高総体三日目、今日は柔道の個人戦の応援にやって来た。我が桜才学園からは、三葉とトッキーが参加する事になっている。
「三葉は何をしているんだ?」
先ほどから、正座をしてピクリとも動かないので、私は手近にいた柔道部員に尋ねた。確か、中里と言ったか……
「あれは精神統一をしているんですよ。ああやって心を落ち着かせているのです」
「そうなんだ~。あんなに長い時間正座出来るなんて凄いね~」
「アリア先輩は、お稽古事などで長時間正座する機会があるのでは?」
タカトシの疑問に、私と萩村も頷いて同調する。アリアのお稽古事には、確か華道や茶道もあった気がするし。
「お稽古事の時は兎も角、普通の時に正座すると、踵がちょうど当たるからイケナイ気分になるんだよね」
「パンツを穿いてください」
事務的にツッコミを入れ、タカトシはアリアから視線を逸らした。やはりタカトシは普通の男子高校生ではないな。目の前の美人な先輩がノーパンだと知って、あそこまで冷静に対処出来るとは。
「あら。時さん、その右足どうしたの?」
「あぁ、昨日の試合でちょっとな。まぁ大したこと無いんで」
萩村がトッキーの足を心配していると、その背後からコトミが現れた。
「おや、トッキー。『静まれ、私の右足!!』とは斬新だね」
「………」
「放っておいていいですよ」
厨二発言をしたコトミをどう扱おうか悩んでるトッキーに、タカトシが声を掛けた。さすがは、長年コトミの兄をやって来ただけの事はあるな。
「ところでタカトシ」
「何でしょう、シノ会長」
「前から思っていたのだが、君は何か部活はしないのか?」
あれだけの運動神経だから、どの部活に入っても大活躍する事間違いなしだと思う。もちろん、生徒会を優先に考えてくれている事はありがたいが、もし兼任でもやる気があるなら、私はタカトシを生徒会に縛るつもりは無いのだ。
「今更ですよ。それに、部活に割ける時間がありませんし」
「生徒会の事なら気にするな。君がいなくても何とかする」
「いえ、生徒会の業務ではなく、ツッコミが……」
「何時もすまない……」
私はボケようとは思っていない――いや、前まではわざとボケたりはしてたが、それほどまでにタカトシの時間を奪っていたとは……もっと反省して、少しでもタカトシの浪費していた時間を浮かせ、そしてゆくゆくは……
午前の試合を、オール一本勝ちで決めた私は、お昼の為にスズちゃんたちと合流した。
「さすがムツミね。オール一本勝ちとは」
「へへ、頑張って練習してきたもんね」
「最早男子より強いんじゃない?」
「さすがのタカトシ君も、ムツミちゃんには勝てない?」
「どうでしょうね。リーチの差があるので、多少はまともに戦えるかとは思いますが……組んだら勝てそうに無いですね」
「(ひょっとして、か弱さが足りない?)」
タカトシ君は十分強い人だけど、もしかしてタカトシ君はか弱い女の子が好みなのかな? そうなると、これまで猛者たちをオール一本で倒してきた私って、タカトシ君の好みから外れてるのかも……
「余計な事考えてるわね?」
スズちゃんに睨まれ、私は慌てて両手を振って否定した。否定した所為で、何を考えていたか忘れちゃったけど、とにかくお昼にしよう。
「今日のお昼は、出島さん特性カツまみれ弁当です」
「こっちは俺から」
七条先輩が持ってきてくれたお弁当も美味しそうだけど、タカトシ君の用意してくれたお弁当も美味しそう。
「これは、津田君が作ったの?」
「まぁ、一応は」
「へー。家事も出来るって噂は聞いてたけど、こりゃ女として危機を覚えるね」
「そう言いながら、中里さん全然気にしてる様子じゃないけど?」
「あっ、やっぱり分かる?」
チリと楽しそうにお喋りしながら、タカトシ君はコトミちゃんに視線を向けた。
「コトミ、行儀が悪いから胡坐をかくなといつも言ってるだろ」
「良いじゃん別に。タカ兄だって胡坐座りなんだし」
「そういう問題じゃ……」
「ほうらよ。おんにゃのきょがあぎゅらは――」
「ムツミ。行儀悪いから食べるか喋るかのどっちかにしなさい」
コトミちゃんに注意しようとしたら、私がスズちゃんに怒られちゃった。
「(もぐもぐ)」
「コミュニケーションを放棄したわね……」
食べる事に専念した私に、スズちゃんがそんなツッコミを入れてきたのだった。
午後の順調に勝ち進み、ムツミちゃんとトッキーさんは優勝したよ~。
「強かったね~」
「さすが、我が桜才学園柔道部の主将と期待のホープだったな」
「しかし、今回は英稜学園の選手が怪我で出場辞退してましたし、次の大会は苦戦を強いられる可能性は十分にありますからね」
「萩村、事実かもしれんが、今は勝ったことを喜ぼうではないか」
シノちゃんの言葉に、スズちゃんも軽く謝ってから勝利を喜びだしたみたい。やっぱり、勝った時はお祝いしなくちゃね。
「皆若いわね……私の涙なんてとっくの昔に枯れ果てたわ」
「あっ、横島先生……おられたのですね」
「ずっと隣にいたわよ! お昼の時だって、私いたんだけど!?」
存在感が薄かった横島先生が必死にアピールしてるけど、シノちゃんたちはそれに取り合うことは無かった。とりあえず、無事に高総体が終わって良かったよ~。
存在感の薄い人が……ある意味濃いんですがね