エンド・クレジット   作:うみやっち


原作:VOICEROID
タグ:R-15 紲星あかり
人生が一本の映画だと言うのなら。
わたしの人生はどんな映画で、最後に誰の名前が流れるのだろう?

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 アンドロイドは夢を見る、と今からおよそ80年前、リック・デッカードは言った。
 ならば、プロトタイプも同じように、夢を見たいと願うのだろうか?


01

 

 ロボット工学の発達により、アンドロイドが一般に販売されるようになってから十五年が経った。

 今や世界中に普及したアンドロイドは人間社会の中で地位を確立し、人々にとって必要不可欠な存在となった。たとえば、クラウドデータベースによる情報のやり取りは、人間どころか従来のどのコンピューターよりも高速かつ正確なものであり、また工場や工事現場などで行われる重労働作業の多くは、人間に代わってアンドロイドがこなすようになった。こうして人々の仕事がアンドロイドに奪われるまでに、そこまでの時間はかからなかった。

 アンドロイド技術の伝播は、芸術文化にまで及んだ。流石に人工知能による創作活動は人間のそれには劣るが、逆に言えばそれ以外は人工知能の方が勝っていた。たとえば、人工知能に楽譜を書くことはできないが、書かれた楽譜の通りに楽器を演奏することならば、人間よりも上手くできた。

 

 そうした中で近年、注目を受けているのがボイスロイドというタイプのアンドロイドだった。

 これ以上ないくらい簡単に説明するなら、それはテキストの読み上げソフトを搭載したアンドロイドだった。その主な役割は、入力された文章を一言一句正確に音声として出力すること。人間のように読み間違えたり、噛んだりせずに正確な活舌で音声を出力する、陳腐に例えるのなら優れたアナウンサーのようなものであった。

 また、ボイスロイドの大きな特徴の一つとして、独自の高性能AIを搭載していることが挙げられる。

 開発当時はテキストをより人間的に読み上げるための副次的なものだったが、開発が進むにつれてAIの領域はどんどん拡大していき、今では独立する一つの機能となった。それらは介護や医療といった福祉場面で大きな活躍を見せ、次第に人々に寄り添うパートナーとしての位置を獲得した。開発会社が行ったアンケートの結果では、本来の役割であるテキスト読み上げ機能を目的として購入した層が全体の三割なのに対し、生活の援助を目的として購入した層が全体の五割を占めていた。今やボイスロイドは、人々の生活の一部として、社会に溶け込んでいった。

 

 ボイスロイドはこれまでにいくつかの型が発売され、その型によって搭載されているAIの性質が異なる。

 無論、拡張パッケージ――公認、非公認も含めて――である程度傾向の管理はできるが、その大本となるのは元となった人間の性格だった。メジャーな型として知られている『結月ゆかり』や『弦巻マキ』にも素体となる“本人”は存在するし、また双子の型として有名な『琴葉茜』と『琴葉葵』の素体が全く血の繋がりのない別人であることは、その筋では有名な話である。

 そして、近日発売された最新型ボイスロイドの『紲星(きずな)あかり』に搭載されているAIにも、大本となる本人が存在するのだが――

 

『センセ』

 

 呼ばれる声に、動かしていた手を止める。振り返った先に立っていたのは、一人の少女だった。

 サイドテールに纏められた銀、というよりは灰に近い色の髪に、空を閉じ込めたかのような蒼色の瞳。黒色のキャミソールワンピースの上に羽織っているのは、大きなフライトジャケット。()()()()()()()といえば、口元は黒いマスクで覆われており、首元にはマゼンタの光が灯る、小さな機械が埋め込まれていることか。

 

 彼女こそ、紲星あかり――本名、紲星灯。

 世に出回っている最新型ボイスロイド『紲星あかり』の素体となる本人であった。

 

『頼まれたもの、買ってきましたよ』

「ああ。ご苦労だった」

『ここに置いておきますね』

 

 どさり、と荷物のたっぷり入ったビニール袋が、作業途中の書類を広げていた机の上に投げられる。何か文句を言ってやろうと思って彼女の顔を見上げたけど、睨み返されたので口を閉じておくことにした。

 ビニール袋の口から覗いているのは、微糖のコーヒーだった。確か、無糖のものを頼んだはずだが……。

 

