試験も近いという事もあって、とりあえず補習の恐れがあるコトミと時さん、上位進出が出来そうな八月一日さんを家に招いて勉強会を開く事にした。
「タカ兄、サクラ先輩も来たよ」
「お邪魔します」
「いらっしゃい。まだ集まってませんので、寛いでいてください」
サクラさんは元々優秀なのだが、こうして互いに意識し合う事で更に高みを目指そうと招いたのだ。俺には萩村というライバルがいるけど、サクラさんには親しい中にライバルと呼べる同級生がいないとか……
「後はトッキーだけだね」
「時間過ぎてるんだけどな……」
八月一日さんが言うように、集合時間を少し過ぎている。真面目な子だから寝坊とかでは無いんだろうけども、大丈夫なのだろうか?
「あっ、トッキー。遅かったね」
「ウルセッ」
「さすがヤンキー。時間にルーズだね~」
「……時さん、もしかして迷った?」
「ウッ……ごめんなさい」
「さすがドジっ子!」
「コトミ、お前は少し黙ってろ」
余計な事しか言わないコトミを部屋に追いやって、俺は時さんに事情を聞いた。
「ここ、そんなに入り組んでは無いんだけど」
「降りる駅を間違えました」
「なるほど……次からは気をつけてね」
「はい……ホントスミマセン」
「いいって。それじゃあ、勉強会を始めようか」
これ以上何か言うと、俺が時さんをいじめてるように思えてきてしまうので、俺は早々に勉強会を始める為に部屋に時さんを案内したのだ。
コトミの兄貴に勉強を教わるのは初めてではないのだが、やはり緊張はしてしまう。コトミ同様落ちこぼれ組の私が、学年トップレベルの人に教わるなんて、普通ならあり得ない事だからだ。
「トッキー、さっきからタカ兄の事見てるけど、何かあった?」
「いや、お前の兄貴なのに優秀だなと思って」
「そりゃ自慢の兄だもん!」
「対する妹はアホだけどな」
前に似てないと指摘したら変な答えをしてきたので、それ以降似てないとは言わないのだが、やはりこの兄妹は見た目以外似てない気がする。
「コトミ、時さん、話してる余裕があるなら、この問題でも解いてみるか?」
「い、いえ! ちゃんと勉強します」
「タカ兄、後輩を怖がらせちゃダメだよ~」
「じゃあコトミだけ解くんだな。時さんは真面目に勉強するようだし」
目が笑っていない……コトミの兄貴は本気でコトミに問題を解かせようと考えているようだ。コトミもその事が分かっているのか、素直に勉強を再開した。
「たくっ……八月一日さん、そこ間違ってる」
「えっ? ……あっ、本当ですね」
私やコトミに注意しながらも、マキの間違いを見つけ指摘する兄貴。本当にコトミの兄貴なのかと疑いたくなるくらい優秀な人だな……
「マキ、嬉しそうだね」
「喋ってるとまた怒られるぞ」
「大丈夫だって。トッキーもヤンキーなのにビビり過ぎだって」
「ヤンキーじゃねぇ!」
「二人とも……どうやら俺は舐められてるらしいな……」
「あ……違うってタカ兄! ちゃんと勉強してるから!」
「だから怒られるって言ったんだ……ごめんなさい、大声出して……」
陽炎のように兄貴の周りの空気が揺らめいて見えるのは、きっと気のせいでは無いのだろう。妹であるコトミが兄貴の恐ろしさを知っているように、私も何となく兄貴が本気で怒っているのだという事は理解出来た。
「次同じような事をするのなら、問答無用でテストを受けてもらうからな」
「が、頑張ります……」
「タカトシさん、この問題なんですけど……」
「あ、はい。そこはですね――」
説教の最中でも、質問されればちゃんと答える。その切り替えの早さに脱帽しながらも、私とコトミは大人しく勉強を再開した。なにせこの勉強会は私とコトミの赤点回避の為に開かれている勉強会なのだから……
畑さんに呼ばれて、私は今あまり来た事の無い住宅街に来ている。
「畑さん、何か用でしょうか?」
「ここ、津田副会長の家なんだけど、今女子を連れ込んであれやこれややってるようなのよね」
「津田君が!? 風紀が乱れてるわ!」
良く考えればあり得ない事だと分かったかもしれないけど、この時の私には冷静な判断など出来なかったのだ。津田君の家に入れる機会もそう多くないだろうと思ってたし、なによりも津田君がみだらな行為をしているなどと思ってしまっていたからだ。
「はい? あ、五十嵐さん。何かご用でしょうか?」
インターホンを鳴らしてすぐ、津田君が玄関から顔を覗かせた。
「津田君、部屋に女子を連れ込んでるというのは本当ですか?」
「はい? ……まぁ勉強会で森さんと時さんと八月一日さんは来てますけど」
「……勉強会?」
私はクルリと回れ右をして、電柱に隠れている畑さんに視線を向けた。
「私は『あれやこれや』と言っただけで、いかがわしい事だとは一言も言ってませんよ」
「完全にそっちを思わせる口ぶりだったじゃないですか!」
「えっと……用事が無いならもういいですか? 目を離すとコトミがサボるので」
「ゴメンなさい……そうだ、私もお手伝いしても良いかしら」
「五十嵐さんが? ……そうですね、お願いします。今から昼食の支度をしなければいけなかったので、監視の目が増えるのはありがたいです。ついでに食べていってください。五十嵐さんの分も作りますから」
津田君の手料理が食べられる!? 私は二つ返事で津田君の手伝いをする事を承諾し、津田君の部屋で勉強しているコトミさんたちの監視、分からない個所が出てきたら説明をする事にしたのだった。
「うふふ、スクープの匂い」
窓の外から覗いていた畑さんは、何処からともなく現れた津田君に排除され、心おきなく勉強に集中する事が出来た。それにしても、男の子の部屋って意外と綺麗なんだ……
何故畑さんがいたのかは、お分かりですよね?