文化祭の目玉はトリプルブッキングだが、各クラスでも出し物をする事には変わりはない。生徒会の仕事を終えて教室に顔を出すと、コーヒーの匂いが充満していた。
「そういえばうちのクラスは喫茶店だったな」
「珍しいわね。タカトシが把握してなかったなんて」
「覚えてはいたが、こんなに匂いが充満する程何をしてたんだと思っただけだよ」
「なんでもラテアートをやるらしくて、その練習じゃない?」
「あぁ、それでか」
あれは初心者が簡単に出来るような物ではないと思うんだがな……練習だけでどれだけのマイナスが出る事やら。
「あっ、タカトシ君来た」
「ん? 三葉、何か用か?」
教室に顔を出してすぐ、何かと格闘していた三葉が声をかけてきた。
「タカトシ君なら、初めてでも出来るかなって思って」
「何を?」
「津田副会長は初体験でおめでたと……」
「文化祭を楽しめない身体になりたいんですか、貴女は?」
「じょ、冗談ですよ……では!」
通りすがりの畑さんに脅しをかけてから、俺は三葉に説明を求める事にした。
「このラテアートなんだけど、結構難しくてさ……お手本を見せてもらいたくても誰も出来なくて」
「じゃあ何でやろうとしたんだよ……」
「だって、普通の喫茶店じゃ受けが良くないってネネが」
「まぁ一理あるかもしれないが……」
何か目玉となるものを用意しようと考えたまでは良いんだが、せめて自分が出来る事で考えて欲しかったな。
「それで、説明書とかあるのか?」
「これだよ!」
三葉からマニュアルを受け取り、俺は一度目を通して実践する事にした。
「――こんな感じか?」
「うわぁ! タカトシ君凄い!」
「ほんと器用ね、アンタ」
「マニュアル通りにやっただけなんだが」
「それが普通に出来る辺り、アンタは器用なのよ」
「スズ、なんだか棘を感じるのは気のせいか?」
恐らくスズは出来なかったのだろうと思い、それ以上追及はしないでおこうと心に決め、俺は向こうの席で死にそうになっている柳本に声をかける。
「お前は何をやってるんだ?」
「失敗作の処理……」
「捨てるのもったいないから飲んでもらってるんだ~」
「それくらいならお前にも出来るだろ」
「他にも出来るわ!」
「じゃあお前もやってみるか?」
「……大人しくこれを処理しておきます」
さすがに無茶ぶりだと分かっていたが、そこまであからさまに視線を逸らさなくても良いんじゃないか? これじゃあ俺が苛めてるみたいじゃないか……
「ねぇねぇ津田君」
「なに?」
付き合い方を考え直そうとしたタイミングで、今度は轟さんに声を掛けられた。
「津田君なら3Dアートラテも出来るんじゃない?」
「3Dアートラテ? 何でそんな事を?」
「出来たらカッコいいじゃない?」
「そうか……?」
素人が手を出しても失敗する未来しか視えない気がするんだがな……というか、柳本が処理している中に、それらしきものが見えるんだが……
「試しにやってみてよ。もし出来るなら、私たちにレクチャーしてもらえないかな?」
「たぶん出来ないと思うけど……」
轟さんから受け取ったマニュアルを見ながら、今度は3Dラテアートに挑戦する事になった。
「………」
「すごーい! さっすがタカトシ君!」
「何時でも喫茶店に就職できるね」
「褒められてない気がするのは気のせいか?」
一応形にはなったから良いが、やっぱり素人が手を出して良い領域では無かったな……
タカトシをクラスメイトに取られてしまったので、舞台の設営などは私たち残りの生徒会メンバーと有志のみで行う事になってしまった。
「――というわけです」
「まぁ、タカトシなら出来ても不思議ではないが……」
「やっぱりウチで雇えないかな~?」
「七条先輩、冗談に聞こえませんので」
七条グループに就職となれば、タカトシも考えてしまうかもしれない。アイツはどの職でも淡々とこなしそうだし、系列の多い七条グループなら、タカトシにピッタリの職もあるだろう。そしてゆくゆくはグループを背負って立つ存在として認められ、七条先輩と結婚――なんて展開が容易に想像出来る。
「ところでシノちゃん、いくら何でもそのうちわは早すぎないかな?」
「え?」
七条先輩に言われて初めて、私は会長が持っているうちわがアイドルのコンサートなどで見かけるものだと気がついた。
「それにしても、我が校にアイドルがやってくるなんて初めての事だな!」
「あたしゃ若い男の子のアイドルが良かったわね」
「例えそうだったとしても、手を出した時点で犯罪ですからね?」
「双方同意なら犯罪にはならないわよ」
「事務所から訴えられたいのなら我々が関与しない場所でどうぞ?」
「……ところで、津田は何処に行ったの? こういう仕事は男の担当じゃないの?」
「(あっ、誤魔化した)」
さすがに事務所から訴えられたら横島先生でも困るんだな……当然かもしれないけど。
「タカトシ君なら、クラスメイトたちにラテアートの指導をしてるらしいですよ~」
「なるほど、そっちも津田にしか出来なさそうね」
「アイツは器用ですからね」
さっき私が思った事を、会長たちも思ったようで、私たちは全員でタカトシが指導しているであろう教室を見上げ、同時にため息を吐いたのだった。
さすがにそれはマズいだろ、横島先生……