浜辺で横島先生と出島さんの介抱をしていたら、何処からか――海の方から畑さんが飛んできた。
「な、何があったんですか……」
「いや~、ちょっと撮影に力を入れていたところを津田副会長に見つかりましてね。強制退場させられちゃいましたんですよ」
「………」
酸素ボンベなんて何処から持ってきたんだろう……てか、この状態の畑さんを強制退場させるなんてどんだけ力があるのよ……
「一応撮ったのがあるけど、見る?」
「何を撮ったんですか?」
畑さんから撮影済みのデータを見せてもらう。そこに映っているのは、森さんや五十嵐さんと楽しそうに手を繋いでいる津田の姿だった……正確に言えば、津田が森さんと五十嵐さんに泳ぎを教えているのだけども、傍から見れば完全にリア充カップルのデート風景だ。
「あれ?」
津田が映ってるデータが終わったのにまだ続きがあったので、私はそっちのデータも確認する事にした。
「あっ! そっちは……」
畑さんが止めようとしたがもう遅い。私は残りのデータに目を通し、そして畑さんを睨みつけた。
「これはいったい如何いう事なんでしょうかね?」
「えっと……遂に出来た萩村スズファンクラブの人から頼まれまして……ロリッ子の写真を撮ってきてほしいと」
「ロリって言うな!」
ファンクラブが出来たという事実は嬉しいけど、ロリと言われて腹立たしいものがある。津田のデータだけ残すのもアレだったので、私は今日畑さんが撮った全ての写真のデータを削除したのだった。
旅行初日、とりあえず水に浮く感覚はつかめた、ような気がする感じで泳ぎの練習は終了、ホテルに戻る事になった。
「サクラっち、タカ君とはイチャつけた?」
「なんですかそれ! って、タカ君?」
名前で呼ぶようにとは言ってましたが、何故既に愛称になっているのか疑問に思い、私はカナ会長に訊いてしまった。
「なんだかこの呼び方がしっくりくるってコトミちゃんが。私も気に入りましたし」
「そうですか……」
「それにしても、サクラ先輩はタカ兄と仲良しさんですね~。もしかして未来のお義姉ちゃんになるかもしれませんね~」
「「「「「っ!?」」」」」
「何言ってるんですか、コトミさん。私はただタカトシさんに泳ぎを習ってるだけですから」
内心かなり焦ってはいるのだが、他の五人の方が動揺しているので逆に平静を保てた。
「でも、サクラ先輩もタカ兄にチョコあげてましたよね?」
「それは……お世話になってましたし……」
「つまり義理だと?」
なんだかコトミさんが畑さんに似てきたような気がします……
「この際だからハッキリと言いますが、私はタカ兄の子供を産みたいとまで思うほどの変態です! そんな義妹が出来るなんて嫌な人はタカ兄は諦めてくださいね」
「何を大声でバカな事を言ってるんだお前は……」
酔い潰れた横島先生と出島さんを部屋まで担いで言っていたタカトシさんが戻ってきて、そうそうにコトミさんに拳骨を振り下ろした。
「だってタカ兄! せっかくならお義姉ちゃんとも仲良くしたいじゃん! だからまずは私の性癖を……」
「色々とぶっ飛び過ぎだ!」
「痛っ!? でもこの痛みが気持ちいい……」
「ホント、駄目だコイツ……」
タカトシさんが盛大なため息を吐き、この話はうやむやなまま終了したのだった。
部屋に戻ってから、私は気になっている事を聞く事にした。
「サクラさんはた……タカトシ君の事を如何思ってるんですか?」
「あの、呼びにくいなら普段通りでいいのでは? ここには天草会長や魚見会長たちもいませんし」
「で、でも……」
普段みんなの事を苗字で呼んでいるのもあるが、それ以上にた、タカトシ君の事を呼ぶ時には緊張してしまうのよね……異性の名前を呼ぶなんて今までなかったからかしら……
「カエデさんだって、自分では気づいてないかもしれませんんが津田さんの事を呼び捨てにしてましたよ?」
「あ、あれは焦っちゃって……」
ちなみに、その話題の津田君は今部屋付きのお風呂に入っている。私たちは大浴場で済ませたけど、津田君は行かなかったらしい……というか、酔っ払いの相手で行けなかったのだけども。
「津田さんは特に気にしてませんし、私も苗字でも名前でもどっちでも大丈夫ですし」
「……じゃあ部屋の中では何時も通りにさせてもらいます。でもやっぱり、天草会長たちの前では名前で呼んだ方がいいんでしょうね」
「如何でしょう? 津田さんが力技でなかった事に出来るらしいですから」
おそらく『力技』と言っても権力ではないだろうな……文字通りの意味なんだろう……
「そう言えば五十嵐さんって男性恐怖症なんですよね? 如何して津田さんだけ大丈夫なんですか?」
「それは……彼は他の男子と違うって分かったんで……」
「あーそれは分かりますね。津田さんは思春期の男子にありがちな事が無いですから」
そうなのだ。津田君は思春期男子に良くある事が殆どない。例えば、他の男子は私のむ、胸に視線が来てたりするけど、津田君は何時も私の顔を見てくれている。
それ以外にも、七条さんがパンツを穿いてなかったりしても興奮より先に呆れ・怒りが現れるくらい他の男子と違う。そんな彼を怯える要素は無いと分かったからだ。
だけど、恐怖症とは別の意味で、津田君と接すると緊張してしまうのだ。
「何の話です?」
「あっ津田さん、もう出てきたんですか?」
「俺はもともと風呂は短いんで。それで、部屋の中では苗字で呼んだ方がいいんですか?」
「……今の一瞬でそれを理解するとは、さすがですね」
「いや、何となくそんな感じがしただけですよ」
どんな感じなのかは私には分からないけども、津田君は全部説明する前に理解してくれるので付き合うのも楽なのよね……
「ところで、俺は何処のベッドを使えばいいんですか? 五十嵐さんから距離を取った方がいい気がするんですけども……窓際か廊下側のどっちかですかね……」
「津田君が真ん中でいいですよ。私は津田君なら大丈夫ですから」
「何が『大丈夫』なんですかねぇ~」
「ヒィッ!?」
「またアンタか……」
ベッドの下から現れた畑さんを、津田君が襟首をつかんで廊下に放り捨てる……完全に畑さんキラーになりつつありますね……
「まったく……それで、俺が真ん中でいいんですか? てか、俺は何処でもいいですけど」
「じゃあ津田さんが真ん中で。ここは平等に行きましょう」
「? 何が平等なんですか?」
津田君は分からなかったみたいだけど――多分、分かってて分からないフリをしてくれてるんだろうけど――私と森さんは「この部屋」では平等に行こうと決めたのだった。
スクープの匂いがすれば、何処にでも現れる。それが畑ランコなんです……