サクラさんを家まで送るために、俺は電車で移動する。まぁ、これだけのチョコを持って帰るのも大変だから、サクラさんがいなくても電車を使ったかもしれないが。
「すみません、わざわざ送っていただいて」
「さすがに長い時間待ってもらってた相手をそのまま帰らせる程人でなしじゃないつもりですから」
俺の言い回しが面白かったのか、サクラさんは口元を抑えながらくすくすと笑った。
「タカトシさんが人でなしだったら、世の中の大半は人でなしですね」
「そうですかね?」
「えぇ。タカトシさんは自己評価が低いから分からないでしょうけども、私の知り合いの中でもトップクラスのお人好しだと思いますよ」
「そうですか……」
お人好しって、褒められてる気がしないんだけど、恐らくサクラさんは褒め言葉として使ったのだろう。
「タカトシさんみたいなお兄ちゃんがいるコトミさんが羨ましいです」
「サクラさんみたいな妹なら苦労はしなかったでしょうね……」
たぶんコトミに聞けば、こんな兄は嫌だ、とか言いそうだしな……俺だってこんなのが兄だったら嫌だろうし。
「カナ会長がしょっちゅう自慢して来るんですよ。『タカ君が作ってくれた』って」
「弁当ですか? まぁ、義姉さんにはしょっちゅうコトミの面倒を見てもらってますし、それくらいはしなければいけないですし」
「そこらへんのお母さんより、お母さんしてますよね」
「まぁ……ウチは両親不在の時が多いですから……コトミに家事を任せるわけにはいきませんし」
少しは出来るようになれよ、と思う反面、コトミに台所を使わせたら後が大変だから、やらなくていいと思ってしまう自分がいるのだ。俺がもう少し時間的余裕が取れれば、コトミにみっちりと教える事が出来るのかもしれないが、わざわざコトミの為に時間を作るものな、と思ってしまうのだ。
「その点、義姉さんが家に来てくれると助かります。こうして、家の事を心配することなくサクラさんをお送りする事が出来るんですから」
「会長には悪いですが、その点はありがたいです」
今頃義姉さんはコトミの宿題を見て頭を悩ませているかもしれないけど、今だけは勘弁してください。
「あっ、私の家はここです」
「そうですか。では、今日はありがとうございました」
「良かったらお茶でも飲んでいきませんか?」
「うーん……では、お言葉に甘えます」
すみません、義姉さん。もう少しコトミの相手をお願いします。
何を悩んだのかは私には分からないけど、タカトシさんは私の誘いを受けてくれた。
「何もない部屋ですが……」
「いえ、きちんと整理されていて、良い部屋だと思いますよ」
「あ、ありがとうございます」
普段からちゃんと掃除はしているけど、タカトシさんに褒められると何だか自信になるなぁ……これが説得力というものなのでしょうか。
「今お茶淹れてきますね」
「ありがとうございます」
タカトシさんを私の部屋に残して、私はお茶を淹れる為にキッチンへ向かう。普通なら彼氏でもない異性を自分の部屋に残すなんて考えもしないだろうけども、タカトシさんならその点の心配は無いから、こうして安心してお茶を淹れられるのだろうな。
「あら、お帰りなさい」
「ただいま、お母さん」
キッチンへ向かう途中のリビングで、お母さんに声を掛けられる。普段は仕事で帰りが遅いのに、今日はもう帰って来てたんだ。
「誰か来たの?」
「友達にちょっと寄ってもらっただけだよ」
「友達? あんたウチに連れてくる程親しい友達、いたっけ?」
「うっ……別にいいでしょ」
確かに、ウチに連れてくるような相手、今までいなかったかも……別に友達が少ないわけじゃないけど、家で遊ぶような相手はいなかったかもしれない……
「それに、さっき男の子の声が聞こえたんだけど……もしかして、私何処かに行ってた方が良い?」
「そ、そんなんじゃないよ! さっきも言ったけど友達だから!」
友達、という単語に心が痛む。私はタカトシさんの友達でしかないのだから、お母さんが妄想したような事には絶対にならない。
「冗談よ。あんたはそういう欲が無いものね」
「……まったくないわけじゃないけど、そこまで露骨に出すものでもないでしょ」
「まぁね。今度ちゃんと紹介してよね。あんたの彼氏候補」
「だから違うってば!」
「だって、あんた若干男性恐怖症だったじゃない? それなのに今、異性を自分の部屋に一人残してる訳でしょ? そういう相手じゃなければ、部屋に一人残すなんて出来ないと思うんだけど」
「あ、あの人はそういうのに興味が無い……ってわけじゃないんだろうけど、そういう心配をしなくていい相手だから」
「それって、最近よく聞く『タカトシさん』って子?」
「っ!?」
「これでも母親よ? あんたの交友関係くらい知ってるわよ」
お、おそるべしお母さん……いつの間にタカトシさんの事を知ったのだろうか……
「まっ、あんたが選んだ相手なら、よっぽどのことも無いでしょうし、安心して応援できると思うわよ」
「だから、そんな関係じゃないってば!」
結局お母さんにからかわれ過ぎて、私はタカトシさんを部屋に待たせている事を失念しそうになり、そのまま部屋に戻ろうとして、お母さんに笑いながら「何しに来たのよ」とツッコまれることになってしまいました……
おそるべし、森母……