何時もはお弁当だが、たまに学食で食べたくなる時がある。今日がそれだ。なので私はお母さんにお弁当はいらないと言い、学食でナポリタンを食べている。
「あっ、財布ブレザーの中だ」
「どじー」
券売機の前で女子生徒たちが騒いでいるのを聞いて、私は心の中で笑みを浮かべる。
「(私は貴重品はスカートの中にいれているから、そんな失敗はしない)」
今日は少し暖かく、ブレザーを脱いでいる生徒は少なくない。各言う私も今日はカーディガンで過ごしているのだが、貴重品を持ってくるのを忘れることはなく、問題なく過ごせている。
「(それにしても、ナポリタンは口の周りが汚くなるのが難点よね……早いところ拭いてしまおう)」
私はポケットをまさぐって、ハンカチがティッシュを探すが――
「あっ……」
――ハンカチもティッシュもブレザーのポケットの中だということを思い出し、さっきまで内心嘲笑っていた女子生徒たちに心の中で頭を下げる。
「(私としたことが……でも、早いところトイレで口の周りを洗ってしまえば問題ないか)」
みっともないので口元を隠しながらトイレへ急ぐ。隠しているのは口元が汚いなんて子供っぽいとか思っているからではない。断じて。絶対にだ。
「(それにしても、まさか私がこんな初歩的なミスをするなんて)」
頭の中がナポリタンを食べることでいっぱいだったのもあるが、その後のことを失念するなんて気が緩み切っていたのかしら……
「(ここ最近緊張するようなこと無かったし、ここらへんで一度引き締めておかないと)」
そう心の中で決めて、私は急ぎ足でトイレへ向かう。だが――
「わっぷ」
「ゴメン、まさか早足で出てくるとは思ってなかった」
「た、タカトシ……」
私の普段の歩調を把握しているので、普通に歩いていても問題ないと思っていたのだろう。タカトシは私が早足になったのに驚いた様子だった。
「ちょっと急いでて……あっ」
「?」
「それ、ゴメン……」
「それ? あぁ、ナポリタンでも食べてハンカチもティッシュも教室に忘れたから、トイレに急いでたわけか」
袖に着いたキスマークだけでそこまで把握するとは、さすがはタカトシよね……って、感心している場合ではない。
「急いで洗わないと」
「そうだな。まぁスズはもうトイレに行く必要もなくなったから、急がなくても良いんじゃないか?」
「どうして?」
「事故とはいえ、口は拭けただろ?」
「あっ……」
結果的にタカトシのシャツで口を拭いたことになってしまったのか……
「おい津田!」
「はい? 何かありましたか、横島先生」
私が下を向いている間に、凄い勢いで横島先生がこちらに詰め寄ってくる。タカトシは何か嫌な予感がしているようだが、私には皆目見当もつかない。
「そのキスマーク! いったい誰とゴールインしたんだ!」
「相変わらず碌なこと言わないな、この人は……」
タカトシが頭を抑えながらため息を吐き、私はタカトシが何を思ったのかが分かり納得した表情で頷く。
「これはさっき私がぶつかって付いちゃったんですよ」
「だが萩村、お前口紅なんてしてないだろ?」
「ケチャップです。さっきナポリタンを食べてたんですが、ハンカチもティッシュも教室に忘れてしまってトイレで口を洗おうとしていたところでぶつかったので」
「ということは、津田はまだd――」
「怒られてから黙るのと、怒られる前にこの場を立ち去るの、どちらを選びますか?」
「失礼しました!」
タカトシに睨まれた横島先生は、その場で敬礼をして急ぎ足でこの場から去っていった。相変わらずの威圧感だが、今のはどう考えても横島先生が余計な事を言おうとしたのが悪い。
「それじゃあ、俺はトイレで袖を洗ってから生徒会室に行くから」
「ゴメンなさい」
「気にしなくていいって」
そう言い残してタカトシは普通の足取りでトイレに向かっていった。それにしても、タカトシの威圧感の所為でちょっと漏れそうになったから、私もトイレに寄っておこう……
ちょっとした噂で、タカトシの袖にキスマークがあったという話を聞いたが、事情を聞いて納得した。
「――つまり萩村のうっかりが原因ということか」
「はい、お騒がせしました」
「主に騒いでいたのは横島先生と畑さんの二人だけどねー」
横島先生は既にタカトシに怒られた後なので、現在は畑が一人タカトシに怒られている。噂の鎮静化は既に済んでいるので、畑を怒ることに集中できるということだ。
「それにしてもうっかりは誰にでもあるんだな。ちょっと安心した」
「会長もなにかあったんですか?」
「うむ。この前近所に出かけた時のことなのだが、うっかりブラをしないで出かけてたんだ」
「そんなのと一緒にしないでもらいたいですね」
「まぁ、あまり関係なかったんだがな」
虚しいことに、私がブラをしていなくても誰も気付かない。むしろしているのかを疑われるくらいだ。
「――って、誰が貧乳だー!」
「誰も何も言ってませんけど?」
「シノちゃん、幻聴でも聞こえたの?」
「幻聴か……」
私は自分の耳を軽く叩いて、二度とあのような幻聴を聞かないように心の中で命じたのだった。
シノの気持ちは分からん……