孤月中学校サッカー部MF、
彼は生前プロのDホイーラーだった。子供にグイグイ来られるのには慣れているし、自身のファンを無碍にすることもない。
もし会ったのがパラドックスだった場合、それはもう絶対零度の視線でお前に見せるものなど何一つないと切り捨てて終わっていただろう。
雷門の円堂守――その名前はようく知っていた。
あの帝国学園に勝ったという噂をよく聞くし、フットボールフロンティア参加を目指し他校との試合を重ねている真っ最中だ。
まあ自分達はフットボールフロンティアに参加しないし、少しぐらいなら力になってもいいだろう。彼の望むサッカー、それに必要不可欠な必殺技を見せても特に問題は起きないはず。
「いいんですか!」
「ナイショだよ」
なので、帝国学園との試合後に必殺技を使うコツを掴んだのが楽しくて開発した必殺技達をお披露目することにした。人数が足りないので試合が組まれず、そのため他人に見せる機会がなかったのでちょうどいいだろう。
「すげー、すっげー……!」
キラキラと輝く目。わくわくうずうずって気持ちが両手に溢れ出し、こぶしをぎゅっと握りぶんぶんガッツポーズで振って……うん、子供のこういう姿見るの好きだったんだよなあと再確認。笑顔で守少年に応える。
必殺技を複数持っているのは一流サッカープレイヤーの証。どの必殺技もこれまで自分が見たことないもので、かつヒシヒシと強さが伝わってくる。それらの事実が円堂のサッカーしたい欲を的確に刺激し…………だからこそなんでサッカー部活動してないんですか攻撃が容赦なく飛んできた訳なのだが。
「あー、それはねえ、ウン」
善意でやったことが巡り巡って首を絞めてきた。原因を言わないと絶対に離してくれない。いや彼がそう言ったわけではないが、そんな気配がひしひしとする。……仕方がないので教えることにした。このサッカー部が何をきっかけとして変わってしまったのか。
頑張りすぎてダメになる。そんなことが本当に? と戸惑う顔をしていたが、
……ちょっとの間考え込んで、何かを決めたようだ。ありがとうございました、と体育会系らしく元気よくわかれの挨拶をして円堂守は去っていった。
「うーん、失敗、かなぁ?」
このことが三人にバレたら間違いなく一人で勝手なことをして、とか何かしら言われる。前にバイクに轢かれそうになった野良猫を助けた時の比ではないかもしれない。いや、あれはどちらかといえば命を大切にしろ、の怒りだったか? じゃあ比べるのはちょっと違うか。
――でもまあそんなすぐ来たりはしないだろう、大丈夫かな! そう考えたのが甘かったのかもしれない。
翌日。
「すいませーん! サッカーをしにきましたー!」
校門前に立つ人影が見える。おっきい元気な声。すごく聞き覚えがある……具体的には昨日聞いた円堂守の声。
「……なあ円堂、もしかして相手側に話を通して」
「ない!」
「おい!」
元気いっぱいにアポ無しの宣言。会話をしている、ということは……一人ではない。増えている。
サッカー? と反応する三人。会話の内容と動揺を隠せないアンチノミーを見て大体察した。
「アンチノミー? これは一体」
「どうせ断りきれなくて、とかだろう? だから私はその甘さを捨てろと言ったのだよ」
「む、そこまで言う必要はなかろうパラドックス」
当然バレた。アンチノミー、頭を抱える。
「サッカー! しーまーしょーうー!」
当の円堂守、こちらの様子など当然知らないのでぶんぶこ元気に手を振っている。迷惑になるから声を落とせ、と付き添ってきたポニーテールの少年からの忠告はあまり意味がなさそうだ。
ふと、Z-ONEの目がほんの少し見開かれる。
『遊星! ゆーうーせー!』
『もう、龍亞ったら』
男を構成するもの、不動遊星の
……目を閉じる。
「行きましょう、皆さん」
「な、Z-ONE――」
「そも、私たちは未来を救うという大いなる目的に従事した存在。それがなんの奇跡か新たな生が許されたのならば、己の衝動のまま生きたいと願うのも当然というもの。まあ、今回私たちに何があったのかを伝えなかったアンチノミーに思うところが無いわけではありませんが……サッカーぐらい、どうってことはありませんよ」
「そこを言われたら……いやしかし、だが」
「Z-ONEはすでにすると決めているからその否定材料探しは無駄になる。行くぞ」
「ぬぐっ、アポリア! 襟を掴むのは首が締まるからやめっ」
学校玄関から出てきたのは
すごい必殺シュートを受けてみたいし、すごい必殺キャッチも見てみたい。ドリブルもパスもブロックも。サッカーが好きな彼のテンションはこの後の楽しみができたことで上がる一方だ。
