津田家に泊まることには慣れてきたけど、こうしてタカトシ君の部屋に泊まるのは一向に慣れてこない……しかも今回は久しぶりに二人きりという状況で、私はいつも以上に緊張してしまう。
「――といいつつも津田副会長のベッドに視線を向けるなんて、やっぱり貴女はムッツリスケベですね」
「畑さん!? というか、何処から入ってきたのよ」
「そこの窓から、こうちょちょいと」
「相変わらず人間じゃないですね、畑さんも」
タカトシ君の事を人じゃないと表現している畑さんだが、私からしてみれば畑さんも十分人間の範囲外の存在なのよね……
「というか、私何も言ってなかったわよね?」
「貴女の顔が雄弁に物語っていましたから、ほら」
そういいながら畑さんが差し出したカメラには、確かに私の顔が写っている。だけど、そんなに顔に出てるようには私には思えないんだけど……
「ところでその家主は今何処に?」
「タカトシ君なら、お風呂に入ってますけど」
「見たところ貴女も湯上りよね? 津田副会長が最後なんですか?」
「何回も張り込んでるなら知ってると思うけど、タカトシ君は私たち全員が入った後に入浴して、そのままお風呂掃除をして洗濯機を回すんです」
「さすがハイスペックですね、嫁にしたい男子生徒ナンバーワンは伊達ではありません」
「なんですか、それ?」
嫁にしたいって、タカトシ君は男の子なんだけどな……まぁ、女子顔負けの家事スキルの持ち主だから、そう思うのも仕方ないのかもしれないけど。
「津田副会長は女子だけではなく、一部男子からも絶大な人気を誇るお方ですから」
「その一部男子って?」
「それは秘密です。では私はこれで失礼します」
現れた時と同じように、音もなく消え去った畑さんに驚きながらも、私はさっき畑さんが言っていた「一部男子」というフレーズが頭から離れなかったのだった。
墓穴を掘ってしまったのは悔やまれるが、まさかここまで本気でスズ先輩が私に向き合ってくれるとは思わなかった。
「ここはさっきの応用だから――」
今もこうして真剣に私に分かり易いように説明してくれている。これなら何とか平均くらいには届きそうだ。
「聞いてるの?」
「ちゃんと聞いてますよ。スズ先輩はナプキン派なんですよね?」
「まったく聞いてないじゃないか!」
「痛っ!?」
エロボケで場を和ませようとしたけど不発……それどころかスズ先輩に脛を蹴り上げられてしまった。
「冗談じゃないですか~。そこまで怒らないでくださいよ~」
「アンタの成績を考えれば、冗談なんて言ってる場合じゃないって分かるでしょうが!」
「分かってますけど、ちょっとした冗談で気を紛らわせるくらいの事は良いじゃないですか。なんでそこまでスズ先輩が切羽詰まってるのかが私には分かりません」
「アンタが留年、もしくは退学になれば、それだけタカトシにかかる負担が増えるでしょうが」
「まぁ、ずっとタカ兄に寄生するとか言い出すでしょうしね」
私一人で生活出来るとは思えないし、タカ兄に寄生していた方が楽だとか考えるだろうしね。タカ兄が切り捨てようとしても、私は離れるつもりは無いし。
「タカトシの負担が増えると、それだけ生徒会業務にも支障が出るのよ! つまり、コトミをしっかりした人間にしないと、それだけいろいろな人に迷惑が掛かるってわけ!」
「へ~、私ってそんなに多くの人間に対して影響力を持っていたんですか~。なんだかカッコいいですね」
「ふざけてないでしっかり勉強しろ! 何だったら私からタカトシに進言してあげましょうか? コトミちゃんはお小遣い要らないようだからって」
「要るに決まってるじゃないですか!」
お小遣いを人質に取られてしまったら、私は頑張るしかなくなる……さすがはスズ先輩、計算できる女だ……
掃除と洗濯を済ませてキッチンに向かうと、リビングから時さんの死にそうな悲鳴が聞こえてきた。恐らくシノさんとアリアさんにみっちりと教えられているのだろう。
「コトミは大丈夫だろうな……」
スズの事だから手加減無しで教えてるだろうし、コトミが下ネタで逃げようとしてもスズなら対応出来るだろうし。これがカエデさんだったら気絶してしまったかもしれないし、スズがコトミの相手を申し出てくれて助かったかもしれない。
「さてと、人の心配だけをしていればいいわけでもないし、俺も勉強するか」
せっかく苦労しない相手が部屋に泊まる事になっているのだから、たまにはしっかりと勉強しておいた方が良いだろうと思い、俺はコップを洗ってから自分の部屋に戻る。前にカエデさんがこの部屋に泊まった時、散々ノックをしろと言われたので、俺は自分の部屋に入るためにノックをした。
『はい?』
「タカトシです。入りますね」
『ど、どうぞ』
何やら慌てた雰囲気を感じたが、別に悪いことをしてるわけではなさそうだったので気にせず中に入る。カエデさんは椅子に座って俺の蔵書に手を伸ばした形で固まっていた。
「何か気になる本でもありましたか?」
「いえ、凄い量だなと思っただけです」
「そうですか? そんなに多いとは思いませんが」
そもそも高校に入学してから読み始めたのだから、それほど蔵書があるわけではない。カエデさんが何に驚いたのかは分からないが、俺は気にしないことにした。
スズの負担がヤバい気がする……