新しく桜才に赴任してきた小山先生と、私は職員室に向かう。本当ならタカトシが職員室に行く予定だったのだが、またしても畑が無許可で五十嵐を取材していたとかで、生徒会室で五十嵐を交えてお説教中なのだ。
「我が学園の印象はどうですか?」
「そーねー」
小山先生が顎に指を当てながら考える。そんな仕草が少し大人っぽいと思ってしまうのは、私がまだ子供だからだろうか。
「一番驚かされたのは、廊下を走る生徒がいない事かな。よく教育されてるのね」
「あぁ、その辺の校則は最近変わりまして」
私はちょうど掲示板に貼ってある注意事項を指差した。
『廊下は走らないでください(便意がヤバい時のみ許可)』
「こうすれば、走ってるヤツはトイレを我慢してるんだと思われる羞恥プレイを受ける事になりますので」
「走るに走れないわね……」
小山先生が呆れた表情を浮かべているのは、顔を見なくても分かった。だって、タカトシと同じようなトーンで喋ってるからな。
「うひゃー!?」
「こらコトミ! 大声を上げて廊下を走るな」
「すみませーん! でも、我慢の限界なんです」
「なら仕方ないな」
走り去ったコトミを見送った私を、小山先生は驚いた顔で見ている。
「どうかしました?」
「堂々と言っちゃう子もいるんだなって思って……」
「アイツはいろいろと特殊ですから。実の兄に性的興奮を覚え、怒られることに快感を覚え、兄の匂いだけで絶頂してたヤツですから」
「確かあの子は津田コトミさん――ということは、お兄さんは……」
「ええ。生徒会副会長にして、我々の束ね役、津田タカトシです」
驚愕して言葉を失った小山先生。まぁ、そうなるのも当然だろう。私たちだって、あの兄とあの妹を見比べれば驚いたものだ。優秀な兄と、残念な妹。血縁なのかと疑いたくなるのが普通で、今の私たちのように受け入れてしまっているのが異常なのだろうな。
畑さんへのお説教が終わり、私はホッと一息ついてその場に倒れ込む。といっても、机に突っ伏すだけだけど。
「お疲れさまです。畑さんにはこちらからも何か罰を考えておきますので、今後は大人しくなると思いますよ」
そういいながら、タカトシ君が私の前にお茶を置いてくれた。七条さんが常備してるらしく、生徒会室には様々なお茶が用意されており、今日はアッサムティーのようだ。
「ありがとう……あっ、美味しい」
「そうですか? この前、出島さんに美味しい紅茶の淹れ方を教わったので、その成果かもしれませんね」
「タカトシ君なら、教わることも無く美味しく淹れられたんじゃないの?」
「日本茶やコーヒーなら兎も角、紅茶はあまり淹れませんでしたから、そんな事は無かったと思いますけどね」
「そんなこと無いと思うけどな」
今だって、疲れてる私の為に、お砂糖やミルクを何時もより多めに入れてくれていて、少し甘めのミルクティーにしてくれている。これは紅茶の淹れ方云々は関係ない、タカトシ君の優しさだ。
「それにしても、畑さんの盗撮・盗聴には困ったものですね。散々言っているのに、一向に改善の余地が見られないなんて……コトミの勉強に対する気持ちと同じみたいですよ」
「でも、コトミさんは結構マシになってきてるんじゃないの?」
「俺や義姉さん、会長たちが散々言って漸く――ですからね……次の試験でどうなってるかは分かりません」
覚えた先から忘れていくらしく、コトミさんは試験前に何時も慌ててる印象がある。でも、タカトシ君に勉強を教えてもらえるなら、どことなく羨ましいって思っちゃうのはおかしいのかな?
「ところで、他の役員は?」
「スズはロボ部からの申請の確認の為に出ています。アリア先輩はカエデさんの代わりに校内の見回り、シノ会長は小山先生と職員室に行っています」
「横島先生は?」
「あの人が来るわけ無いじゃないですか」
タカトシ君がバッサリと斬り捨てたけど、私もそう思っていたので特にコメントはしなかった。というか、いい加減生徒会顧問を変更したらどうなのかしら?
「この前の生徒会合宿でも、横島先生は何もしてないんでしょ? 雪かきはしてたみたいだけど、あれだって横島先生が言い出したわけでも、率先してやってたわけでも無いんでしょ?」
「まぁ、前日は酒を呑んで酔い潰れたくらいですから、率先してはしませんよね。あれはシノ会長と義姉さんが提案したものです」
「……引率だったのに、お酒を呑んだの?」
「今に始まった事ではありませんよ。カエデさんだって知っていますよね?」
「ま、まぁ……」
引率兼運転手として海に行ったときも、横島先生はビールを呑んで酔い潰れたのだ。あの時は出島さんも一緒に酔い潰れたから、一泊したんだったわね……
「何故だか理事長も、横島先生の監視を俺に任せてますし」
「それだけ信頼されてるって事じゃない?」
「横島先生が信頼されていないってだけじゃないですかね」
「それもあるかもね」
あの先生の何処を信頼すればいいのか、私だって分からないもの……
「それじゃあ、私はコーラス部に顔を出してくるわね」
「はい、お疲れ様でした、カエデさん」
タカトシ君に見送られて暫く廊下を歩いてから、男の子に名前を呼ばれて見送られるのも悪くないって思い始めた。
「(でもきっと、タカトシ君だからこんなことを思ってるんだろうな)」
競争率は高いけど、やっぱり私はタカトシ君の事が――
コトミならやりかねない……