「俺、円堂守って言います! あの」
早速本題に入ろうと口を開いたら――くすりと微笑まれさらに頭を撫でられた。
「? わっ」
同い年くらいの同性に頭を撫でられる、なんて経験は中学生からしたら恥ずかしい。その筈なのに受け入れたのはそこにどこか懐かしさのようなものが含まれていたからだ。
「え、あ、あの」
今自分を撫でている彼の、包帯で隠れていない顔半分は慈愛に満ちた顔をしていて……なんだかこそばゆく感じた。頭から手が離れる。
「私は
初対面でも距離がすごい近いタイプの遠慮しない人なのかと思ったが、とても礼儀正しい人だった。隣のびっくりして固まっている幼なじみはまだ復活するのに時間がかかりそうだ。
頭ナデナデされたためちょっと頬を赤くしながら、ぴしっと気をつけをして、礼。
「はい! サッカー、しに来ました!」
うんうん、と頷く。
「ここで長話をするのもなんですし……移動しましょうか」
彼らは未だに校門前から動いていない。このままだと往来の邪魔になってしまう。途中青髪の子が黄髪の子に小突かれてやめて下さいぼうりょくはんたーいとおふざけ混じりに逃げる、という茶番もあったが特にこれといった問題は起きないまま校庭の中に入る。
「こっちです」
サッカーグラウンドはあった。が、半面のみ整備されている、そんな状態だった。そも円堂側は大勢で来ているわけではなかったので特に問題はないだろう。だが、サッカー部が廃れていると突きつけられたようでちょっと胸が苦しくなった。
「……俺、風丸一郎太です。DFやってます」
そういえばまだ挨拶をしていなかった、とぺこり。はじめまして、よろしく、そうやって互いに挨拶を交わして。
「よろしくお願いします!」
「いや早いな円堂!?」
ゴール前に陣取っていた幼なじみが声を張り上げる。やる気満々だ。
「いいでしょう。……パラドックス」
「……Z-ONEが言うのなら、まあ、やってやらんでもないが……」
指名されたパラドックス改め
シュートを直接打ち込む、となれば意識されるのは目に見えている。だからこそしたくなかったが……Z-ONEからの頼みとなれば仕方がない。
「小手調べ、といこうか。パラドクス・ストーム!」
「ゴッドハンド!」
白黒の波動を受け止めるのはイナズマ纏う神の手。数秒、拮抗した後――ボールは円堂守の手の中に収まっていた。
「ほう」
いつもより軽く放った必殺技だったので止められても別にどうってことはないが、ほんの少し試してみたくなった。
これは実験。それ以上でもそれ以下でもない。そうだと言い聞かせ、使うべき必殺技を決める。
「ならばこれはどうだ? ――シューティング・ソニック!」
「……あれって」
パラドックスの背後に現れたのは不動遊星の象徴の一つ、スターダスト・ドラゴン。パラドックスはかの竜を一度奪うことに成功しているため必殺技として使っても何らおかしくはない。けれど、不動遊星を守れと命を受けていた――のだが、記憶喪失になって色々と面倒くさいことになっていた――アンチノミーとしては非常にモヤモヤする。
「っ早――!? 熱血パンチぃっ!」
ゴッドハンドでは溜めの時間が間に合わない、と出したその拳はボールへと合わせることはできたがそれでも遅かった。勢いは殺しきれずバーに当たり、跳ね返ってゴールの中へと入っていった。
「っくぅ〜っ! ビリビリきた!」
拳をぎゅうっと握りしめる。彼が目標とするイナズマイレブンになる為には乗り越えるべき壁が、まだまだ強い奴らがいる。
「サッカーって楽しいな!」
にこぱっ、と笑いながらこちらに賛同を促す。
「? サッカーはただの手段であり道具、では?」
その答えは円堂守が最も嫌うものに近い。だが、彼は怒りはせずキョトンとした顔で問い直す。
「じゃあ、なんで――
そんな馬鹿なと口に手を当て……確かに口角が上がっていた。
「サッカーのこと、好きなんだろ?」
円堂守、容赦の無い追い討ち。
「――――すき?」
瞬きの存在を忘れる。
「すき、好き……スキ?」
ぐるぐるぐるぐる。おんなじところを延々と回りだす。
「どうしたんですかパラドックス!?」
「なんというか、今まで無かった感情を理解させられて戸惑う自称心のない人、ってカンジ?」
「妙に具体的だなアンチノミー」
「え、あの、大丈夫なんですか?」
風丸の戸惑いも当然だろう。幼なじみの言葉でサッカーに付き合ってもらっている他校の生徒がおかしくなったのだ。
