五十嵐先輩が溺れかけた時、私は浜辺でそれを見ているしか出来なかった。流れで参加させられた遠泳では、早々にリタイアしてたので、傍に居なかったのもあるが、私はきっとあの場に居ても何も出来なかっただろう。
「……村、萩村!」
「えっ!」
急に呼ばれて私は飛び上がりそうになるのを堪えて呼ばれた方を向く。そこには五十嵐先輩を抱きかかえた津田が居た。
「な、何よ……」
「悪いけど五十嵐さんの介抱を頼めるか?」
「良いけど、アンタは?」
「いや、だって五十嵐さんは」
「……そうだったわね」
緊急事態だったから忘れてたけど、この人は男性恐怖症だった……今は気を失ってるようだが、もし起きてたら如何なってたんだろう。
「じゃあよろしく」
「何処行くの?」
「とりあえず説教してくる」
「いや、あの状況で取り乱すのは仕方ないと思うけど……」
「そっちじゃなくて、あの二人」
「へ? ……あぁ」
よく見れば浜辺で男を襲ってる横島先生と七條家メイドの出島さんが居た……生徒の緊急事態に何やってるんだあの教師は……
カエデちゃんが溺れた時はかなり焦ったけど、津田君が居てくれて良かったな。もし居なかったら私たちじゃ助けられなかったかもしれないものね。
「ねぇ彼女、一人?」
「え?」
見ず知らずの男の人に話しかけられた。これが世に言うナンパと言うやつなのかな?
「スゲェ良い事教えてあげるから、あっちの岩場まで行こうぜ」
「良い事?」
「あぁ。スゲェぜ」
「う~ん……」
この人の言ってる良い事が何なのか分からないけど、付いていったらいけないような気がするのよね……でも、男の人に掴まれたら抵抗出来ないだろうし……
「良いから来いよ!」
「きゃっ!」
如何やら短気だった男の人は、私の腕を掴んで強引に岩場まで連れて行こうとしてるみたい。如何しよう、もしかして私、かなりピンチかも知れない……
「何してるんです?」
「あ?」
「あっ!」
聞き覚えのある声が近付いてきて、私は安心してきた。私が知ってる男の子で、最も頼りになる声の持ち主だ。
「誰だテメェ?」
「そちらこそ何方です?」
「関係ねぇだろ! 俺は今忙しいんだよ!」
そう言って津田君に殴りかかる男の人、随分と暴力的で短絡的な人なんだ……これじゃあモテ無いのも頷けるわね。
「ほっと」
軽くステップを踏む事で男の人の拳をかわし、そのまま相手の足に自分の足を引っ掛けて転ばせた。
「人の連れにちょっかい出さないでくれます?」
「何!?」
「アリアさん、行きましょう」
「え、うん」
伸ばされた手を掴み、私は津田君と男の人の横を通り過ぎる。そうか、津田君は私の恋人を演じる事でこの場を治めようとしてるんだ。
「何だよ男連れかよ」
如何やら津田君の思惑通り勘違いしてくれたようで、男の人は何処かに行ってしまった。
「大丈夫ですか?」
「うん。津田君が助けてくれたから」
「偶々近くを通りかかったから良かったですけど、これからは気をつけてくださいね。七条先輩は美人なんですから」
「あっ……うん、気をつける」
「?」
名前で呼んでほしかったけど、あれは演技だもんね。後で聞いた話だと、私をナンパしてきた男の人は、横島先生と出島さんに襲われたようだった。自業自得かしらね?
気が付いたらパラソルの下だった。足を攣って溺れたはずの私は、如何やら助かったようだった。
「……萩村さん?」
「あっ、気が付きましたか」
「えっと……どれくらい気を失ってたの?」
「五十嵐先輩が溺れてから、まだ一時間くらいしか経ってませんよ」
「そう……ところで誰が助けてくれたの? 会長かしら」
あの場で咄嗟に行動出来そうなのは天草会長くらいだし、きっとそうよね。
「いえ、津田が五十嵐先輩を浜辺まで運んできました」
「津田副会長が!?」
も、もしかして人工呼吸とかされたのかしら? それってつまりき、き、……って! 妄想してる場合じゃ無い!
「浜辺まで五十嵐先輩を運んできて、その後何処かに行っちゃいました。自分が居たら気が休まらないだろうからって」
「……そう」
津田君がこう言う人だって分かってるのに、如何して私は妄想で悪い方に考えちゃうんだろう……他の男子と違って、津田君は私の事をあんなに気遣ってくれるのに。
「あっ、帰ってきたみたいですね」
「本当ね」
津田君の傍には、七条さんと魚見さんが寄り添うように居たけど、津田君は少し疲れ気味のような表情で二人を見ている。如何やら二人が津田君と腕を組もうとして後ろに居る天草会長に止められてるようだ。
「おかえりー」
「うん……疲れた」
萩村さんの横に転がり込んだ津田君は、そのまま動かなくなった。如何やら本当に疲れているらしい。
「まあ津田、これでも飲んで……おっと、零してしまった」
「水なら目立たないんじゃ無いですか?」
「本当に目立たないか?」
天草会長が零したのはスポーツドリンク、零した場所は股周辺……
「んなっ!?」
「乾くまで隠してなさい」
絶句した私の代わりに、津田君が会長にツッコミを入れた。疲れていても相変わらずのキレの良さだった。
「ふと思い出したのだが、サメが人を襲う映画があるだろ」
「あーありますねー」
萩村さん、何だかやる気が無い?
「もしあれがサメでは無くタコやイカだったら、十八禁になるよな!」
「シノッチは触手がお好きなんですね!」
「ヌルヌルして気持ち悪そうね! でもきっと快感なんでしょうね!」
「「………」」
私と萩村さんは、無言で津田君の方を見る。疲れているところ可哀想だけれど、この状況にツッコミを入れられるのは津田君しか居ないのだ。
「アンタら順番に説教だよ!」
残ってた力を振り絞って津田君がツッコミを入れ、説教を始める。助けてもらったお礼をするタイミングを逃しちゃったな……
日が暮れるまで説教をした津田だったが、ついにエネルギー切れを起こしその場に座り込んだ。
「そろそろ帰るか」
「そうだね~」
「中々楽しかったですよ」
「会長、横島先生が寝てます!」
「じゃあ起こして……」
横島先生の周りには缶ビールの空き缶が転がっていた。
「アリア、出島さんの車に私たち全員乗れるよな?」
「乗れるよー」
「じゃあそっちで……」
「会長、出島さんも寝てます!」
「それじゃあ起こして……」
出島さんの周りにも缶ビールの空き缶が転がっている……
「宿、探すか」
「そうだね~」
「と、泊まるんですか!?」
「仕方ないだろ。運転手が酔って寝てるんだから」
「誰がこの二人を運ぶんですか?」
萩村がつぶやいた当然の疑問に、私たちは全員で一人の男を見る。
「……分かりました、運びますよ」
両肩に横島先生と出島さんを寄りかからせて、津田がとりあえず運び出した。着替えがあるからまずは更衣室に連れて行かなければいけないからな。
「津田ーアンタ今日グッスリ寝れるんじゃない?」
「もう寝たいよ……」
更衣室に二人を放り込んだ津田は、浜辺にあるゴミとパラソルを片付けに行った。宿、見つかると良いんだがな……
お泊りフラグは健在です