新学期になって早々、生徒会室にコトミとトッキーが死にそうな顔をしてやって来た。何をしに来たのか聞こうとしたが、彼女たちの手には先程終わったばかりの休み明けテストの問題用紙が握られていたので、恐らくはタカトシに採点してもらいに来たのだろう。
「タカトシならまだ来てないぞ?」
「そうなんですか?」
「スズちゃんもまだだから、きっと教室で何かしてるんだと思うよ~」
「早く解放されたかったのに……」
「まぁまぁ、冷たいお茶でも飲んで落ち着いたら~?」
アリアが二人にお茶を出すと、二人は少し複雑そうな表情を浮かべながらもお茶を受け取り、一気に飲み干した。
「あらあら~。そんなに喉が渇いてたの~?」
「自分ではそんなつもりは無かったんですけど、意外と喉が渇いてたみたいでして……」
「多分緊張してたんだと思います」
恐らくタカトシから独自の赤点ラインを決められているのだろう。トッキーよりコトミの方が余裕がないように感じられる。
「コトミよ」
「はい?」
「赤点ラインは何点なんだ?」
「な、何故それを?」
「タカトシのことだから、プレッシャーをかける為に設けていても不思議ではないと思っただけだ」
「さすがシノ会長……私のことをよく分かっていらっしゃる」
「それだけ付き合いが長いということだな。それで、何点なんだ?」
「な、七十五点です」
「ふむ……」
タカトシのことだからもう少し高く設定するかとも思っていたのだが、意外にも良心的な点数だな。
「アリアなら何点にした?」
「私なら六十五点で合格って言っちゃうかもね~」
「甘いな。私は八十点以上だと思ってた」
「実は兄貴も八十点以上にしたかったようですけど、英稜の会長が何とか宥めて七十五点になったんです」
「あのままだったら速攻で家を追い出されてたかもだし、さすがの私も死を覚悟しましたよ……」
「また何かしでかしたのか……」
「会長がタカ兄に告げ口したからですからね!」
「プールでのあれは、完全にお前が悪いからな?」
私がそう反論すると、コトミも分かっていたのかガックリと肩を落とす。それにしても、コトミがあの家を追い出されたら、どうやって生活していくのだろうか……少し興味があるな。
「アリア」
「んー?」
「一週間くらいコトミを一人で生活られるような部屋は無いか?」
「用意できると思うけど、何に使うの?」
「死ぬ気でやればコトミでもどうにかなるのか興味がわいてな」
「本当に死んじゃうので勘弁してください! というか、アリア先輩に頼むなんて、本気過ぎて笑えませんから!」
必死になって私の好奇心に蓋をしようとするコトミに免じて、私はアリアには用意しなくていいとアイコンタクトを送った。それにしても、コトミが一人暮らしをするとどうなるのか気になるな……
新学期早々余計なことをした横島先生を説教するタカトシに付き合っていたら、三十分も経っていた。まぁ今日は新学期の挨拶くらいで、生徒会業務もないだろうから良いんだけども……
「――今日はこのくらいで勘弁してあげますが、今後同じようなことをしでかしたら、問答無用で上に報告しますので」
「はい、誠に申し訳ございませんでした」
「(生徒に怒られ頭を下げる教師の図……違和感がないのは何故なのかしら)」
普通なら教師が生徒に怒られるなどありえない光景なのだが、怒っているのがタカトシで、怒られているのが横島先生だと不思議と違和感を覚えない。
「(いや、それだけ横島先生がタカトシに怒られてるってことなのかしらね)」
見慣れた光景だから自然に受け入れられているのかと自己完結し、私はタカトシの鞄を彼に渡して生徒会室へと向かう。
「悪いな、スズ。こんなことに巻き込んで」
「いいわよ、それくらい。というか、タカトシがすべきことじゃないと思うのだけど」
「俺以外にあの人を怒れる人がいないのが問題なんだよな……」
「いっそ馘にすればいいのに……」
「人事権なんて俺には無いからな。あんな人でも馘にできないくらい、今は人手不足なのだろう」
「そうかもね」
酷いことを言っている自覚はあるが、横島先生だしなー……そんなことを考えていたが、生徒会室にコトミと時さんがいたので、すぐに意識はそっちに傾いた。
「タカ兄、遅いよ……」
「こっちにもいろいろと事情があるんだ。それで、ちゃんと問題用紙は持ってきたんだろうな?」
「はい、ここに……」
コトミと時さんから差し出された問題用紙を受け取り、一目見ただけで採点が終わったのか、タカトシが胸ポケットに挿しているボールペンを取り出し数字を書き込んだ。
「ほら」
コトミに二人分を渡して、コトミが片方を時さんに渡す。その表情は何とも言えない感じに見えるが、いったい何点だったのかしら?
「タカ兄、オマケしてもらえないかな……これでも必死に頑張ったんだけど」
「七十点か……残念だったな、コトミ」
「惜しかったね~」
「来月の小遣いは五割カットだな」
「そ、そんなぁ……」
「冗談だ。五百円カットだ」
人の悪い笑みを浮かべるタカトシに、コトミは本気で泣きそうな表情で文句を言っているが、タカトシは一切相手をせずに受け流していた。
コトミは残念でした