酔いつぶれた二人を津田君が支えながら運び、私たちは旅館に到着した。
「一部屋とは言え、空いてて良かったね~お姉ちゃん」
「そうだな」
「シノ姉、何か楽しそう」
「そうか?」
色々と問題がありそうなので、私たちは姉弟妹と言う設定になっているのだ。
「とりあえず姉さんたちを部屋に寝かせよう」
「そうね~。それじゃあつ……タカトシ君、お願いね」
「お願いね、お・に・い・ちゃ・ん」
「スズ、怖いって……」
自分が末っ子の設定である事が不満なスズちゃんは、津田君を睨みながら言っている。それにしても津田君、完璧に設定をこなしてるわね。
「よしアリア、私たちも部屋に行くぞ」
「そうね、お姉ちゃん」
設定は上から横島先生、出島さん、シノちゃん、魚見さん、私、カエデちゃん、津田君、スズちゃんの順なのだが、如何見ても一番しっかりしてるのは津田君ね。
「重かった……」
部屋に二人を寝かせた津田君が、座り込んで息を整えている。
「津田、何興奮してるんだ?」
「疲れてるんだよ! 見て分かれ!」
部屋の中と言う事で、普段の話し方に戻ったシノちゃんに、津田君が容赦のないツッコミを入れた。
「それで会長、この後如何するんですか?」
「一泊して早朝に帰るしか無いだろ」
「それじゃあ家に電話しないと」
「あの、それなんですが」
電話しようとしたら、津田君が気まずそうに手を上げていた。
「如何した?」
「男と外泊って大丈夫なんですか? いくら不可抗力とは言え、ご両親が納得するか如何か」
「津田君は安全だし、大丈夫じゃないかな? それに、これは出島さんの落ち度だからね」
「ウチも平気よ。アンタの事はお母さんも知ってるから」
「私の親もそこらへんはゆるいから安心しろ! あっ、ゆるいと言っても股の事じゃ」
「分かってるから」
シノちゃんのボケをサラリと流して、津田君はカエデちゃんと魚見さんを見た。
「お二人は大丈夫ですか? 何なら俺は車で寝ますけど」
「駄目よそんなの!」
「そうですね。津田さんだけを追い出すのは忍びないですし」
「事情を話せば分かってくれると思うわ」
「ウチの両親もガバガバ……じゃなかった、ゆるいですから安心して下さい」
「出来ねぇよ」
魚見さんのボケに、津田君は肩を落としながらツッコミを入れた。それにしても『ツッコミを入れる』ってなかなかエロスな表現よね!
「アンタも何考えてるんだよ!」
「あら」
思考を読まれちゃったのかしら。津田君に怒られてしまった。
せっかく旅館に泊まる事になったのだがら、温泉を楽しまなくてはな! と言う事で我々は今温泉に浸かっている。
「シノちゃん、この旅館混浴があるみたいよ?」
「そうなのか? 混浴と聞くと緊張するな」
「だね~」
「ですね」
ウオミーとアリアとで盛り上がってると、五十嵐と萩村がジト目でコッチを見ていた。
「ちょっと見てくる」
その視線に負けた訳では無いが、私は混浴風呂を覗きにその場から移動した。
「ふぉ!?」
そして慌ててアリアたちの傍に戻った。
「シノッチ?」
「如何かしたの?」
「いや……お取り込み中だった」
「「まぁ!」」
「「ッ!?」」
アリアやウオミーは分かるが、何故五十嵐と萩村まで向こうに泳いでいったのだろう……
「これはこれは……」
「凄いわね~」
私も見たいぞ! 再び泳いで覗きに行くのだった……津田が居たら全員怒られてたな、ここが混浴じゃなくて良かった。
風呂から上がったら丁度津田君も出てきた。
「五十嵐さん、もう平気ですか?」
「大丈夫……って、此処では姉弟の設定よ」
「そうでしたね」
津田君は溺れた事を気にしてくれてるようで、心配そうに足を見ていた。
「良いお湯だったね、カエデ姉さん」
「そ、そうね」
津田君に名前呼ばれちゃった! 興奮してた私を眺めていた津田君だったが、急に背後に手刀を放った。
「おっと!」
「畑さん? 何故此処に……」
「私は新聞部の合宿で此処に。お二人は婚前旅行ですか?」
こ、婚前!? 私と津田君がけ、け、結婚!?!?
「違いますよ、実は……」
冷静に畑さんに事情説明をする津田君……一人舞い上がってるのが恥ずかしくなってきて落ち着きを取り戻した。
「なるほど、そう言う事情でしたか。でも安心して下さい、しっかりと曲解して脚色しますから!」
「如何やら新聞部を潰したいようですね?」
「い、嫌ですね~冗談ですよ」
「そうだと思いましたが、念の為にね」
「おホホホホホ……」
津田君の目が、冗談では無く本気だと言っている事が分かってる畑さんは、乾いた笑いをして居なくなった。相変わらず神出鬼没な人ね……
「これ以上誤解されないうちに部屋に戻りましょう」
「そ、そうね」
「カエデ姉さん?」
「な、何!?」
設定を守ってるだけなのに、津田君に名前を呼ばれるとドキッとする。もしお付き合いとかしたら名前で呼ばれるのよね……
「いえ、ボーっとしてるので……のぼせましたか?」
「だ、大丈夫よ! それよりも湯冷めする前に部屋に行くわよ……た、タカトシ」
如何しよう! 津田君の事名前で呼んじゃった!
またしても舞い上がった私を、津田君は呆れたような目で見ている……津田君は何も感じないのかしら……
部屋に戻ってから津田君に聞いてみると……
「異性に呼び捨てにされるのって、母親以外では初めてだな~とは思いましたよ」
との事……つまり私が津田君の初めてを……
「五十嵐、お前顔が赤いぞ?」
「ひょっとしてエロい妄想でもしてるんじゃないですか?」
「そうなの、カエデちゃん?」
「違いますよ!」
何でこの人たちは私を同類に仕立て上げようとするのかしら……
「ひょっとして混浴カップルを思い出してたのか?」
「あれは凄かったもんね~」
「いつか私もしてみたいですね」
「違います! てか、私はじっくりと見てませんから!」
「……何の話?」
「わ、私も分からないわよ」
「スズちゃん、嘘は駄目よ?」
「お前もじっくり見てただろ」
「だから何をだよ……」
この部屋でただ一人あの状況を見ていない津田君は、頭に疑問符を浮かべながらも深く追求してくる事は無かった。多分本能的に危険だと判断したんだろうな……
「兎に角! 私は何も考えてませんから!」
「何だ、つまらん……」
天草会長たちは諦めてくれたようで、とりあえずは良かったけど、津田君や萩村さんがジト目で私を見てるのが気になる……だから私は会長たちとは違うのに!
一話で終わらなかった……