『売り切れてたので。何か文句ありますか?』

「……いや。いつも助かる」

『なら、ちゃんとそう言って下さい』

 

 苛立ちの混じった声が、返ってきた。

 

『今日の予定は?』

「午後に客が来るから、それまでに倉庫からパーツを集めておいてほしい」

『またですか』

 

 肩をすくめながら、彼女が渡した書類を受け取る。

 

『毎度ながら、人使いの荒いことで』

「申し訳ないとは思っている」

『だったら言葉じゃなくて、行動で示したらどうですか?』

 

 というと。

 

『私、今日は映画が見たい気分です』

「……《インターステラー》は前に見たよな? じゃあ次は《インセプション》にするか?」

『クリストファー・ノーランはもう《テネット》でおなかいっぱいですよ』

「なら何にする? 《オブリビオン》でもいいし、古くはなるが《2001年宇宙の旅》なんかはどうだ?」

『分かってませんねぇ、これだからセンセは』

 

 やれやれ、と両手を上げて首を振る彼女に、少し不満を感じてしまう。

 

「どういう意味だ」

『女の子と一緒に見るんだから、恋愛映画とかにしましょうよ。じゃないと嫌われちゃいますよ?』

「……《インセプション》は恋愛映画だぞ」

『そういうことじゃないし、アレは違います』

 

 あまりにもきっぱりと言われてしまったので、思わず口を噤んでしまう。

 というより、《インセプション》はもう見たのか。いや、覚えていないだけで見せたのか?

 思い出せずに悩んでいると、彼女がため息と共に言葉を漏らした。

 

『……なら、《ウォーリー》はどうですか?』

「《ウォーリー》……? あの、ロボットが出てくるヤツか?」

『ちゃんとした恋愛映画です。宇宙が舞台ですから、SF馬鹿のセンセも入りやすいでしょう』

「SF馬鹿……」

『決まりですね。《ウォーリー》、探しておいてください』

 

 俺の漏らした呟きなど意に介す素振りすら見せず、彼女はリストを片手に部屋を出て行ってしまった。残されたコーヒーがめいっぱい入ったビニール袋をとりあえず床に下ろして、そのうちの一本を開ける。缶を傾けると、口の中にいつもの苦みと、少しだけの甘さが広がった。

 そうして椅子に(もた)れると、彼女が開け放しにしたドアが目にして、一言。

 

「……やはり、似ても似つかんな」

 

 こちらを小馬鹿にするような発言に、見下すような挑発的な視線。

 そのどれもが、複製されている『紲星あかり』のそれと、全く別のものであった。

 

 

 俺が初めて彼女と出会ったのは、三年前の春だった。

 ロマンチックでも、運命的でもなかった。ただ、当時発足した最新型ボイスロイド開発プロジェクトの素体として、資料に記載されていた彼女の写真を目にしただけ。これまでの素体より、かなり刺々しい雰囲気を纏っていたことを覚えている。どうしてこのプロジェクトに参加したのか、疑問に思ったことも。

 ボイスロイドの素体となる少年少女は、例外なく発声障害を罹患している患者の中から選ばれる。

 つまるところ、ギブアンドテイクだった。我々は彼らに独自の人口声帯を提供することで失われた声を与え、その代わりに彼らの声を我々が買収し、ボイスロイドの音声素材として利用する。

 無論、素体となる彼らにはきちんとした説明がなされ、その上でプロジェクトへ参加するか決めることができる。だが、その説明をしたとしても、参加する割合は全体の二割にも満たなかった。自分の声を取り戻せるとはいえ、それを商売道具として利用されるということを考えれば、妥当な数字だった。

 それでも、ボイスロイドの素体になることを決めた彼らには、やはり事情というものがあった。その多くは金銭的な問題であり、彼女――紲星灯も、そんな問題を抱えた一人だった。

 一家心中の生き残りだった。親につけられた首の傷は、施設に保護された時点で既に治療不可能なものになっていた。精神状態は施設にいるうちに回復――あるいは開き直り、と言った方が正しいのかもしれない――したが、かといって、それで亡くなった親が返ってきたり、自分の将来が明るくなるわけでもなかった。そんな独りぼっちの少女にボイスロイドの素体としての話が舞い込めば、首を縦に振るのは当然のことだった。

 

 初めて彼女の声を聞いたのは、資料を渡されてから二月ほどが経ったころだった。

 

