桜才学園での生活   作:猫林13世

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シノ一人じゃちょっと中途半端だったので


本命組 シノ・マキ編

 既に五十嵐と萩村はタカトシにチョコを渡したらしい。聞きたくなくてもタカトシの情報は勝手に入ってくる。それだけ三年の間でもタカトシの事は話題になっているのだ。

 

「シノちゃんが先に渡すんだよね?」

 

「べ、別にアリアが先でも良いが……」

 

「ダメだよ~? わざわざ順番を決めて、それぞれ二人きりになれるように近づかないようにって決めたんだから、生徒会活動の前の時間はシノちゃんの番なんだから」

 

「わ、分かってはいるんだが……いざ渡すとなると緊張してきてな……」

 

「シノちゃん、意外と初心だもんね」

 

「なっ!? アリアだって緊張してるだろうが!」

 

「当然だよ~。だって、本当に好きな人にチョコを渡すんだもん。緊張しない方がおかしいよ」

 

「う、む……」

 

 

 アリアの言い分に納得してしまった自分と、何故その事に思い至らなかったのかと自分を責める。アリアの言っている事は当然の事で、私にだって当てはまることだ。アリアにからかわれた事に腹を立てるのではなく、その事に気付けなかった自分が腹立たしい。

 

「まぁまぁ、シノちゃんなら大丈夫だよ。それじゃあ、私はスズちゃんと先に見回りに行ってるから、頑張ってね」

 

 

 アリアに背中を押されて、私はタカトシがいるであろう生徒会室を目指す。この時間は五十嵐も風紀委員として見回りをしているはずだし、コトミたちも生徒会室にはいないだろう。

 

「しかし、タカトシと二人きりなんて、この間のスノーシューの時以来か……」

 

 

 あの時は特に緊張しなかったというのに、何故今はこんなにも緊張で手汗が止まらないのだろうか……若い男女がベッドルームで二人きり、このシチュエーションの方が何倍も緊張すると思うんだが……まぁいいか。

 

「あれ、シノ会長? スズとアリア先輩はまだ来てませんよ」

 

「その二人なら先に見回りに行ってもらっている」

 

「はぁ……そんな連絡、受けてませんけど」

 

「そうなのか? おかしいな、萩村には伝えておくように言ったはずなんだが……」

 

 

 もちろん、嘘だ。乙女協定に従って萩村はタカトシに黙っててくれたらしい。まぁ、私たちも萩村が渡す時はちょっかいを出さないように二年の教室に近寄らなかったんだから、萩村にも付き合ってもらわないと不公平だからな。

 

「それじゃあ、俺たちも行きますか?」

 

「その前に、君に渡したいものがある」

 

「何です?」

 

「……今日は何月何日だ」

 

「二月十四日です」

 

「なら、分かるだろう? てか、君は既に数えられないくらい貰っているだろ」

 

「自惚れたくないだけです。これでチョコじゃなかったら、ただのイタイ奴じゃないですか」

 

「君もそんなことを考えるんだな……」

 

 

 あれだけモテていて、私たちも好意を前面に出しているというのに、絶対に貰えるなどと自惚れないなど、普通の男子ならありえないだろうな……だが、そこがタカトシの良い所でもあるのだろうな。

 

「これは私の気持ちだ! 返事はしなくていいからな」

 

「はい……本当に返事を出来ればいいのですがね」

 

「分かってるさ。簡単に答えを出せる問題ではないからな」

 

「好いてくれているのは本当に嬉しいのですが、俺自身誰かを好きになった事が無いものでして……せっかく皆さんが本気で好きになってくれているのに、俺自身が軽い気持ちで答えるわけにはいかないですから」

 

「普通の男子なら、これだけの女子に好意を持たれていると分かれば、ハーレム状態でウハウハとか考えそうだがな」

 

「何処の世界の普通なんですか、それは……」

 

「とにかく、渡したからな! 我々も見回りに行くぞ!」

 

「分かりました。ありがとうございます、シノさん」

 

 

 今だけは会長としてではなく、一人の女子として見てくれているという事だろうか。タカトシに名前で呼ばれるとこう……身体の奥底から電気が走るんだよな……

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、何でもない」

 

 

 こいつは特に気にしてないのだろうな……こういう事を自然とやってのけるから、ますます好きになってしまうのだろう。

 

「あれ、コトミ? 何してるんだ、あいつ」

 

「なに? 本当だ……八月一日も一緒か……」

 

 

 あいつは我々の乙女協定の中にいないからな……恐らくタカトシにチョコを渡そうとしているのだろう。

 

「シノ会長、お疲れ様でーす。今時間良いですか?」

 

「……五分だけだからな」

 

「そんなにはかかりませんよ。ほら、マキ」

 

「う、うん……」

 

 

 頬を赤く染め、今にも泣きそうな雰囲気を醸し出しながら、八月一日が一歩前に出る。その手には可愛くラッピングされたチョコが握られていた。

 

「つ、津田先輩!」

 

「ん、なに?」

 

 

 タカトシは私たちにはしない、とても優しく穏やかな表情を浮かべている。相手が緊張しているから、少しでも自然体でいられるように配慮しての事だろうが、あんな表情を向けられたら別の意味で緊張しそうだ。

 

「これ、私の気持ちです! 受け取ってください!」

 

「ありがとう。気持ちは受け取れないけど」

 

「はい、分かってます。津田先輩は、中学の時からそう言ってますからね」

 

「タカ兄も試しに誰かと付き合えばいいのに」

 

「俺が誰かと付き合えば、コトミの面倒を見る時間が無くなるわけで――」

 

「気軽に誰かを選んじゃ駄目だからね! みんな真剣なんだから、タカ兄も真剣に誰かを好きになるまで、答えなんて出しちゃ駄目だからね!」

 

「当たり前だろ。そもそも、気軽に付き合ったら失礼だから、こうして困ってるんだろうが」

 

 

 八月一日からのチョコを受け取り、タカトシは困ったように微笑んで、俯いている八月一日の頭を撫でる。年下から人気が出るのも頷けるよな、こいつのこういうところを見ると……




コトミにとっては死活問題だな……

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