桜才学園での生活   作:猫林13世

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乗ったこと無いな


夜行バス

 遠征試合のために貸し切り夜行バスで対戦高校に向かうことになった。普段遊んでる時間だから眠くはないが、こういうのってなんだかいいよね。

 

「対戦相手の星恍女学院の情報ですけど、部員三十人以上いるそうです」

 

「うへ、それだけで圧倒されそう」

 

 

 私の情報を聞いて中里先輩が困ったような顔で相槌を打つ。

 

「何言ってるの。私たちにもたくさんの仲間がいるじゃないっ」

 

 

 ムツミ主将が力強く振り返ると、柔道部にあまり関係ない人たちが拳を掲げていた。

 

「サポートは任せろ!」

 

「取材するぞー!」

 

「ほぼ部外者じゃん……」

 

 

 中里先輩が戦う前から疲れ切ったような表情を浮かべると、タカ兄が苦笑いを浮かべた。

 

「確かに部外者ばっかだよな……というか、俺も付き添いでいいのか?」

 

「何言ってるの! タカトシ君が用意してくれた夜食とおやつ、そして明日の朝ごはんがあるんだから、当然タカトシ君も同行して良いんだよ」

 

「本当ならコトミが用意すべきなんだが」

 

「いやー、せっかく強豪校と対戦できるというのに、私が作ったものを食べて食中毒にでもなったら大変ですから」

 

 

 タカ兄に責められると、私は笑いながら視線を逸らしたんだけど、シノ会長たちからも睨まれたので素直に頭を下げた。

 

「これからは精進する次第です」

 

「そのセリフ何度目だよ……」

 

 

 タカ兄には悪いけども、私が精進しても大した腕にはならないだろうし、これからもタカ兄を頼らせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜行バスに乗り込み暫くして、私はちょっと圧迫感を覚え始めた。乗った時には気にならなかったのだが、動き始めると感じるものなのだな……

 

「(リクライニングシートを倒すか)」

 

 

 いざ倒そうとして、こういう時は後ろの人に一言告げるのがマナーだと思い直し、後ろの席のタカトシに声をかける。

 

「タカトシ」

 

「はい?」

 

「押し倒していいか?」

 

「リクライニングですか? 別にいいですよ」

 

 

 さすがタカトシだ。私が言わんとしたことを精確に受け取ってくれた。普通の男子なら襲われるんじゃないかと勘違いするかもと思ったが、やはりタカトシ相手だと楽が出来る。

 

「じゃーん! タカ兄が用意してくれた夜食、カツサンドです」

 

 

 私がリクライニングを倒したタイミングで、コトミが高らかに宣言する。用意したのはタカトシで、材料を買ったのもタカトシなのだが、何故コトミが自慢げなのだろうか。

 

「見てるだけで涎が出ちゃいますよね」

 

「お、おいっ! 隣の主将の唾飲む頻度が上がってるんだけど……」

 

「エチケット袋だーっ!」

 

 

 私たちが慌てて袋を探すが、既にタカトシが三葉に袋を手渡し、酔い止めの薬を飲ませていた。

 

「乗り物酔いの時は氷をなめると楽になるから」

 

「ありがとう……少し楽になってきた」

 

 

 すっかり引率の先生化したタカトシだが、こういった時に冷静でいられるのは本当に尊敬する。

 

「というかコトミ」

 

「ん?」

 

「お前一人で食べるんじゃない」

 

「へ? ……あっ」

 

 

 どうやら無意識だったようで、コトミはカツサンドを掴んでいた手を止めた。というか、美味しそうなのは分かるし、私も食べたいが、三葉が吐くかもしれないって時によく食べられるよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だいぶ時間も遅くなってきたので、皆さん寝る準備を始めている。

 

「そろそろ寝るか」

 

「必要な人はいってくださーい。耳栓にアイマスクありますよ」

 

「用意いいね、さすがマネージャー」

 

「あと鼻栓もありますから」

 

「へ? 何に使うんだ」

 

「寝っ屁対策に」

 

「誰もしないよ! たぶん……」

 

 

 コトミマネージャーと中里さんの会話はあんまりおもしろくなかったけど、誰かかましたらそれを記事に出来るんじゃないかしら。

 

「(そんなことより、何故私が同行したか、皆さん気付いていないようですね)」

 

 

 私は単純に柔道部の取材に来たわけではない。夜行バスということで、皆さんの寝顔を激写して裏で売買すれば、それなりの稼ぎにはなるだろうと思ったからだ。特に天草会長や七条さんは人気が高いし、三葉さんやコトミさんも特定のファンが付いている。そして萩村女史も、意外と人気が高い。

 

「(ふっふっふ……みんな、寝てるかな)」

 

 

 バスの中が静かになったのを見計らって、私は物音を立てずにカメラを取り出す。本来の目的がバスの中など思っていなかっただろうから、誰も警戒していないようですね。

 

「(ではさっそく、旅のお約束と行きましょうか)」

 

 

 寝顔の写真を撮ろうとして、私はまず天草会長と七条さんに近づく。恐らく私の気配に気づいた津田副会長がカメラを奪うでしょうから、真っ先に撮ってメモリーを取り替えておかないと。

 

「(って、全員顔が分からん!? ナイトキャップにアイマスク、乾燥対策マスクだと……)」

 

 

 これでは写真に収めても商売ができない……

 

「まさか、津田副会長はこれを見越して――」

 

「えぇ、貴女がこういうのを狙っていると思ってましたから」

 

「っ!?」

 

 

 全く気配を感じなかったのに、私の背後から声が聞こえてきた。私はゆっくりと首だけで振り返ると、そこには呆れかえった顔の津田副会長が、紙を指している。そこには「ここで降ろされるか素直に寝るか」と書かれており、私は素直に自分の席に戻って寝ることにした。




暗い場所にいきなりタカトシが出て来たら怖そうだ……

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