廊下で横島先生に注意をしていると、畑さんが近づいてきた。スクープの匂いでも嗅ぎ取ってきたのかとも思ったが、俺が横島先生を注意するのなんて日常茶飯事だし、今更スクープになるとも思えないんだがな。
「先生」
「おっ、なんだ畑?」
声をかけられたのを幸いと思ったのか、横島先生が俺から視線を逸らして畑さんの方へ身体ごと向ける。だが畑さんは横島先生の問いかけに首を横に振ってから、俺を指差した。
「私が言う『先生』とは、横島先生ではなく津田君です」
「俺ですか?」
何故俺が「先生」と呼ばれるのか分からないので、横島先生を顔を合わせて首を傾げた。
「桜才新聞に載せるコラムの締め切り、今日までなのですが――忘れてますよね?」
「先週新聞部に持って行って、確かに渡したはずですが――コトミが」
新聞部に行く途中に横島先生の奇行が目に入り、同じく視界に入ったコトミに持って行かせたのが先週の事。念の為家に帰ってからコトミに確認したし、間違いなくコラムは新聞部の手に渡っているはずなのだが……
「それが届いていないからこうして確認に来ているのです」
「ちょっと待ってくださいね……あっ、コトミか?」
俺は携帯を取り出し、コトミに確認を取ることにした。
「お前先週任せた御遣い、ちゃんとしてなかったのか?」
『そ、それはその……』
「正直に白状しろ」
『タカ兄から預かったUSBメモリーをトイレに落としてしまいまして……データが消えてしまったんじゃないかって思い家で確認したらその……案の定データが消えていたので、渡したことにしてしまおうと思いまして』
「後でバレるって分からなかったのか?」
『タカ兄の事だからバックアップを取ってるだろうと……』
「帰ったら説教だな」
そう宣言してから電話を切り、畑さんにその事を告げた。
「困りましたね……今日中に新聞を完成させないと、明日の放課後の発行までに間に合わないのですが」
「一度家に帰ってからデータを持ってくれば何とかなるのですが」
「それ、どのくらい時間がかかりますか?」
「学校・自宅の往復で大体十分で、データをUSBにコピーするのに数分、と言ったところでしょうか。もちろん、コトミが元データに手を加えていなければですが」
「コトミさんがそんなことをするメリットがあるとも思えませんが」
「余計な事をするのがコトミですから」
自分で言っていて情けないが、コトミならありえる。俺は畑さんに生徒会室への伝言を任せ、急ぎ家まで向かったのだった。
生徒会室に畑がやってきた時は何だと思ったが、事情を聞くと仕方ないなという事になり、私たちは畑と一緒にタカトシが帰ってくるのを待つことにした。
「しかしコトミのヤツも、何でUSBをトイレに落としたりしたんだ?」
「新聞部に向かう前に催したようで、その際に落としたらしいのです」
「ですが、USBなんて落とすでしょうか?」
「そこはほら、コトミちゃんだし」
「コトミだしな」
萩村の質問に、私とアリアは「コトミだから」という事で納得した。萩村もその理由でなんとなく納得したようで、それ以上気にする事はしなかったようだ。
「お待たせしました。残念ながら完成データは残っていなかったのですが、完成直前のデータはありましたので、ここで仕上げちゃいますね」
「家で仕上げてきても宜しかったのですが?」
「あんまり遅いと畑さんに心配をかけそうでしたし、電話で伝えるくらいならPCごと持ってきてこっちで完成させてしまおうと思いましてね」
そう言ってタカトシは、何時も座っている場所に腰を下ろし、物凄い速度でキーボードを叩いていく。
「萩村もそうだが、タカトシのタイピング速度も半端ないな」
「私には真似出来ないな~」
「お静かに。先生の気が散ってしまいますので」
畑に注意され、私とアリアは互いに互いを見詰め、唇に人差し指を当てて黙るように注意する。
「タカトシの気がこれくらいで散るとは思いませんが、出来るだけ邪魔しないでおきましょう」
「では、昔みたいにヤンデレ風に見守るとしよう」
「そういうの本当に止めてもらえます? 新聞部としても、先生のコラムが完成しないと困るのです。エッセイだけではなく、コラムも大変人気なので」
「最早タカトシしか貢献してないんじゃないか、その新聞って?」
「先生は新聞部の名誉部員ですから」
いつの間にそんなものになったのかと聞きたかったが、タカトシはまだ指を動かして視線を画面に固定したままなので、声をかけるのを憚られた。
「ふぅ……完成しました」
「……確かに。ではこのデータをUSBに落とし、後はこちらでやっておきます。先生、本当にありがとうございました」
「ところで、その「先生」というのは?」
「津田先生のお陰で、我が桜才新聞部は脚光を浴びているのです。ですから、尊敬と感謝の念を込めて「先生」とお呼びしています」
「そうですか」
特に興味なさそうに呟いたタカトシに、もう一度頭を下げてから、畑は生徒会室から新聞部部室へと向かっていったのだった。
「ところで、いつの間に名誉部員などになったのだ?」
「そんなものになった覚えは無いんですけど」
どうやらタカトシも知らぬ間になっていたようだと、私たちは顔を見合わせて苦笑いを浮かべたのだった。
名誉部員って何だよ……