カーテンを閉めてロウソクに見立てた小さな照明を付けただけの暗くなったトレーナー室。
向かい合って座る俺とフクキタルの間には小さなテーブル。
その上にはトランプを一回り大きくしたカードの束が裏向きに置かれている。
「紫菊賞…」
俺が何度目かの出走レース候補を挙げると、神妙な顔つきでフクキタルはカードを一枚めくる。
めくられたカードの表には落雷が直撃して崩れている塔の絵が描かれていた。
「…塔の正位置です」
「意味は?」
「驕りによる身の破滅、失敗、負傷、転落…どうあがいてもネガティブな意味でしかない運勢ワースト1位のカードですね」
「…なら芙蓉ステークスで」
もう一枚カードをめくる。
黒いフード姿の骸骨が大きな鎌を持った絵。
「…死神の正位置です。意味は…」
「何となくわかる、死とか滅亡の暗示だろ。このレースも回避か…」
「ここまで悪いカードばかりが出るのはある意味レアケースですね」
「ジュニア中距離レースに何か恨みでもあるのかよ…」
俺は机の上のカードの束を指さす。
ご存知の人も多いと思うが占いの鉄板アイテム、タロットカードだ。
年末に行われるG1レース、ホープフルステークスへの出走条件は一応は満たしているものの、メイクデビュー戦の一勝だけでは優先順位は低い。
もう一戦ぐらいは別のレースに出走して箔を付けたいし、フクキタルにもレースの経験を積んでもらいたいと思って、次のレースを決めようとしてるのだが…
「さぁさぁトレーナーさん、気を取り直して次のレースを占っちゃいましょう!」
「もうジュニアでのオープン以下の中距離レース無いんだけど」
「なんと!?ジュニアって中距離レース少なくありません?」
「俺もそう思うよ」
ジュニア級のレースは2000~2400mのいわゆる中距離レースは少なく、1600~1800mのマイルレース、1200~1400mの短距離レースが多い。
成長途中でスタミナが足りないだろうという点を考慮しての事なのかもしれないが、フクキタルにとっては短距離もマイルも距離が短い。
彼女の最大の武器である末脚を発揮する「さぁここからだ!」ってタイミングでコースが終ってしまうの為、中距離未満のレースでは結果が出せないだろう。
数回タイキシャトルに並走を頼んでフクにもマイル距離を走らせてみたが、結果は5バ身差でのゴールはまだマシな方で、だいたいそれ以上の差を付けられるという結果だった。
…中距離以上だと逆にタイキシャトルをぶっちぎる結果だったからな!フクが弱い訳じゃないからな!
で、話を戻すが、フクキタルの距離適性を考えれば中距離以上のレースに出る必要がある。
「出走候補のレースの運勢を占いましょう!」とフクキタルの提案をのんだ結果、その数の少ないジュニアクラス中距離レースの結果が
黄菊賞:魔術師の逆位置(徒労、最初に躓く、前途多難)
百舌草特別:月の正位置(不安、迷い、裏切り、欺き)
葉牡丹賞:悪魔の正位置(堕落、意気消沈、裏切り)
エリカ賞:力の逆位置(敗北、弱さ、忍耐の欠如)
紫菊賞:塔の正位置(破滅、悲劇、失望)
芙蓉ステークス:死神の正位置(事故死、損失、病気)
と、ことごとく不吉で不幸な結果ばかり。
ちなみに正位置はカードの上下が正しい状態、逆位置はカードの上下がひっくり返った状態の事。
…とフクキタルから教わった。
「…なぁ、当たるも八卦当たらぬも八卦とも言うし、思い切って芙蓉ステークスに出走して…」
「なななななんと!?トレーナーさんは私に死んで来いというのですが!?」
「いや誰もそこまで…」
「同じようなモノです!酷いです!あんまりです!ウマ娘殺しー!!!…これでもし私が死んだら末代まで化けて出てあげますからねぇ~…ウラメシヤ~」
何処から出したのか、頭に幽霊が付けてる三角の布のヤツを付けて両手を顔の下で垂らす典型的なお化けのポーズをするフクキタル。
…まぁこうなるわな。調子が絶好調から一気に不調にまで落ちる様な勢いで嫌がってるわ。
「わかったわかった悪かったよ。もう無理矢理望まないレースには出さないって約束する」
「ならばよし!です!」