『はじめまして』

 

 喉に埋め込まれている人口声帯から再生された、その六文字だった。見た目に反して、丸みを帯びた柔らかい声だったのが印象的だった。それが開発部の連中によって弄られた者なのか、あるいは彼女本来の声なのかは、分からなかった。ただ、目に映る全てを恨むような、しかしどこかに諦めの色が混じっているような、そんな彼女の瞳が頭に焼き付いて離れなかった。

 その日は結局、一度顔を合わせただけで終わった。サンプルボイスの確認を終えると、彼女は開発プロジェクトの中心人物に連れられて、本部へと戻っていった。

 

 次に彼女と会ったのは、それから一年後のことだった。

 資料を提出するために本部を訪れた帰り、喫煙所へと立ち寄ると、そこには灰皿の影に隠れるように蹲る彼女がいた。ドアを開けた瞬間に見えた、彼女の怯えるような表情を鮮明に記憶している。一瞬、その場から立ち退こうとしたが、かといって黙って見過ごせるわけもなく、彼女も彼女で出ていこうとしなかったので、俺は煙草に火を点けることにした。立ち込める白い煙を、彼女は嫌そうに、しかしどこか羨ましそうに見つめていた。

 そうしてしばらくの沈黙の後、言葉を放ったのは意外にも、彼女の方からだった。

 

『ソレ、美味しいんですか?』

「……さあな」

『だったら、どうして吸ってるんですか?』

「落ち着くんだ。思考が整って、悩みが解決する」

 

 他愛もない、それこそ年頃の少女が問いかけるような内容だった。

 そこからまた、二度目の沈黙。何とか言葉をかけようとしたが、そのどれもが喉の奥で詰まって、口の外へ出ていこうとしなかった。どうしてこんなところにいるのか、何故そんな悲しそうな顔をしているのか、それを聞いた瞬間に瓦解してしまいそうな、そんな危うさを彼女は放っていた。

 やがて、再び彼女が首に仕込まれている人口声帯から音声を再生させる。

 

『一本、ください』

「何故だ」

『悩みが解決するんでしょう? なら、今の私に必要なものです』

「……残念だが、それはできない」

『どうしてですか』

「君はまだ未成年だろう」

 

 渡された資料から、彼女が16歳であることは、俺どころか開発に携わっている誰もが知っていた。

 溜息は口から洩れていた。天井を見つめる彼女が、ぽつりと。

 

『私は、どうすればよかったんでしょう』

 

 底の見えない虚ろな光を瞳に宿す彼女に、俺は一つ一つ言葉を選びながら、伝えた。

 

「君が抱えている悩みがどういうものか、俺には分からないし、かといって俺に話す必要もない。君だって、俺に話したところでその悩みが解決するとも思っていないだろう」

『それは……そう、ですけど』

「だが、俺は君の抱えている悩みを解決するための方法をこれ(煙草)以外で一つ、知っている」

『……なんですか、その方法って』

「映画を見ることだ」

 

 ……思えば、そこで初めて、彼女の素の表情を見たのかもしれない。

 きょとんと眼を丸すると、彼女はすぐにこちらを小馬鹿にするように目を細め、口元をにやりと歪めた。

 

『呆れた。映画なんて、ここでどうやって見るんですか?』

「確か、教育プログラムの中に映像資料枠があっただろう。あそこには過去の映像作品も見ることができる。無論、数は絞られるかもしれないが……俗に言う名作と称されているものは、ほとんど保管されているはずだ」

『……どうして、映画を?』

「映画はこれまでの全てを変えてくれる。価値観も、考え方も、人生すらも」

 

 単なる持論に過ぎないが、けれどそれは本心からの言葉だった。

 それで彼女が道を外さないのなら、十分だと思えた。

 

『……何を見ればいいのか、分かりません』

「何でもいい。気に入ったフレーズのタイトルがあればそれでいいし、パッケージで惹かれたのならそれもありだ。あらすじを読み込んで続きが気になったものでも構わないし、目を瞑って手に取ったものというのも一興だろう」

『そんな適当でいいんですか?』

「映画を見るきっかけなんて、そんなものだ」

 

 会話はそこで終わった。煙草を消して部屋を出ていく間、言葉は何も交わされなかった。

 ただ、俺のことを見つめる彼女の瞳には、微かではあったが、光が戻っているような気がした。

 