「うーん、多分? というよりもアレはデュエルとサッカーは違うのに無理矢理同じものとして見ていた反動だから君は気にしなくていいよ」
「でゅ、でゅえ……?」
いきなりの知らない単語で頭の中にいっぱいハテナが浮かんでいる。
「ま、それよりもアポリア、DF同士で意見交換とかする方がいいんじゃないかい? ほらZ-ONEも円堂君とお話しするみたいだ」
「DFとして……か。あの試合以降真っ当にDFとして動けているか、と言われれば少々厳しいのだが」
「あー……俺も、実は助っ人としてサッカー部に入ったので、ポジションなんかの経験は浅くて……」
「まあ僕達全員一年生だし、どちらかと言えば年上の君たちから学ぶ立場なんだけどね」
「えっ、そうだったんですか!? てっきり三年生かと思って」
……雑談混じりにサッカー談議、緊張もほどよく解れていい感じに話は進む。
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうございます」
長いような短いような時間が終わる。満足した様子の二人が去った後に残るのはサッカーを楽しんだ三人と、疲れた様子のパラドックス。
「フットボールフロンティアへの出場……誘われても人数が足りないから前提の時点で無理だと分かって言っていたのかね、あの少年」
「出場している学校への転入手続きが済んでいれば選手として出場が可能、と見た記憶はありますが……まあ、そこまで考えているわけではなく単にサッカーをしたいだけでしょうね」
これから自分達が参加しようとすれば、きっと他の中学校に行くしか方法はない。……だが、これからの未来を担う希望のタネ達にそこまで手を貸す必要はないだろう。彼らの可能性は、彼ら自身の力で切り開くべきものであるから。
「あっそうだ! ならさ、これからも練習に付き合ってあげようよ!」
名案を閃いたとニコニコ笑顔のブルーノちゃん、じゃなかったアンチノミー。比例してげんなりしんなりしていくパラドックス。
手助けするのは嫌いじゃないので提案したのだろうが、パラドックスとしてはできればもう雷門とは関わりたくない。
あの「サッカーが好き」発言で自分がよくわからなくなってきている中へさらに爆弾を追加されるのは困る……眉間に寄る皺を指で伸ばす。
「――雷門を強くさせる? 困るんですよねぇ、そんなことされると」
声がした気がしてふと振り向く。そこには
――スフィアデバイス、マインドコントロールモード。
「全く、何の干渉を受けて現れたのかはわかりませんが邪魔なんですよ貴方達。この世からサッカーは消えるべき、エルドラドの決定は絶対なんですから。………………?」
余計な考えを抱いていた四人の対処はこれで終わり。するべきことは終わった。その筈だ。なのに頭は油断をするなと警鐘を鳴らす。
――遠くで超常の存在が吠える。空を飛ぶのは不気味なほど赤い竜。空の色が歪む。時が止まる。
『一見正しいように見えたその選択』
ゾッとするほどに冷たい声。
『だがそれは、大いなる間違い』
「まさかっ……コイツ!?」
化身。この時代に使える奴がいた、なんて情報は無い。
『現れよ』
現れようとする、その余波で空間に異常を及ぼしている――これほどまでの力を内包した化身なんて聞いたことがない、見たこともない!
『Sin トゥルース・ドラゴン』
禍々しい煌めきの黄金の竜。その頭部に、男の上半身があった。化身アームドとは違う。だが、強大な力をひしひしと感じる。
『――今、私は私を構成する要素の再計算で忙しいのだ。邪魔者には消えてもらおう』
このままだと不味い。この状況下、できることは限られていた。
「虚空の女神アテナ! アームド!」
『時を越えた舞台にお前の席は無い。戻れ、未来へ』
人ならざるものの唸り声。なんてことはない翼の羽ばたきは突風となり、ベータを襲う。なんとか踏ん張り、反撃を開始する。
「シュートコマンド――」
スフィアデバイスをストライクモードに変えての必殺技。当たればタダでは済まないそれが放たれることはなかった。
「ん、なっ――」
『我々に手を出さない方がいい、未来人』
足から段階的に体が消えていく。いいや、強制的に未来へ送り返されている。何をどうやって、ただの中学生がこの技術を知っている!?
『――我々は、破滅の未来を知っている』
そう告げた男の顔は、どうしてか……寂しそうに見えた。
巻き戻し。編集。再開。
声がした気がしてふと振り向く。そこには
「どうかしたかい、パラドックス?」
「何も」
そこには当然のように、いつも通りの道しかなかった。