生徒会室で作業をしていたら、畑がやって来た。
「失礼します。新聞部の畑です。次回の生徒会インタビューのアポを取りに伺いました。そちらの都合の良い日で構いません」
さすがに今すぐ始める、などという非常識な事はしないか。
「私は何時でも良いぞ。何なら、今からでも」
「本当ですか?」
ちょっとしたリップサービスのつもりだったのだが、畑は結構本気で捉えたらしく、インタビュー道具を取り出し始めた。
「都合の良い女で助かります」
「びっくりするくらい、敬意を感じないな……」
「そんな事ないですよー? 会長は我々新聞部にとって貴重なネタ元……じゃなかった、生徒の憧れの的ですからね」
「今、ネタ元って言った? 言ったよな?」
畑に詰め寄って責め立てようとしたが、私が距離を詰めた以上に離れて、気がついたら生徒会室からいなくなってしまった。
「インタビューするんじゃなかったのか?」
「シノ先輩が追いやったんでしょうが」
黙って書類整理をしていたタカトシが、顔を上げて私にツッコミを入れる。
「そんなこと言ってもな、ネタ元とか言われたんだぞ? 問い詰めたくもなるだろうが」
「まぁ、あの人の事ですから、問い詰めたところで白状するとは思えません」
「シノちゃん、次のスピーチの内容、考えてるの?」
そう言えば今度の朝会でもスピーチをしなくてはいけなかったな。さて、何を話したものか……
「そうだ!」
「どうしたの?」
「次のスピーチはタカトシ、お前に任せる」
「俺ですか? 別に構いませんが――」
一応肯定の返事をしたタカトシだったが、どうやらまだ続きがあるようなので私は静かに耳を傾けた。
「数日前に言われても大したものは出来ませんよ?」
「問題は無いだろ。殆ど生徒会としての威厳を示すだけのスピーチになっているからな。最低限の威厳さえ保てれば、内容は問わない」
「そんなんでいいのかよ……」
呆れながらも、タカトシは書類整理を済ませた後、スピーチの内容を必死になって練っていた。エッセイもそうだが、随分と熱心に文章を考えるんだな、タカトシは……
朝会でのスピーチを終えたタカトシの周りに、女子の人垣が出来ている。まぁ、あれだけ立派なものをすれば余計なファンが増えてもおかしくは無いとは思っていたが……これは想像以上だ。
「相変わらず津田君は無意識にモテる事をしてのけてるよね」
「ネネ……別にそういう意味で見てたわけじゃないわよ」
「そういう意味って? 私は何も言ってないよ」
「……最近ネネがたくましく見えて堪らないわよ」
しれっとタカトシに義理チョコを渡し、私相手にカマ掛けを成功させるしたたかさ。ちょっと許容出来ない趣味は持っているけども、この冷静さは素直に羨ましく思えるわね。
「エッセイで感動させといて、スピーチでも感動させるなんて、津田君は将来どんな職業に就くのかしらね?」
「物書きになるつもりは無いって聞いたことがあるけど……」
もったいないとは思ったけど、タカトシの人生だし周りがとやかく言う事でもないだろうと思い、それ以上話は膨らませなかったのだ。
「津田君なら物書きでも成功出来るとは思うけどね。でも私は教師とかもいいなーって思うな」
「確かに、タカトシは妹のコトミちゃんや、クラスメイトに勉強を教えたりしてるから、教師も似合いそうよね」
アイツが教師になったら、女子生徒にモテるのだろうか……それとも、同僚の女性教師からモテるのだろうか。きっと両方なんだろうな……
「研究者っていうのも似合いそうよね」
「でもアイツ、理系じゃなくて文系だって言ってるわよ?」
「理系でも問題なく出来るのにね」
アイツがどんな職業に就こうが、私には関係ないのだと思い、ちょっとショックを受けた。アイツの未来を一番側で見てみたいと思っている自分にも驚いたが、それ以上にネネがそんなことを考えている事に驚いたのだった。
放課後になり、生徒会室へ向かう途中の階段で、柔道部がトレーニングをしていた。
「何をしているんだ?」
「現在、階段昇りうさぎ跳び中なんです。足腰を鍛えるのにいいんですよ」
「随分とハードだな」
踊り場では時さんや中里が息も絶え絶えという感じで寝転がっている。
「あっ、でも……階段で足腰を鍛えるなら、大人の階段を昇った方が早いかも?」
相変わらずこの人は……
「ねぇタカトシ君」
「ん?」
「どういう意味か説明を」
「世の中には知らなくても良い事があるんだよ」
三葉はピュアだからな……汚れきった考えなど知らなくても良いと俺は思う。
「そっか……じゃあ次は、町内マラソンに行こう!」
「外に出るのか?」
「危険じゃない?」
確かに、いくら強いからといえ、女の子だしな……
「危険なのは承知の上です! しかし、あえて荒波に飛び込む事によって、人は成長出来るのです!」
「「おぉ!」」
「……難関は角の鯛焼き屋」
「減量中か……」
スタートの合図を頼まれ、俺は柔道部を送り出した。
「時さん、早いわね」
「学年トップだってコトミが言ってたな、そう言えば」
「でも、彼女の事だから道に迷ったりしてね」
「ありえそうだな」
スズとそんな冗談を言い合っていた三十分後、案の定時さんは道に迷って帰ってこなかった。
「あれ、トッキーは?」
「見てないよ」
「あぁやっぱり……」
その後、二十分経って漸く時さんが戻って来て、柔道部の練習はお開きとなったのだった。
ドジっ子発動……