会長と二人で用意した夕ご飯を、タカトシさんとコトミさんと一緒に済ませると、片付けはタカトシさんが引き受けてくれることになった。
「お二人はもう遅いですし、そろそろ帰られた方が」
「そうですね」
タカトシさんのご厚意に甘えてお暇しようとしたら、意外そうな顔でカナ会長がとんでもない事を言いだしました。
「えっ、泊まっていっちゃ駄目?」
「はっ?」
さすがのタカトシさんも予想外だったのか、会長の申し出を理解するのに数秒を要しました。
「泊まるってここにですか? 着替えとかどうするつもりなんですか」
「大丈夫。必要最低限の物は置いてあるから」
「何時の間に……」
「それに、ご両親の許可はもう貰ってるから、安心して」
「それも何時の間に……」
「わーい! お義姉ちゃんと一緒にお風呂だ~!」
コトミさんは既にお泊りが決定したと判断して、カナ会長と一緒にお風呂に入るつもりになっている様子です。いっぽうのタカトシさんは、どこかに電話を掛け、疲れ切った表情でカナ会長に向き直りました。
「両親が許可した以上、追い返すわけにも行きませんね……ですが、大人しくしててくださいよ」
「当然です。タカ君はもう少し私の事を信用してください」
「信用してほしいのでしたら、俺の使った箸を懐にしまうのは止めろ」
「あら、バレてましたか……」
何をしてるんでしょうか、この人は……相変わらずタカトシさんの苦労は絶え無さそうですが、せっかくお泊りが出来るのですから、今回ばかりは会長の行動力に感謝ですね。
コトミと義姉さんが風呂に入っている間、俺は食器の片付けを済ませ、両親の部屋を軽く掃除してから部屋で生徒会の仕事をすることにした。今日は珍しく、四人そろってても仕事が終わらなかったんだよな……
『あの、タカトシさん。サクラですが、入っても良いですか?』
「どうぞ」
遠慮がちに開けられた扉から、サクラさんがこちらを覗き込んでいる。
「なにか用ですか?」
「課題で分からない箇所があるんですが、教えてもらえませんか?」
「かまいませんよ。どうぞ」
部屋に招き入れて、サクラさんの課題を見せてもらう事にした。
「英稜はもうここまで進んでるんですね」
「桜才はまだなんですか? じゃあ、聞くのは会長にでも」
「いえ、大丈夫ですよ。ここは――」
サクラさんに解説していくと、彼女は納得したように頷いて問題を解いていく。
「こうですか?」
「正解です。やっぱりサクラさんは理解が早いですね」
「タカトシさんの教え方が良いんですよ。本当に理解が早かったら、授業を聞けば理解出来てるはずですし」
「そんなものですかね?」
「タカ兄、お風呂~! って、お取込み中でした?」
「馬鹿な事を言ってるんじゃない! サクラさん、お先にどうぞ」
「では、お言葉に甘えて」
課題を済ませたサクラさんが部屋を出ていき、残ったコトミに視線を向ける。
「ん、何?」
「お前も宿題があるんじゃないか?」
「そ、そんなもの無いよ?」
「誤魔化せると思うなよ。これ以上呼び出されるのも面倒だ。みっちりと教えてやるからもってこい」
「い、イエッサー!」
何故か敬礼をして自分の部屋に戻っていったコトミを見て、俺は首を傾げる。そこまで脅した覚えは無いんだけどな……
お風呂から出てきたサクラっちと二人で、部屋でのんびりしようと思ったけど、サクラっちから微かにタカ君の香りがしてきたので思わず詰め寄ってしまった。
「な、なんでしょうか?」
「サクラっちからタカ君の香りが……タカ君の部屋に行きました?」
「え、えぇ……課題の分からない箇所を教わろうとしまして」
「えっ、襲われる?」
「違います」
私の冗談にこうして付き合ってくれる稀有な存在ではありますが、義妹と認めるのはまだ出来ませんね。
「それで、タカ君に教えてもらったんですか?」
「はい。桜才ではまだ習っていない箇所だったらしいんですが、タカトシさんは問題なく教えてくれました」
「さすが教師よりも教師らしい生徒と言われるだけはありますね」
「誰が言ってるんですか、そんなこと……」
「この前、畑さんがそんなことを言っているのを聞きました」
桜才の教師で有名なのは横島先生ですが、確かにあの人よりもタカ君の方が教師らしいですね。
「それでサクラっちは、タカ君と二人きりでお勉強をしてたんですよね? 変な気持ちになったりしなかったんですか?」
「変な気持ちとは?」
「だって、好きな男子の部屋で二人きりだなんて、欲望が湧き出てきても――」
「そんなことはありません。私もタカトシさんも、真面目に勉強してたんですから」
「そうなんですか、ちょっとつまらないですね」
タカ君がサクラっちに取られるのはなんとなく嫌ですけど、シノっちやアリアっちたちに取られるよりかは数十倍マシだと思えますからね。それだけサクラっちは私から見てもいい子ですから。
「とにかく、あんまりタカトシさんを怒らせるようなことは言わない方が良いですよ」
「大丈夫。これくらいで怒るタカ君じゃないから」
「もう少し気遣ってあげましょうよ……」
ため息交じりに呟くサクラっちを見て、タカ君は愛されているんだなーっと思いました。
コトミもちゃんとしようぜ……