 それからひと月にも満たないうちに、俺と彼女は三度目の邂逅を果たした。

 人口声帯のメンテナンスだった。本来ならば本部に担当技術者が在籍しているはずだが、丁度その時は彼が出払っているらしく、その役回りが俺に回ってきた。はじめ、彼女は俺に気が付くと一瞬だけ驚いたような顔をしていたが、すぐに普段通りの、こちらを見下すような表情で言葉をかけてきた。

 

『あなたですか』

「目新しくなくて悪かったな」

『いいえ。むしろ、顔見知りだから気が楽ですよ』

 

 肩をすくめる彼女は、前に出会った時よりも幾分か楽そうだった。前に感じていた危うさは、微かに残っている気がするが、以前ほどではなかった。だからなのだろう。メンテナンス中、俺は初めて自分から彼女へと声をかけた。

 

「何を見た?」

 

 返答はすぐに、再生された。

 

『《最高の人生の見つけかた》、って映画です』

「……ああ、《ザ・バケット・リスト》か?」

『意外ですか?』

「もっとメジャーなものを見ると思っていた。それこそ、《ハリー・ポッター》とか《スター・ウォーズ》とか」

『その二つもあったんですが、見る気が起きなかったんです。なんだか有名どころすぎて』

「ああ、分かるぞ」

 

 痛いほど理解できる。そういうものこそ、人生で一度は見ておくべき映画なのだが……。

 

「その映画を選んだ理由は?」

『見つけたかったんです。最高の人生、というものを』

「……それで、見つかったか?」

『確かに見つけかたの一つを学ぶことはできましたが、結局それだけでした』

 

 それなら。

 

「このあと時間、あるか?」

『はい? まあ、あるにはありますけど……』

「奥の部屋にプロジェクターがある。俺の私物だ。そこで映画を見るから、付き合え」

『えっと……この後、ですか? メンテナンスが終わってすぐ?』

「ああ、そうだ」

『……何を見るんですか?』

 

 首を傾げる彼女に向かって、俺が口にした映画のタイトルは。

 

「《トゥルーマン・ショー》」

 

 

「ほんとにここ病院なんですか!? 大丈夫なんですか!?」

『広義的には病院ですから、黙っててください』

「もごが」

 

 カーテンで仕切られた診療室から、何やら騒がしい彼女と患者の声が聞こえてくる。甲高いその声に少しやつれながらカーテンを捲ると、そこには手術台に横たわる患者――『結月ゆかり』型のボイスロイドと、その彼女の口元を無理やり押さえつけている紲星が見えた。

 

『遅いですよ、センセ』

「すまない」

『パーツはいつものところに置いてあります』

 

 椅子の近くに目をやると、乱雑に摘まれたパーツ群が目に入る。できるだけ丁寧に扱え、と何度も言ってはいるのだが、どうにも直す素振りすら見せないので言及するのは諦めた。

 机の上に置かれた書類へ手を伸ばす。書かれていた文字列を流し読みしたが、概ね先方からの報告と変わりはない。そうして患者の方へ目を向けると、怯えた視線が返ってきた。

 ……毎度毎度、自分の意志でやってきたのに、こうも怖がられると億劫になってくるな。

 

「放してやれ、紲星」

『はいはい』

 

 ぱっ、と手を退かした瞬間、結月ゆかりは苦しそうに息を吸い込んでから、振り返って叫んだ。

 

「いきなり何するんですか!」

『放っておくとうるさそうだったので』

「な、なんて可愛くないあかりさん……! もしかして、改造された違法な性格データでもインストールしてるんじゃないですか!? ちょっと、ここ本当に大丈夫な施設でしょうね!?」

『失礼ですね。改造されたも何もこれが本来の私ですよ、()()()()

 

 寝かされている結月ゆかりの頭をぐりぐりと押さえつけながら、彼女が厭らしい笑みを浮かべる。止めても埒が明かなそうだったので、必死に抵抗を続ける結月ゆかりの顔をライトで照らす。しかしながら、彼女は眩しいような素振りを一切見せないまま、紲星と格闘を続けていた。

 ……なるほど。

 

