桜才学園での生活   作:猫林13世

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そう思われていても仕方はないが


カエデの通り名

 先日生徒会室で何があったのかは分からないが、ここしばらく五十嵐先輩が髪を解いている。今までずっと結わいていたからなのかもしれないが、一瞬誰だか分からない事があって困るのだ。

 

「萩村さん、少しよろしいでしょうか」

 

「……五十嵐先輩、何かご用でしょうか」

 

「今の間はいったい……」

 

 

 このように、声を掛けられ、五十嵐先輩だと認識するのに少し時間を要するのだ。私はタカトシと違い、気配で誰が近づいてくるかなんて分からないから、振り向いて知らない人だと思うと少しドキッとするのだ。

 

「――というわけです」

 

「分かりました。私から会長たちに言っておきます」

 

「お願いします」

 

 

 話自体は大したことではなかったので、私は五十嵐先輩に一礼して教室に戻ろうとしたのだけど、丁度私たちの横を男子生徒が通り過ぎ、五十嵐先輩は微妙に震えだした。

 

『今の人って五十嵐先輩だよな? 何で髪を解いてるんだろう』

 

『イメチェンじゃねぇの? あの鬼の風紀委員長にも好きな人が出来て、その男が髪を解いてる女が好きだとかなんとか』

 

『それ誰から聞いたんだ?』

 

『新聞部の人がそんなのを話してるって』

 

 

 あぁ、あの人がまた根も葉もないうわさを……

 

「萩村さん」

 

「はい、なんでしょう」

 

「私って『鬼の風紀委員長』だなんて呼ばれてるんですか?」

 

「一部男子生徒の間で、そう呼ばれているみたいですね」

 

 

 融通が利かない五十嵐先輩の事を『鬼』と呼んでいる男子がいるとタカトシから聞いたことがあるけども、私たちからすれば五十嵐先輩は間違った事を言っているわけではないので、鬼というのは間違っているのではないかと感じている。もちろん、使ってる本人たちも五十嵐先輩に聞かせるわけでもないので、かなり気楽に呼んでいる感じだが。

 

「そっか……私、鬼だったんだ……」

 

「い、いえ……そんな事ないと思いますが」

 

「スズ? 次移動教室だから急いだほうが――あっ、カエデ先輩、お疲れさまです」

 

 

 ショックを受けた五十嵐先輩をどうしたものかと悩んでいたら、タイミングよくタカトシが現れたので、私はこの場をタカトシに任せ教室に戻る事にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事情説明もないままスズにこの場を任されたのだが、いったい何があったというのだろう……さっきからカエデさんの表情が沈んだままなんだが……

 

「タカトシ君、私って怖いんでしょうか?」

 

「はい? 何があったんですか?」

 

 

 少なくとも俺はカエデさんの事を怖いと思った事はない。初対面の時はなるべく近づかないでおこうとは思ったが、それは怖いとかではなく怖がらせてしまうからだ。

 

「さっき私たちの横を通り過ぎた男子たちが、私の事を『鬼の風紀委員長』って」

 

「あぁ、なんだかそう呼んでる連中がいるらしいですね。ですがそれは、自分たちが悪い事をして先輩に注意された事を逆恨みしてるだけでしょう。先輩は理不尽に怒ったりする人ではないと分かってますから、俺はそうは思いませんが」

 

 

 そもそも怒られるような事をしておいて、怒った方を悪者にしようだなんておかしな話ではないか。注意してくれるのはその人にとって必要だからだと思ってしてくれているのであって、憎しみを懐いているわけではない。そもそも興味のない相手に注意する程、風紀委員だって暇ではないはずなのに。

 

「まさかその事を気にして髪を下ろしてるんですか?」

 

「いえ、それは別の理由からです」

 

 

 この間横島先生を脅した日から、カエデさんは髪を下ろしている。似合っているから特に何も言わなかったが、もしかしたら印象を変えたくてしてるのではないかとふと思ったのだ。

 

「とにかく、カエデさんは間違ったことをしているわけではないので、男子の評価などあまり気にしなくていいのではないでしょうか? 少なくとも俺は、カエデさんの事を鬼だと思った事はありませんので」

 

「そう、ありがとう」

 

「いえ」

 

「タカトシ、お待たせ」

 

「では先輩、俺たちはこれで」

 

 

 カエデさんと話してたところにスズがやってきたので、俺たちはそのまま次の授業が行われる教室に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萩村さんとタカトシ君を見送って、私も教室に戻る事にした。

 

「それにしても、タカトシ君って、私と二人きりの時は『カエデさん』で、周りに人がいる時は『カエデ先輩』って呼び分けてくれてるんだ」

 

 

 天草さんや七条さんがせがんでそういう呼びわけをするようになったと聞いたことがあるけど、私にも自然にそうしてくれているのは素直に嬉しい。

 

「タカトシ君が私は正しいって思ってくれているなら、男子生徒に『鬼の風紀委員長』って呼ばれてても気にしなくても良いかな」

 

 

 確かに私は校則に五月蠅いと自覚している。だけどそれは風紀委員長として当然だと思う。それなのに『鬼』なんて呼ばれててショックを受けたけども、タカトシ君が気にしなくていいって言ってくれたお陰で、今はそれ程気にならなくなった。

 

「何か嬉しい事でもあったんですか~?」

 

「なんでもないです。それよりも畑さん、私が異性の目を気にして髪を下ろしてるって噂を流してるようですね」

 

「ではっ!」

 

 

 突然現れた畑さんを撃退し、私も教室に向かい歩き続けた。




噂の出所は大抵この人だろ……

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