朝、目を覚まして時計を見る。何度見ても笑いが出て来る時間だ。
「何で今日はタカ兄、起こしてくれなかったんだろう……」
現時刻は午前八時三十分。閉門の時間が三十五分で、HR開始が四十分からだ。つまり何が言いたいのかというと、完全に遅刻である。
「とりあえず着替えてタカ兄が作ってくれたお弁当を持って……?」
私はそこで、小さな違和感を覚えた。何時もならキッチンのテーブルの所に私のお弁当が置いてあるのだが、今日に限ってそれが無いのだ。
「何を慌ててるんだ?」
「あっ、タカ兄? 何でまだ家にいるの?」
「何を寝ぼけてるんだ、お前。今日は日曜だぞ」
「……日曜?」
慌ててカレンダーを確認する。タカ兄の言う通り、間違いなく日曜日だった。
「何だ~。慌てて損しちゃった」
「起きたんなら手伝え。シーツを洗ったり部屋の掃除をしたりしたいからな」
「タカ兄、せっかくテストが終わったって言うのに真面目だね」
どうやら私はテストの緊張感を持続したままだったようで、そのせいで曜日感覚がくるっていたのだろう。
「テストが終わったから、こうやって家事に精を出す事が出来るんだろうが。ここ最近、お前の勉強を見ていた所為で家事が疎かになっていたからな」
「本当に、その節は感謝してもしきれないと思っております」
この前のテスト、前日まで絶望感に打ちひしがれていた私を救ってくれたのは、やはりタカ兄だった。ちょうどそのタイミングでお母さんたちが一時帰国したお陰で、タカ兄は家事から解放され時間が出来たのだ。
普通だったらその時間は自分の為に使うべきなのだろうが、私の成績が芳しくないと言う事は、お母さんたちにも知られている。そして、タカ兄の成績が学年トップだと言う事も。
つまり何が言いたいのかというと、お母さんたちに頼まれて、タカ兄が私の勉強を見てくれたのだ。
「本来なら自力で試験に挑ませて、自分の酷い成績を自覚させ塾に通わせる計画だったんだが、お母さんたちが『そんなことしてもコトミの成績は上がらない』って言ったから教えたんだからな」
「知ってます。『塾に通わすより、タカトシに教わった方が絶対身に付く』って私も言われたし」
お母さんの考えは正しく、私が塾に行ったところで、講師の言っている事が分からずにおいて行かれてただろう。その点、タカ兄の教え方は分かりやすく、また、悪い点を取った時のお仕置きを考えると、気が緩む事無く勉強に集中することが出来るのだ。
「自己採点の結果、平均六十点だもんね。本当に感謝してもしきれないよ」
「……今度からは見ないからな」
タカ兄はこう言ってるが、多分次もなんだかんだ言いながら見てくれるだろう。厳しいけども結局は家族である私の事を甘やかしてくれる。こんな兄だから、私はこんなにも懐いているんだろうな。
テスト期間が終わっても、私はイマイチ気分が晴れなかった。その理由は簡単で、また長期休みに入るとタカトシと会う機会が減ってしまうからだ。
「コトミちゃんは良いわよね……同じ家で生活してるんだから……」
家族なんだからそれは当然なのだけども、私はコトミちゃんを羨ましく思っていた。仲の良い兄妹だが、タカトシの方は倫理観がしっかりしてる為、最後の一線を越える事は無いだろうと確信している。だがあの妹の事だ。タカトシと一緒にお風呂、とか、寂しいから一緒に寝るとか、そんなことをやらかすかもしれないのだ。
「ただでさえライバルが多いって言うのに、何で血縁者にまで嫉妬しなきゃいけないんだろう……」
私は軽く首を振ってそんな考えを頭の中から追いやり、机の上に飾ってある空のビニール袋を視界にとらえた。この袋は、タカトシから貰ったクッキーが入っていたもので、中身はちゃんと美味しくいただいた。
「私よりお菓子作りの腕があるっていうのも、ちょっと複雑だけども……相手がタカトシだもんね。主夫だから仕方ないよね」
誰に聞かせるでもない言い訳を呟き、私はため息を吐いた。家事万能、成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗……あげればキリのない褒め言葉が私の頭の中に浮かぶ。欠点らしい欠点を見つける方が大変なのだ。人気があって当然だと思うしかない。
だがそれでも、この桜才新聞に書かれている貰ったチョコの数を見ると、かなり焦ってくる。あの天草会長よりも数が多く、その相手にちゃんとお返しをしたと言う事を知っていれば、焦らずにはいられないだろう。
「でも、私たちにくれたのと、他の子たちがもらったクッキーは、少し違ったようだけどね」
明らかに本命チョコだと分かる相手には、タカトシもちゃんとしたお返しをしたようだ。義理チョコ、あるいは本命に限りなく近いが、それほど交友の無い相手には、私たちとは違うクッキーを渡したようだと、この間畑さんが調べた結果を聞いて知った。
私たちのチョコを本命チョコだと受け取った事を恥ずかしがればいいのか、それともそういった配慮もちゃんとできる事を知れて喜べばいいのか、その時は反応に困ったが、とりあえず気持ちは伝わっていると言う事でその場は納得する事にしたのだ。
「でも、やっぱり本命の数も多いのね……」
英稜のお二人もやはり、私たちと同じようなクッキーを貰っている。私たちの中でも、微妙な違いがあったのを私は食べてから知ったのだ。
「細かい違いをつけるなんて、やっぱり凄いって思うしかないのよね……」
クッキーの味を思い出しながら、私はもう一度ため息を吐いたのだった。
桜才学園生徒会内なら、間違いなくトップだと思いますが……強敵が二人くらいいるんですよね