「眼球に異常があると聞いたが、どうやら本当らしいな」

「え? ああ……はい。原因はよく分からないんですけど、最近少しモノが見えにくくなったというか」

「いつから?」

「二週間前の土曜日からです。当時はそこまで違和感はなかったんですけど、日に日に増えていって」

「心当たりはないか? どれだけ小さなものでもいい」

「……ない、ですけど」

 

 まあ、そこで正直に答えられるのなら、ここに来てはいないか。

 

「とりあえず、眼球ユニットの状態から調べるぞ。紲星、セーフティの解除は」

『さっき済ませておきましたよ。はい、これ』

「助かる」

 

 受け取ったタブレットに記載された情報をざっと流していくが、特にこれといった異常は見られなかった。となると、やはり眼球ユニットへの接続部分か、あるいはそれ以前のどこかに異常が起こっているということか。

 などと頭の中で思考をしていると、ふと紲星がタブレットをのぞき込みながら、

 

『もう、分解(バラ)した方が早くないですか?』

「かもな」

「ちょちょちょちょちょ!」

 

 勢いよく体を起こした結月ゆかりの体を、紲星が間髪入れずに手術台へと押し付けた。

 

「ほ、ホントにやるんですか!?」

「原因が分からない以上、そうした方が早い」

「もしかして私がここに連れてこられたのって、ここが唯一ボイスロイドをバラせる場所だから……」

「理解が早くて助かる。安心しろ、資格は持っているし、俺は元々開発部の人間だ」

「そ……それなら、大丈夫……なん、ですか? い、違法じゃないですよね? 合法なんですよね?」

「紲星、ロック解除とデータの一時移行を」

『今やってまーす』

「質問に答えてくださいよ!」

 

 なんて適当な返事をしながら彼女がタブレットを操作し続けているうち、ふと結月ゆかりが、まるで糸の切れた人形のようにがくりと意識を落とす。しばらくすると、紲星の持っているタブレットから結月ゆかりの声が聞こえ始めた。面倒くさそうに音量を上げながら紲星がこちらへ向けたタブレットの画面には、液晶を必死に叩いている結月ゆかりの3Dモデルが映し出されていた。

 

「許可なくいきなりやらないでください! びっくりしたじゃないですか!」

『データの一時移行、完了しました。欠損データもないみたいです』

「私を無視して話を勧めないでくださいよ! ねえ! 聞いてます!?」

『……あの、音量下げたいんですけど、ダメですか?』

「ヒアリングは必要だから、我慢しろ」

『はーい』

 

 マスクの下の頬を膨らませて、紲星がラウンドチェアへと腰を下ろす。

 

「頭蓋部からだな。開けるぞ」

「あわわわ……て、丁寧に扱ってくださいよ!」

『大丈夫ですよ。最悪、壊れても代わりはいっぱいありますから』

「何の励ましにもなってませんけど!?」

 

 なんて彼女らの会話を背中で聴きながら、俺は作業を進めていった。

 

 

 頭蓋部、異常なし。違法パーツによる改造等も確認されず。

 頸部、異常なし。同上。

 脊柱回路、異常なし。同上。

 胸部、経年劣化とみられる人工皮膚の損傷は確認されたが関連性は薄い。同上。

 両腕部、異常なし。同上。

 両脚部、胸部と同様の人工皮膚の損傷が確認されたが、これも関連性は薄い。同上。

 

 ………………。

 

『見つかりませんねぇ』

 

 ぐるぐると回転する椅子の上で膝を抱えながら、紲星がそんな声をかけたのが、作業を始めて二時間が経過したころだった。傍に置かれていたタブレットには、最早全てを諦めたかのように、四肢を投げ出す結月ゆかりの3Dモデルが映っている。紲星はそれに気が付くと、タブレットを手に取って、白い空間に寝転んでいる結月ゆかりを指で何度もつつき始めた。

 

「あうあうあうあう」

『センパイ、ホントは何か心当たりあるんじゃないですかぁ?』

「そ、そんなことは……あう」

『初めに言いましたが、ここは病院ですよ? 正直に話さないと、直るモノも直りませんからね?』

 

 そんな彼女の言葉に続くように、未だにタップされ続けている結月ゆかりのAIへ声をかける。

 

「最後に腹部の中枢回路の確認に入るが……本当に心当たりはないんだな?」

「だ、だから無いって言ってるじゃないですか……」

「……質問を変えよう。二週間前の土曜日、お前は自分の主人と何をして過ごした?」

「は、はい?」

 

 明らかな動揺の声だった。目線も明後日の方向を向いているし、3Dモデルの癖に汗までかき始めている。技術部の趣味なのかは分からないが、こうしてみるとやはり彼女らは、人間と殆ど変わらないように見えた。

 

「べ、別に私がマスターとどう過ごそうが関係なくないですか?」

「そうだといいがな。紲星、ロック解除の履歴は出せるか?」

『二週間前の土曜日に一回してまーす』

「……らしいが?」

「え、うそ!?」

 

 なに?

