
「だってだって!あのスズカさんですよ!?私が勝てる訳ないじゃないですかー!!」
「そうか?俺から見たら今のフクとスズカは同等、むしろフクの方が身体能力的には上だと思うけどな」
これはひいき目に見た訳でも何でもない、客観的な目線での結論だ。
じっくり見た訳ではないけど、前走のレースやフクと一緒にいる時にチェックしていたけど、確かに他のウマ娘より頭一つ抜き出ているとは思う。
が、今のフクキタルはそのさらに上の状態に仕上がっているのだ。
これも新米トレーナーなりに努力した俺の指導の賜物!
…と言いたいところだが、実際のところはフクの才能が他のウマ娘達より頭一つ二つ突出しているだけで、自分の指導なんて言うほど大したことではない。
ただ走りをよく見て、気付いたことを指摘して、対策や改善点を指導し、体力管理や対戦相手を研究して相手の弱点を調べ…とまぁ、トレーナーならだれでもやってるありきたりな普通のトレーニングをしているだけだ。
フクキタルの才能は身体能力的なものだけではなく、指導やアドバイスを真綿の如く吸収していくところだ。
コーナーリングでなるべく速度を落とさす外に膨らまない方法や、逆に外に抜けていく走法等、一度教えたらすぐに実践出来てしまうのだから恐れ入る。
もっとベテランのトレーナーなら、もっと効率よく的確な指導が出来て、今頃クラシック級でも通用するぐらいに鍛えられていたかもしれない。
「…本当にそう思います?」
「俺だって新米とはいえトレーナーだぞ。ウマ娘を見る目はある!」
「わかりました!トレーナーさんがそう言うなら私、その言葉を信じます!」
「おう、たまには占いやシラオキ様だけでなく俺の事も信じてくれよ」
「え?トレーナーさんは私の運命の人なんですから、最初からずーっと信じていますよ?」
…コイツは何食わぬ顔でドキッとするような事を言ってくるんだから困る。
このままだとこの娘、無自覚な魔性の女になるんじゃないか?
思わず熱くなった顔を、冷たい風が冷やしてくれる。
そんな12月もあっという間に過ぎていき、年末の本番がやってきた。
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現実はそう甘くはない。
レース当日、パドックで見たウマ娘達を見てつくづく思い知る。
「オイオイオイ…ウソだろ…」
思わず口から声が出る。起きてほしくない予想外。
今まで隠してたのか、それとも短期間で一気に追い込んだのか、壇上のサイレンススズカは今のフクと同等かそれ以上の仕上がり具合になっていた。
前回一緒に走ったタンタカタンクとハンガーツリーもしっかり仕上げてきているし、何より一番恐ろしく感じたのがメジロブライトだった。
のほほんとした雰囲気に騙されがちだが、トモの仕上がり具合がこの出走メンバーでも一、二を争うレベルになっている。
これがG1だと思い知らされた。
情報のアップデートが全く足りてなかった…何が「ウマ娘を見る目はある!」だこの節穴め。
…信じてくれとか言った手前でのこの状況、とてもじゃないがフクキタルに顔を合わせられないぞ…
いやいや、だからって何も言わずにそのままレース!なんて出来る訳ないだろ!
そもそもフクだって彼女たちに負けてない!トレーナーの俺が弱気になってたらフクも不安になるだろ!
大丈夫だ!絶対に負けない!根拠は!無いけど!
