困ったことが起きて、どうしようか考えていると、急に視界が塞がれた。
『だーれだ』
「……七条さん」
かけられた声は天草さんの物だったけど、背中に当たる膨らみが明らかに彼女の物とは違ったので、私は知り合いの中で最も胸の大きい人の名を答えた。
「むっ、正解だ。良く分かったな」
「私、勘が良い方なので」
言えない……背中に当たった胸の感触で天草さんじゃないと分かったなんて……そんなこと言ったら、天草さんが激怒するでしょうし……
「何か悩んでる様子だったが、何かあったのか?」
「明日近所の小学校で歌の発表会があるのですが……風邪で欠員が四人も出てしまってどうしようかと悩んでいたんです」
「何だ、水臭いな。ここに四人いるじゃないか」
「えっ、俺もですか?」
天草さんの提案に、タカトシ君が驚いた声を漏らしたけど、タカトシ君なら私も気にならないし、確かに丁度四人いるわね。
「では、皆さんの実力を拝見しても良いですか?」
「もちろん! では、一時間後に集合だ!」
何故今すぐではなく一時間後なのか、その時は分からなかった。でも、待ち合わせして向かった先に気が付き、私は納得してしまった。
「寄り道は校則違反だからな」
「なるほど」
「何でここでやるんですか?」
タカトシ君だけは何となく納得してない様子だけど、歌の実力を確かめるには、ここが一番適してるかもしれないわね。
「誰から行く?」
「俺はあんまり自信ないんで、最後で良いです」
「あら、あんた歌は苦手だったの?」
「得意だと言い張れるだけの自信なんてないよ」
萩村さんと小声で話しているタカトシ君のセリフを聞いて、私は少し嬉しくなってしまった。だって、あのタカトシ君にも苦手な事があったって知れたから。
「それにしても……」
天草さん、萩村さん、七条さんの順で歌っているけど、みんな上手で羨ましいわね。
「これだけ美味いと、コーラス部に欲しくなってきます」
「トータルに考えた結果、ヘッドハンティングしたくなったわけか」
「シノちゃん、いくら防音されているからってそんなことを言っちゃ……」
「? 別におかしなことは言ってないだろ? トータルに考えてヘッドハンティングしたくなったと言っただけだ」
「あぁ、私の聞き間違いだったんだ……まぁ、最近は控えてるからおかしいなとは思ったんだけどね」
「なんて聞こえたんですか?」
聞いたら後悔すると分かっていながらも、なんと聞き間違えたのか知りたくなってしまった自分の好奇心旺盛な部分を、私は後で悔いた。
「タートルヘッドハンティングしたいって」
「亀○狩りか」
「………」
気を失いそうになった私を、タカトシ君が無言で支えてくれました。
「あ、ありがとう」
「いえ。というか、カエデさんも自爆する事が多いですね」
「自分でもそう思いました……」
今回は完全に私の自爆だったので、タカトシ君の言い分に反論する事が出来ませんでした。ちなみに、タカトシ君の歌声は、かなりレベルが高いものだったのでした。
臨時で参加したが、発表会は成功したと言って良いと自負している。何せ我々生徒会役員共が一肌脱いだのだからな!
「この間はありがとうございました」
「なに、困った生徒を見かけたら手を貸すのが我々生徒会役員の務めだからな」
「困った生徒会顧問は男子生徒に手を出してますけどね~」
「七条さん、その報告はいらないです」
横島先生が男子生徒を襲っているのは、桜才学園の公然の秘密だからな。風紀委員長である五十嵐が知らないわけないが、確かに要らない報告だな。
「タカトシ君や萩村さんにもお礼を言いたいんだけど、まだ来てないんですか?」
「我々は早く終わったからな。二人もそろそろ来るとは思うが」
「待ってる間、お茶でも飲む?」
「はぁ、いただきます」
アリアが淹れたお茶を一口啜り、五十嵐は普段タカトシが座っている席に腰を下ろした。
「あそこにタカトシが座っていると仮定しての疑似挿入ごっこをしてるのかな?」
「それだったらこの玩具を貸してあげるよ~。より本格的になると思うよ~」
「おかしなこと言わないでください! そんなつもりは毛頭ありませんから!」
アリアが出したものを見た五十嵐は、一瞬気を失いそうになったが、何とか堪えたようだった。
「というか、なんてものを学校に持ってきてるんですか、貴女は!」
「だって、校則には載ってないよ~? 大人の玩具を持ってきちゃいけないって」
「そんな物書かなくても常識で分かるでしょうが! というか、タカトシ君がいないところでは前と変わってないんですね、お二人とも」
「普段我慢しているからこそ、タカトシがいないところで発散しているんだ!」
「見つかるかもってスリルがまた、興奮を加速させるんだよね~」
「あっ……」
五十嵐が私たちの背後を見て言葉を失ったのを受けて、アリアと顔を見合わせて振り返った。
「遅くなりました」
「た、タカトシ……何時からいたんだ?」
「さて、何時からでしょうね?」
人の悪い笑みを浮かべながら詰め寄ってくるタカトシに対して、私たちは本気で頭を下げて何とか許してもらったのだった。
タカトシがいないところではダメダメ……