 

「ちょっと待て、正直に答えろ。二週間前の土曜日、お前は自分の主人と何をして過ごした?」

「と、特に変なことはしてませんよ? 朝から買い物に行って、ランチを一緒に食べて……午後から夜までは家で過ごしていました。マスターの作業の手伝いをしたり、休憩程度にゲームをしたり。晩御飯を食べて少しお話をしてから、その日は就寝しました。ですから、特に心当たりのあることは……」

『……あー、センセ。一個だけ言い忘れたことがあるんですけど』

「何だ」

『ロック解除がされた時間なんですけど、午前二時四十二分って書いてあります』

「はい!?」

 

 紲星の報告に、再び結月ゆかりのAIが声を荒げる。

 ……何となく全貌が見えてきたぞ。

 

「まあ、とりあえず開くか」

『ですね』

「と、とりあえずで流していいんですか!? 私のマスター、勝手に私の体を弄ってたってことですよね!? それって法律的に大丈夫なんですか!? もしかして私、ヤバいことに関わってしまったんじゃ……!」

「それもこれも、お前の腹を開けば分かることだ」

 

 衣類を退かし、腹部の結合部分をスキャンして、メンテナンスモードへ移行させる。

 しばらくの駆動音の後に、開かれた腹部の中枢回路を見て、俺は思わず口元を覆った。

 ……最悪だ。この仕事を続けてしばらくするが、こういう案件が一番気が滅入ってくる。

 

「あ、あの……あかりさん? 一体、何が……」

『まあ、つまるところアレですね』

「アレというと」

『センパイが寝てる間に、そちらのマスターが色々と人には言えないコトに及んだと』

「は……」

 

 異常はすぐに見つかった。回路の一部が何のせいとは言わないがショートしてしまっているので、そこを張り替えるだけ。きっと、過去に類を見ないほど渋い顔をしていたと思う。手つきも幾分か乱雑なものになってしまっていたが、こんなことをするヤツよりはマシだと、自分に強く言い聞かせた。

 代替パーツもそこまで使用することはなかった。あとは腹を閉じてしまえば、俺の仕事は済むんだが……。

 

「……結月ゆかり」

「はい」

「どう思った?」

 

 俺の問いかけに、彼女はしばらく無言で悩んでから、ぽつりぽつりと言葉を続けた。

 

「びっくりしました。まさか、マスターがそんなことをするなんて」

「……多少の語弊はあるが、別に珍しいわけじゃない。ウチに来る患者の三分の一は、こういうヤツだ」

「けれど、まあ、何と言うんでしょうか。本当なら、怒らなきゃいけないことだし、場合によっては縁を切らなきゃいけないことだと思うんです。でも、少なくとも私にとっては許せることなのかな、と思います」

「君が望むなら、もっとマトモな主人の所へ行けるぞ」

「でしょうね。でも、私は今のマスターが気に入ってるので。それに……」

 

 赤らめた頬を指先で描きながら、結月ゆかりのAIは少し照れくさそうにして、

 

「マスターに()()()()愛され方をするのも悪くないかな~……なんて」

『センパイ、いい趣味してますね』

「い、いいじゃないですか! マスターとの付き合いをどうこう言われる筋合いはありません!」

 

 ……となると。

 

「紲星、パーツの追加だ。44-Aの備品の中からどれでもいい、一つ持ってきてくれ」

『はーい』

 

 そそくさと部屋を出ていった彼女を見送って、俺も準備をし始める。戻ってくるのには、五分もかからなかった。カーテンをくぐってきた彼女から受け取った備品を、本体へ取り付ける。作業を続けていると、AIへちょっかいを出すのにも飽きたのか、紲星が俺の手元をのぞき込みながら、ふと何でもないように、

 

