桜才学園での生活   作:猫林13世

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何処にいてもろくでもない教師が……


童心に帰る

 江戸体験ツアーを満喫した私たちは、アリアが手配してくれた旅館に戻った。本来なら引率の横島先生も一緒に来るはずだったのだが、先生は旅館でずっとお酒を飲んで休んでいた。

 

「横島先生、ただ今戻りました」

 

「おう、お帰り~」

 

「横島先生も来ればよかったんじゃないですか?」

 

「私はこっちのほうが楽しめるから」

 

「こっちも楽しかったですよ。久しぶりに童心に帰った気分です」

 

「ほ~、それはよかったでちゅね~」

 

「(横島先生も子供に戻ってる……)」

 

 

 私が子供扱いされたわけではないので気にしなかったが、萩村はムッとした表情を浮かべているところをみると、どうやら自分が子供扱いされたのだと勘違いしたのだろう。

 

「ところで、津田はどうしたんだ?」

 

「タカトシなら、テーマパークで行われるショーの代役を頼まれてまだ帰ってきてません」

 

「どういうことだ?」

 

「実はですね――」

 

 

 私は帰る途中でコトミのよそ見が原因で起こったちょっとした事故の説明をし、ショーの参加者の一人が足を挫いてしまったことを伝える。怪我の具合は大したこと無さそうなので、今日一日安静にしていれば問題ないとのことだが、その今日一日が問題だったのだ。代役も用意していなかったので、ショーを中止するしかないかもしれないという流れになり、罪悪感で潰されそうになったコトミがタカトシに泣きつき、タカトシが代役を引き受ける流れになったのだ。

 

「ほぅ……でもいいのか? 津田がショーになんか参加したら、ますます人気が出てしまうんじゃ?」

 

「それはそうかもしれませんが、七条グループが経営しているテーマパークで、七条家のお嬢様が側に居れば言い寄ってくる女はいないと思いますが」

 

「あー、それで七条もいなかったのか」

 

「ついでに、そのショーに興味津々のパリィも帰ってきてませんがね」

 

「それで、天草と萩村は何でこっちに戻ってきたんだ?」

 

「そりゃ、コトミを反省させる為にみっちり勉強を教え込むためです」

 

「なるほど」

 

 

 さっきから私たちの背後で小さくなっているコトミに視線を向け、納得したように頷く横島先生。

 

「そうだ。せっかく先生がいるんですから、英語は先生が担当してください」

 

「教師が学校以外で個別に指導するわけにはいかないからな。津田妹の面倒は天草と萩村に任せる」

 

「それっぽい理由で逃げたぞ、この人……」

 

 

 恐らく本音は酒を楽しみたいだけなのだろうが、横島先生が言っていることも何となく理解できるので、コトミの面倒は私と萩村でみっちり見てやることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不慮の事故とはいえ、コトミちゃんのよそ見が原因で危うくショーは失敗に終わるところだったけども、代役のタカトシ君が十分な活躍をしてくれたお陰で、お客さんは大満足で帰っていった。やっぱり七条グループに欲しい人材だけども、どうせ手に入れられるのなら、本部役員で迎え入れたい。

 

「タカトシは何でもできるんだね~」

 

「いや、何でもはできないと思うが……」

 

 

 タカトシ君の活躍を目を輝かせて見ていたパリィちゃんが、タカトシ君と楽しそうに話している。恐らく恋愛感情とかではなく、純粋に尊敬しているだけなのだろうが、どうしても気になってしまう。

 

「あっ、パリィ」

 

「ん?」

 

「スリッパは玄関までだよ」

 

「あ……」

 

 

 ここは洋室ではなく和室なので、部屋の中までスリッパを履いていくのはマナー違反。うっかりしていたのかパリィちゃんはタカトシ君に指摘されるまでその事に気付かなかったようだ。

 

「ついうっかり……」

 

「ドンマイ」

 

 

 失敗して落ち込むパリィちゃんを、タカトシ君が慰める。当たり前のことなのだけども、こういうことをさらりとやってのけるタカトシ君は、やっぱりモテるタイプなのだろう。

 

「二日目で……」

 

「不束者のことか?」

 

「そう、それ!」

 

 

 言い間違いしたことに気づけるのも凄いけども、何を言いたかったのかちゃんと理解できているのも凄い。私はてっきり本当に二日目だと思っちゃったのに。

 

「ところで、さっきアリアと一緒にいた人はどうしたの? 知り合い?」

 

「へ? あぁ、あの人はさっきのショーの責任者だよ~。本格的にタカトシ君をスカウトできないかって相談されてたんだけど、タカトシ君はまだ高校二年生だよって教えてあげたらビックリしてた」

 

「そんなに老けて見えますかね?」

 

「んー、タカトシ君の場合、老けてるんじゃなくて大人びてるからな~。さっきの人だって、タカトシ君が私の後輩だって思ってなかったみたいだし」

 

「アリアさんの知り合いに、年上の男性ってそんなにいませんよね? 会社関係以外では」

 

「そうだね~。プライベートで一緒に出掛ける異性は、タカトシ君くらいだね~」

 

 

 そもそもタカトシ君たちが入学してくるまで桜才は女子校だったし、それ以前でも男子とのお付き合いはほとんどなかった。そう考えると、タカトシ君は私の初めてをいろいろと貰ってくれてるんだなぁ。

 

「とりあえず、その場でもお断りしましたが、俺はまだ本格的に働くつもりはありませんので」

 

「分かってるよ~」

 

 

 実は、私のお婿さん候補だと伝えたので、もうタカトシ君にスカウトが行くことはないだろう。そのことは、タカトシ君には秘密だ。




そりゃご令嬢の婿候補だと言われりゃスカウトもできないだろうな……

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