生徒会業務を終えて生徒会室からタカトシ君が出て来るのを、私はそわそわしながら待っている。見方によってはストーカー行為に見えなくもないけど、決してやましい気持ちとかはありませんから。
「って、私は誰に言い訳してるのかしら」
自分の心の中の言葉に疑問を感じながらも、私はタカトシ君が出て来るのをじっと待っていた。噂では、既に天草さんと七条さん、萩村さんに三葉さんなど、多数の女子からチョコを受け取っているらしいが、誰一人として本命として渡した人はいないらしい。いや、気持ち的には本命だが、口では義理だの付き合いだの言って誤魔化しているとか。まぁ、その気持ちは分からないでもない。むしろ、私もそんな感じで渡そうと考えていたから。
「でも、せっかく作ったのに、義理と偽るのもね……」
男性恐怖症の私が、まさか本命チョコを用意するなんて、私自身も驚きだ。しかも相手は、競争率がかなり高い相手……高嶺の花に興味はないつもりだったのに、結局私もミーハーだったのかな……
「でも、この気持ちは他の人に触発されたわけじゃないと思うのよね……」
そもそも私は、何でタカトシ君の事を好きになったのだろう……優しいから? 他の男子とは違うから? 男性恐怖症の私でも他の人と変わらず接してくれるから?
「分からないわね……」
「何がですか?」
「何がって……た、タカトシ君!?」
「廊下の隅で風紀委員長がこそこそしてると畑さんから報告されて見に来てみれば、何を考えてるんですか?」
「えっと……」
畑さんのバカ! 今日がどういう日か分かっててタカトシ君を私の所に差し向けたわね!
「これ、受け取ってください!」
強引にタカトシ君にチョコを渡して、私は逃げ去るように廊下を早足で進んでいった。結局、義理とも本命とも言えなかったわね……
アルバイトの帰りに、私とカナ会長はいつも通りタカトシさんと近くのカフェに立ち寄った。
「タカ君は、結構な戦果があったんじゃないですか?」
「戦果? あぁ、チョコレートの事ですか?」
「ええ。今日はバレンタインですからね。男子は貰ったチョコの数を自慢したがるんじゃないですか?」
カナ会長の質問に、タカトシさんは首を傾げて「どうなんでしょう」と答えた。
「だって、チョコの数=女子からモテているという方程式が成り立つのでは?」
「今は友チョコや義理チョコだってありますから、必ずしもチョコを貰ったからと言ってモテているわけじゃないと思うのですがね」
「これだからモテる男は違うと言われるんでしょうね。ではちなみに、タカ君は幾つくらいチョコを貰ったのですか?」
「生徒会のメンバーや五十嵐さんに畑さん、クラスメイトや後輩たちから貰ったりしましたので……数十個といったところでしょうか」
「十分貰ってるじゃないですか」
一個一個大切に受け取ったらしく、渡した相手が顔を真っ赤にして逃げ去っていったとかいう事も、私はカナ会長を通じて聞いている。カナ会長は天草会長から聞いたようだ。
「気持ちは嬉しいんですが、全員の気持ちに応えられるわけじゃないですからね……」
「それはみなさん分かってると思いますよ。もしタカ君が全員に良い返事をしたら、それは逆に気持ちが冷めるでしょうし」
タカトシさんは、様々な女子から好意を寄せられている事を知っている。だがあえて気づかないフリをしたりして、今までの関係を崩さないように努めている。それがじれったいと思う人もいるだろうが、タカトシさんに好意を寄せているほとんどの女子が、その反応をありがたいと思っている。だって、告白して離れるより、今までの距離感で付き合ってくれる方が、まだ諦めなくても良いという気持ちになれるから。無論、何時までもそんな関係でいられるとは私たちも、もちろんタカトシさんも思ってないだろうが……
「実際問題として、タカ君が彼女を作ったりしたら暴動が起きかねませんからね」
「何ですか、それ……俺だって人並みに恋人がいたらとかは考えるんですが」
「なら、何故作らないのです? タカ君の環境なら、彼女の一人や二人、簡単に作れると思うのですが」
「二人も作ったらダメでしょうが……」
タカトシさんのツッコミに、カナ会長は満足したように頷いた。もし二人でも三人でもとか言い出したら、タカトシさんのイメージが変わってたところですよ。
「冗談はさておき、何故彼女を作らないのですか?」
「家事やバイト、生徒会業務やコトミの面倒で手一杯ですからね。彼女の為に時間を作るのが難しい現状、付き合ってもかまってあげられないでしょうから」
「タカ君の彼女というステータスは、その程度の不満を凌駕すると思いますけどね」
「……そういう考えの人なら、付き合っても良いと思えますが、やはり失礼ですよ」
タカトシさんの真面目な考えを聞いた私たちは、もし付き合えたとしても不満など言わないでおこうと心に誓ったのだった。
「そうでした。これ、バレンタインのチョコです」
「私からも。タカトシさんにはたくさんお世話になってますし、そう言った気持ちも持ってますから」
「あ、ありがとうございます……でも、さっき話した通り、当分は彼女を作ろうとは考えられませんから」
私とカナ会長の気持ちを受け取ったタカトシさんが、少し照れた様子で念押しのように繰り返した。まぁ、今すぐに付き合えるとは、私もカナ会長も思ってませんでしたが、この反応はひょっとして……なんて考えてしまいますね。
何だか久しぶりにカエデを出したような……