桜才学園での生活   作:猫林13世

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ちょっと時間が戻ります


カエデの長い夜

 タカトシ君の机を借りたはいいけど、私は緊張であまり勉強が捗らなかった。初めは真面目に勉強していたんだけど、どうしても普段タカトシ君が使ってる場所だという意識が私の頭の中を占領してしまうのだ。

 

「男の子の机って、もっと散らかってると思ってた」

 

 

 何度かこの部屋に泊まった事があるから分かるけど、タカトシ君の机は何時も綺麗に整頓されており、むしろ妹のコトミちゃんの机の方が散らかってるような印象を受ける。

 

「天草さんたちとこうして付き合うようになって、タカトシ君とも親しくなったけど、他の男子はまだダメなのよね……」

 

 

 特別な感情を抱いているからなのか、タカトシ君には触れる事も出来るし、緊張で声が小さくなる事もない。まぁ、別の意味で触るのに緊張したり、目が合うとドキドキしたりするけども、前みたいに逃げ出すような事は無いのだ。

 

「……って、ちゃんと勉強しなきゃ! テストなのは私も一緒なんだから」

 

 

 ふと現実に戻り慌てて教科書に目をやり、また暫く集中して勉強を続けたが、どうしてもタカトシ君の机を使ってるという意識が私の中に残ってしまう。別に変な事を考えているわけでは無いのに、何故かタカトシ君の事を考えてしまうのだ。

 

「普段ここでタカトシ君が勉強したり、さっきみたいにエッセイを書いたりしてるのよね……」

 

 

 エッセイのネタは何処から仕入れているのか、とか気になって机を漁りたくなる衝動に駆られそうになったが、何とか踏みとどまった。机を漁りたいなんて、まるで変態じゃないの……

 

「天草さんたちに毒されてるわね……」

 

 

 一年前ならこんな事思わなかったでしょうに、天草さんたちと密度の濃い時間を過ごしたからこそ、こういった思考が私の中に芽生えたのだろう。そうじゃなきゃこんな事考えないもの。

 

「それにしても、タカトシ君も萩村さんも、全問正解出来るのが羨ましいわ……それだけ努力してるからなんでしょうけど、全ての問題が分かるって気持ちいいんでしょうね」

 

 

 私にはその気持ちは分からない。小学校の時のテストでは百点を取った事もあるし、高校でも何教科で満点を取った事もある。だけどあの二人はそんな次元ではなく、全ての教科、全ての問題を理解し解答しているのだ。先生たちも採点してて楽だと思えるだろう答案なのだ。

 

「どんな勉強をしてるのかしら……」

 

 

 机の隅に置いてあるタカトシ君のノートに手を伸ばしかけて、私は自分の腕を掴んだ。

 

「私は何をしようとしてたのかしら……人のものを勝手に見るなんて……」

 

 

 別に何か特別な事が書かれてるわけでもないのだから、と考える自分と、なんであろうと人のものを勝手に見るのは許されない、と考える自分が私の中で囁いてくる。これが俗に言う自分の中の天使と悪魔なのだろうか?

 

「それにしてもタカトシ君、何時までお説教してるんだろう……」

 

 

 既に日付は変わっているのに、未だに帰ってくる気配すらない。先に寝てても構わないって言われてるけど、私が寝てたらタカトシ君が部屋に戻ってきづらいかもしれないし。

 

「もうちょっと待ってみようかな」

 

 

 とりあえず勉強はこのくらいにして、私は用意されている布団の中に入り携帯を弄って時間を潰す事にした。

 

「今回は畑さんもさすがに覗きに来ないみたいだし、その点は落ち着いて寝る事が出来そうね」

 

 

 この前泊まったときは、畑さんが外から覗きこんでいたらしく、タカトシ君が制裁したんだっけ。

 

「それにしても……何か布団に入ったら眠くなって来ちゃった……」

 

 

 タカトシ君を待っていようと思ってたけど、時刻は既に午前一時。普段なら寝てる時間だ。

 

「もうちょっとだけ……」

 

 

 完全に寝ないように灯りはつけっぱなしにしてあるので、もしタカトシ君が部屋に入ってきたら気づけるわよね。

 

「ちょっとだけ……目を瞑って……」

 

 

 寝るつもりは無かったのに、私の意識はそのまま眠りの世界へ落ちていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの気配を感じて、私はゆっくりと目を開けた。どうやらタカトシ君が帰って来たらしいわね。

 

「起こしちゃいましたか?」

 

「ううん、寝て無いわよ」

 

「? 寝ぼけてますね。今は朝の五時ですよ」

 

 

 五時? 私、結局寝ちゃったんだ……

 

「タカトシ君、今帰って来たの?」

 

「いえ、説教は二時に切り上げました。今から軽く運動してこようと思いまして。カエデさんはまだ寝てていいですよ」

 

「そう……お休みなさい」

 

 

 

 タカトシ君が部屋から出ていって暫くしてから、私の意識は不意に覚醒した。

 

「二時に部屋に戻ってきて今が五時……タカトシ君、ちゃんと寝たのかしら?」

 

 

 普通に見送ってしまったけど、お説教が終わったのが二時なら、それからすぐ寝たとしても三時間も寝て無い計算になる。そんな生活をしてたら体調を崩しちゃうし、早死の原因になるんじゃ……

 

「これは、先輩としてちゃんと注意しなきゃ! タカトシ君が体調を崩したら心配だし……」

 

 

 それに、タカトシ君が不在なだけで、桜才学園ではツッコミ不足が加速してしまう。私や萩村さんも何とかツッコミを入れたりしてるけども、タカトシ君一人が大抵ツッコミをしてくれるので、いざやれと言われても対応しきれないだろうしね。

 

「帰ってきたら、ちゃんと休むように言わなきゃ……」

 

 

 そう考えを纏めたところで、私は急激に睡魔に襲われた。よくよく考えれば、私もまだ四時間くらいしか寝て無いんだったわね……

 

「もうちょっとだけ寝ましょう……起きたらタカトシ君にお説教……」

 

 

 限界が訪れ、私はそのまま寝てしまった。次に気付いたら、既に九時を過ぎていて、私は大慌てで朝の準備を済ませ勉強に励んだのだ。

 

「あれ? 何か忘れてるような……」

 

「カエデちゃん、ブラしわすれたの?」

 

「違います」

 

 

 思い出せそうだったのに、七条さんが余計なことを言ったせいで思い出せなかった。まぁ、思い出せないって事は大したことじゃないんでしょうね……




やはりカエデさんはムッツリ……

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