「何で上から目線なんだよ…。でも実際問題出走できるレースがなぁ…」
「…おや?トレーナーさん、京都ジュニアステークスがまだ残ってますよ?」
レース一覧表を見てたフクから一つのレースの名前が出てきた。
京都ジュニアステークス。レースの名の通り京都レース場で開催されるジュニア級限定の2000m中距離レース、確かにフクキタルにも出場権はあるが…
(重賞なんだよなぁ…)
ジュニア級中距離唯一のG3レース、つまり重賞だ。
ジュニア級中距離レースの重賞はコレとG1のホープフルステークスの二つしかない。それだけに強豪達が出走するのは間違いない。
フクキタルもデビュー後に比べて間違いなく強くなった。だが実際のレースの経験はデビュー戦の一回しかない。
経験不足のまま大きなレースに出場させてもいいのだろうか…
「なぁフク、これ重賞なんだけど…大丈夫か…?」
「わかりません!ですが占ってみる価値はありますよ!」
「…これで悪い結果が出たらぶっつけ本番でG1になるのか?それよりはマシだと思えばまぁ…」
「ではでは早速占ってみましょう!実は私の占いの的中率は33.3%!」
「誰が統計とったんだよソレ…それにその確率って悪い内容だとよく当たって、いい内容だと外れるイメージなんだが?」
「…ソンナコトアリマセンヨ?」
「その胡散臭い棒読みはやめろ視線を逸らすな不安になるだろオイ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「このカードは…戦車ですね。そして正位置です」
フクキタルの手にあるのは台車のようなモノに乗ったウマ娘の騎士が描かれているカードだった。
「意味は、戦いによる勝利、驀進、突撃、勝ち取った栄光などなどです。最高のカードではありませんが、勝負事に関しては最上級の意味のカードですよ!」
「おー、ポジティブな内容の結果じゃないか。これならフクも安心して出場出来るな」
「はい!それでは次はこのレースでの立ち回りを亀卜占いで…」
「いやもういいよこれ以上は!それよりハイ今日のトレーニングトレーニング!!」
ようやく次のレースが決まりかけたのに、次の占いでネガティブな結果が出たらたまったもんじゃない!
そんな本心を隠しつつ、亀の甲羅を取り出そうとするフクキタルを抑えて無理矢理切り上げる事にした。
「着替えて先に行っててくれ。俺は部屋を片付けてから行くから」
「わかりました!タロットは雑に扱わないで下さいね。カードの機嫌を損ねちゃいますから」
「はいはい。揃えて纏めておくから後で回収してくれよ」
そう言って彼女を見送った後、部屋の雰囲気作りの小物等をしまったりカーテンを開けたり、カードを纏めたり…
「このカードの内容で、未来の吉兆がわかる…ねぇ」
確かにタロットカードの絵柄は神秘的なもの、おどろおどろしいもの、なんだかよくわからないものと多種多様ある。
カードに込める思いが強ければ強いほど的中率は上がるとかそういう話も聞いた事があるが…
正直なところ、いまいちピンと来ていないのが本音だ。
何の気なしにカードを一枚めくってみる。
…足をロープで縛られて、木の枝に吊るされたウマ娘の絵柄だった。
「…どういう意味だコレ?」
あまり深く考えずカードを片付けて、トレーニングコースに向かう事にした。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「マジかよ…」
約2ヶ月後、京都ジュニアステークス1週間前。
出走表を受け取った俺はトレーナー室で頭を抱えていた。
出走ウマ娘の人数は10人。フクキタルの名前もあり問題なく出走できる。
…ただ、他の出走ウマ娘に当たりたくない相手の名前が載っていたのだ。
ジュニア級中距離で二つしかない重賞。有力なウマ娘が出場するのは当然だ。
なら当然彼女の名前があるのも全くおかしくない。おかしくはないのだが…
出来ることならこんなに早く当たりたくなかったというのが本音だ。
「…マジかよ……」
何度読み返してみてもその名前は消える事はなく、出走表から無言の主張を続けるのだった。
『ハッピーミーク トレーナー:桐生院葵』