桜才学園での生活   作:猫林13世

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この人しか無理でしょ


代理の人

 生徒会の業務をするために生徒会室に入ると、会長が右手に湿布と包帯を巻いていた。

 

「どうしたんですか、その手」

 

「腱鞘炎になっちゃって……」

 

 

 もしかしたら義妹のコトミさんに影響されたのかとも一瞬思いましたが、どうやらそうではなかったので私は内心ほっとした。だけどそっちの心配をしなくて良くなった代わりに、別の心配事が浮かんだ。

 

「その手じゃ作業とか無理そうですよね」

 

「出来ない事は無いけど、支障が出るのは避けられないかな……」

 

「大丈夫です。副会長として、会長のフォローも仕事の内ですから」

 

 

 私は力こぶを作って見せ、会長に安心してもらおうと思った。だけど私の腕じゃ安心させられるほどの物は出来ないんだよね……

 

「それじゃあさっそくお願いしたい事があるんだけど」

 

「何でしょう?」

 

「今日の夜、コトちゃんとタカ君の晩御飯を作ってあげて」

 

「……はい?」

 

 

 てっきり生徒会業務の事だと思っていたんだけど、どうやら違ったみたい……

 

「今日タカ君はバイトで遅いし、コトちゃんをキッチンに入れちゃいけないって決まってるから」

 

「そうなんですか?」

 

「サクラっちも見た事あるでしょ? コトちゃんの料理の腕は壊滅的だから」

 

「……分かりました。それじゃあこの後、タカトシ君の家に行きます」

 

「お願いね。これ、家の鍵」

 

「何で持ってるんですか?」

 

 

 あまりにもナチュラルに手渡されたのでスルーしそうになったけども、この鍵は津田家の玄関の鍵で、会長が持っているのは些かおかしいのでは……

 

「タカ君から預かったの。コトちゃんに持たせて失くされたら困るって。実際、前に何処かに落として、鍵本体を替えたらしいし」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 ちょっとした会話からでも感じられるタカトシ君の苦労に、私は少しでもお手伝いできればと心の中で意気込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔道部のマネージャーとしての仕事を終えて家に帰ってきたら、お義姉ちゃんじゃなくて別の人が出迎えてくれた。

 

「お帰りなさい」

 

「サクラ先輩? あれ、お義姉ちゃんは?」

 

 

 今日はタカ兄がバイトだから、お義姉ちゃんがご飯の支度とか勉強を見てくれることになっていたんだけど、家の中にお義姉ちゃんは見当たらない。

 

「魚見会長は腱鞘炎になってしまい、私が代理でこちらに来ました」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 お義姉ちゃんが腱鞘炎になったと知り、私は迷惑を掛け過ぎてしまったのかと反省する。だが同時に、目の前にいる先輩に対して素朴な疑問を懐いた。

 

「ではなぜサクラ先輩に代理を頼んだのでしょう? 別にシノ会長やアリア先輩でもよかったのでは?」

 

「偶々私が会長の手伝いをすると言ったから、こっちも任されたんだと思います。それに、天草さんや七条さんですと、タカトシ君の負担が増えるかもしれないと思ったのかもしれませんね」

 

「なるほど……サクラ先輩の考えも一理ありますね」

 

 

 そもそもお義姉ちゃんと同じ学校なんだから、サクラ先輩に頼むのはおかしなことではない。だがタカ兄のお嫁さんレースの状況を考えれば、シノ会長にチャンスを与えるべきなのではないかと思ってしまったのだ。

 

「まぁ、私としては誰がお義姉ちゃんになってくれても嬉しいんですけどね」

 

「話が飛躍し過ぎてません?」

 

 

 サクラ先輩にツッコまれ、私は首を傾げた。だってここでタカ兄にアピールすれば、そういう対象として見てもらえるかもしれないと思ったから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義姉さんからメールを貰い、俺は出来るだけ早く家に帰る事にした。元々バイトが終われば直帰しているのだが、今日は何時もより早く走って家に向かう。

 

「サクラには迷惑をかけてしまっているな……本当なら俺がするべき事をしてもらってるわけだし」

 

 

 そもそも義姉さんに頼むのだって心苦しいのに、その代理を頼むことになるのは俺としては不本意だ。バイトを休むわけにもいかなかったので、やむを得ず了承したのだが、やはりちゃんと謝っておこう。

 

「あっ、お帰りなさい、タカトシ君」

 

「ただいま。ゴメン、サクラ。いろいろと頼んじゃって」

 

「別に気にしてないよ。それより、先にご飯にします? それともお風呂にします?」

 

「ご飯で構わない。それより、コトミは何ニヤニヤしてるんだ?」

 

 

 ちょうど通りかかったコトミが、俺たちのやり取りを聞いてニヤニヤしている。今の会話の何処に面白い箇所があったというのだ。

 

「恋人をすっ飛ばしてすっかり新婚さんみたいな会話だなって思っただけだよ」

 

「は? 何を言ってるんだ」

 

「そ、そうですよ! そんな事より、宿題をサボろうとしたことはタカトシ君に報告しますからね」

 

「そ、それだけは勘弁してくださいって言ったじゃないですか!」

 

「お前、またサボろうとしたのか……このままじゃ本当に家を出て行ってもらうしかなくなるぞ」

 

「そ、それだけは何とか……今後は精進する所存ですので」

 

 

 もう何度目か分からないが、コトミの反省する姿勢を大事にするという事で毎回許していたのが間違いだったかもしれないな。次サボろうとしたら容赦なく家から追い出す事にしよう。




ニヤニヤしたくなる気持ちも分かる

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