無事に新学期を迎え、俺たちは生徒会室で作業をしていた。
「今思ったんだが、倦怠期ではないだろうか」
「はい?」
「どうかしたんですか?」
何の脈略も無くシノ会長が発言したので、俺とスズは同時に会長に視線を向ける。
「単調な生活は精神的に良くないとは聞くね」
「それが原因で鬱になるとは聞きますね」
「確かに。そう考えると変化は欲しいかもしれませんね」
さすがに生徒会の作業で鬱にはならないだろうが、恐らく何かを企んでいるんだろうし、今日は思ったより仕事も多くないから話をあわせておこう。
「というわけで、今日一日役職取り換えっこしようではないか!」
「今思った割には準備万端だな……」
まぁ、前々からやりたかったんだろうな……深くツッコんで面倒事を引き起こすのもだるいし、大人しくくじを引くとするか……
「私が会長ですか」
「私は副会長だよ~」
「うむ、私は書記か」
「じゃあ俺は会計ですか」
レディーファーストという事で先に引いてもらったので、俺は引くまでもなく会計になった。
「会長!」
「何かな?」
また絶妙なタイミングで来客が……三葉は何の用事で来たんだろうか。
「あれ? スズちゃんじゃなくて会長……あれ?」
「今は私が会長よ」
「えっ!? スズちゃんと会長の中身が入れ替わっちゃったの!?」
「斜め上の解釈をしてしまったか……」
俺は三葉に事情を説明し、今日一日はスズが会長職を担う事を納得してもらう事に成功した。
「それで、ムツミは何しに来たの?」
「部費のアップをお願いしに来ました!」
「幾ら?」
「十万!」
「却下」
「それじゃあ五千円!」
「うーん……」
三葉も随分と交渉上手なんだな。最初にあえて不可能な要求をすることで、次の要求のグレートが低く感じさせるとは……といっても、スズは元々会計だし、本当に不可能ならグレートが下がってても拒否するだろうがな。
「検討はするけど、確約は出来ないわね」
「それで大丈夫です。それじゃあ会長……あれ? 天草会長はなんて呼べばいいんだろう」
「普通に天草先輩で良いんじゃないか?」
「そうだね! それじゃあ天草会長、七条先輩、お邪魔しました。スズちゃんとタカトシ君もまたね」
そう挨拶して、三葉は生徒会室から去っていった。
「前のタカトシもそうだが、私の事を会長としか呼ばないのは問題だな」
「なんですか、急に……シノ先輩は実際は会長なわけですし、そう呼ばれても仕方ないのではありませんかね」
「おぉ……」
「……何なんですか?」
何故か感動しているようなシノ先輩に問いかけると、頬を染め、視線を逸らしながら答えた。
「『シノ先輩』と呼ばれたのは初めてな気がしてな」
「? コトミがしょっちゅう呼んでるじゃないですか」
あいつは「シノ先輩」か「シノ会長」のどっちかだし、そんなに感動するところだったか?
「お前に! 『シノ先輩』と呼ばれたのが始めただからだ!」
「あぁ、そういえばそうでしたっけ?」
そう言われればそんな気もするが……そこは重要なのだろうか。
「スズちゃん、何で頬っぺた膨らませてるの?」
「別に……ちょっとくさ~な空気だったので、息を止めているだけです」
「嫉妬する事ないんじゃない? タカトシ君が呼び捨てで名前を呼んでくれるのはスズちゃんだけなんだし」
「なんなんですか、いったい……」
シノ先輩が照れたと思えば、今度はスズが嫉妬してるし……名前を呼ぶだけで何でそんなに意識するんだか……
「タカトシ君は特に気にしてないのかもしれないけど、好きな男の子に名前で呼ばれるのは嬉しいんだよ?」
「はぁ……ですけど、普段から名前で呼んではいたと思うんですが」
「そうだけど、『会長』と『先輩』とではまた違った良さがあるんだよ。私だって『アリア先輩』って呼ばれるよりも『アリアさん』の方が嬉しいし」
「そんなモノですかね……」
俺は基本的に呼び捨てにされることが多いし、もしくは君付けだから大して差が無いと思うんだが、男子と女子でまた違うんだろうか……
「見回りに行くわよ!」
「何怒ってるんだよ」
スズの機嫌が直るのはしばらく時間がかかりそうだな……
生徒会室の空気に耐えられなくて見回りに出たんだけど、こうしてリーダーとして先頭を歩くのは悪い気はしないわね……我ながら単純だと思うけど。
「……って! しれっと背の順に並ぶんじゃない!」
先頭が私で、その後ろに天草先輩、七条先輩、タカトシの順で並んでいて、よくよく見れば背の順に並んでいるのだ。つまり、私の背が低いと見せつけているようだったのだ。
「そんな意図は無かったんだが……俺は何時も通り一番後ろを歩いてたんだけど」
「……まぁ、タカトシは基本的に一番後ろよね」
「私たちも別に意識はしてなかったんだけど……言われてみれば確かに背の順になってたわね」
「つまり、萩村が気にし過ぎなだけだったんだな」
「……ゴメンなさい」
コンプレックスを指摘されたみたいで激昂したけど、悪気は無かったみたいね……つまり、私が過剰に気にしているという事か。
「まぁ、私は途中で気づいたんだがな!」
「気づいてたんなら変わるとかしろよ!」
天草先輩は途中から確信してた事を自供したため、私は先輩に噛みついたのだった。
背の順か……大体最後かその一個前だったな……