そんな訳で自分を自分で鼓舞しつつ、腹を括り、意を決して、何を言われてもいいように心の準備をしつつ控室の扉を開け…
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冒頭の状況になっていたという訳だ。
うーん、俺以上に周りの空気に飲まれてたかー。
「トレーナーさんどうしましょうどうしたらいいんですか皆さんびっくりするぐらい強そうですよこんな状況聞いてないですよぉー!!」
「よしよしまずは落ち着こう。確かに他のメンバー全員仕上がってるよな…いつの間にこんな鍛え上げてたんだろうな怖いわー…」
「なんでトレーナーさんも一緒に動揺してるんですかー!?こういう時はバシッと一つ景気のいいお言葉で私を勇気づけるところじゃないですかーやだー!」
「…現実から目を逸らして無責任に耳障りの良い言葉だけ投げかける訳にはいかないだろ」
「そんな殺生なぁ~!今朝の占いでも凶、大凶のオンパレードで辛うじて末吉が一回出ただけ!シラオキ様の声も聞こえない!救いは無いのですかー!?」
「それでも、俺はお前がこのメンバーの中で一番強いと思ってるぞ」
そう言って、彼女に目線を合わせつつ胸ポケットにしまっていた物を手に握らせた。
手の中に収めたのは、お世辞にも綺麗とは言えない刺繍で必勝祈願と書かれた布袋。
手放すのに結構悩んだけど、
「…お守り、ですか?」
「ああ。袋はアレだが中身の効果は間違いなしだ」
「では失礼しまして」
「…ノンストップで中を見るかオイ」
ぶっちゃけて言うと中身は俺の受験票。トレセン付属トレーナー大学への合格切符。
合格した受験票というのも効果があるだろうが、何が特別かと言えばその番号だ。
「おぉ…ふおおおおおおお!?7が、7が三つ!?」
受験番号777の数字を見てフクの瞳にはいつもの光が戻ってきていた。
当時の俺も驚いたもんだ。あくまで1000までの数字の一つでしかないのだが、こうも綺麗に7の数字が三つ並んでいるのを見ると運が味方しているように思えてくる。
…逆に「これで落ちたら幸運も目を背けたって事にならないか?」というプレッシャーもあったけど…
無事合格できたんだから今となっては全部いい思い出だ。
「な?いいお守りだろ?ちゃんと合格した時の受験票だぞ」
「こここここここんなの受け取ってよろしいのですか!?トレーナーさんの大切なモノじゃないのですか!?」
「まぁ、俺にとっても記念のモノだったけど、フクがこれでやる気出るなら安いもんだ」
「………フッフッフッフ、こんな素敵な縁起物を頂いたのです!やる気どころか運気も絶好調で間違いありませんとも!今日のレースは全力全開運スーパーマチカネフクキタルをお見せしますよー!」
今までの泣き言は何処に行ったのやら、両手をブンブン振り回して絶好調アピールをしてくるんだから効果抜群だ。
やる気が出ても対戦相手が弱くなる訳ではない。苦戦は必須だろう。
それでも気の持ちようというのは大きい。メンタルケアもトレーナーの仕事だから、今回の仕事は満点だな、ウン。
「あーコラコラ、首から下げようとするんじゃない」
「そんな!?こんな素晴らしいお守りは肌身離さず持っておきたいのですけど!?」
お守りに紐を付けて首に下げようとしてるフクキタルを制止。
この娘は隙あらば勝負服に何か付けようとするんだから…。
「前にも言ったけど、レースの時に外れて飛んで行ったら大変だろ?自分だけじゃなくて後方の走者にまで迷惑が掛かるかもしれないんだからな」
「ぐにゅにゅ…ならポケットに…」
「駄目だって。せめて…にゃーさんだっけ?このリュックの中に入れておくぞ」
ひょいとフクの手からお守りを奪って、近くに置いてあった招き猫型のカバンのファスナーに手をかける。
「あ゛ーーーー!!トトトトレーナーさん!女性のカバンの中を勝手に見るのはマナー違反ですよ!?」
「勝負服の一部なんだから中に何も入れてないだろ?ならマナーも何も…お前まさか!?」
慌てて制止しようとするフクより先にカバンを開ける。
中から顔を見せたのはでっかい水晶玉だった。
占いの館でよくフクが使ってたヤツだろう。当然重量も結構ある。
…案の定というかなんというか…
「…お前なぁ」
「…エヘ♪」
「可愛く舌を出してウインクしてもダメ!没収!」
「そ゛ん゛な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?」
その後もドタバタしつつ隣の控室から「うるせぇ!!」と本来の意味での壁ドンをされたりと色々あり、
「せめてトレーナーさんが持ってて下さい!」
という案で水晶玉の件は妥協。
水晶玉を抱えたままフクを見送る事となった。
…長い間そこそこ重い物抱えるのって地味に疲れるんだよなぁ…。
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本バ場入場。
大きな歓声に迎えられて、次々とレース場に姿を現すウマ娘達。
その表情は様々で、落ち着かず周りをキョロキョロしていたり、笑みを浮かべていたり、目をつぶっていたりと様々だ。
フクキタルは声援に飲まれることなく、隣にいるサイレンススズカと何やら楽しそうに会話をしていた。
落ち着いているようで胸をなでおろす。
誰が勝ってもおかしくない今日のレース。
今から俺が出来る事は彼女を信じ、神に祈るだけだ。
勝利の三女神よ、どうかフクに微笑んでやってください。
今年最後のG1レース、ホープフルステークスのファンファーレが高々と鳴り響いた。
頭の中のイメージが上手くアウトプット出来ない・・・もどかしい・・・!