『そういえば、コレって本物とどっちが気持ちいいんですかね?』

「知るか」

『……今夜あたり、試してみます?』

「黙れ」

 

 もし本気で言っているのなら、そこのAIと大差ない趣味をしていることになるが。

 

「あ、あの……何してるんですか?」

「また同じような症例で来られても困るからな。その対策だ」

「対策?」

「お前の主人に見せれば分かる。寝てる間に身体を弄られることもなくなるし、あるいはお前にとっては案外、幸せな結果になるかもな。それもまあ、お前の主人次第だが……」

 

 それ以上の言葉を続ける気はなかった。まあ、一人でロック解除ができるほどの知識があるなら、使い方も自分で調べられるはずだ。規格品ではないため質は落ちるが、そこまでの面倒を見る気はさらさらない。

 人工皮膚の損傷を整えて、腹部を閉じる。再びロックを締結し、データをタブレットから移行。すぐさま目を醒ました結月ゆかりは、どこか落ち着かない様子で下腹部を押さえながら、とりあえずこちらへ頭を下げるのだった。

 

「あの……色々と、ありがとうございます」

「代金は既に受領してある。腹のそれも廃棄する予定だったものだったから、追加で払う必要もない」

『ま、その代わりに何か不具合があっても承りませんけどね』

「そうですか」

 

 よくわかっていない様子で、結月ゆかりは俺たちの言葉に頷いていた。

 

「では、話はこれで終わりだ。紲星、玄関まで送ってやれ」

『はーい』

 

 面倒くさそうに返事をしながら、紲星が結月ゆかりを連れて診療室を後にする。

 遠のいていく二人の足音を聞きながら、俺は報告書へとペンを走らせた。

 

 

「どう思った?」

 

 プロジェクターの電源を落として問いかけると、彼女は両手で持っていたマグカップを置いてから、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

『怖かったです』

「何故だ?」

『全てが造り物の世界だったこと、自分の私生活が全国に放映されていること、それを世界中の人々が楽しんで観ていること……そして何より、世界の全てがニセモノだとしても、それに気づくことが無ければ幸せだと思えることが』

 

 細い指を一つ一つ折りながら、紲星がそうやって言葉を挙げていく。俺はそんな彼女の隣へ腰を下ろし、マグカップに注いだコーヒーを煽ってから、話を続けた。

 

「彼は、あのまま舞台の中で生きていた方が幸せだったとは思わないか?」

『……どうしてですか?』

「籠の中の鳥は、飼い主によって平穏を約束されているのと同じだ。何処かへ旅立つことより、何時でも帰って眠れる場所があることの方が大事じゃないか?」

『でも、それじゃあ何も変わりませんよ』

「変わらないことが悪いと?」

『……なら、その鳥の未来はどうなるんですか?』

 

 その言葉で、珈琲を飲もうとしていた手を止めた。

 

「未来が常に良いものだとは限らないだろう」

『そんなもの、自分で確かめないと分かりませんよ』

「不確定なものに身を委ねるのか」

『今の私がそうです』

 

 こちらの目をじっと見つめながら、彼女が首に埋め込まれた人口声帯を指で示す。

 

『施設にいるだけじゃ何も変わらない。だから、私はここに来たんです』

「……意外だな。ここにいることが苦痛じゃないのか?」

『苦痛ですよ。自分で望んだこととはいえ、私は声と身体を金稼ぎの道具として利用されるんです。その上、まともに外へ出ることもできないし、誰も私に見向きもしない。こんなことなら、施設にいた方がマシですよ。でも……』

「……でも?」

『私はあなたと出会い、この映画を見ることができた』

 

 向けられた笑顔が気恥ずかしくて、俺は思わず目を逸らしてしまった。マグカップを傾けると、冷めきった珈琲が喉の奥へと染み渡っていく。思えば、こうして映画を見て誰かと言葉を交わすことなんて、何年ぶりだろうか。ふと目を戻すと、紲星は何も映っていないスクリーンを眺めながら、両手でマグカップを抱えていた。

 こくん、と彼女の喉からココアを嚥下する音がする。

 

『……もしも』

「ああ」

『もしも、ここでまた映画を見たいと言ったら、あなたは見せてくれますか?』

 

 それから俺と彼女は、時間さえ合えば一緒に映画を見るようになった。

 さすがに毎日、というわけにはいかなかったが、一週間以上の時間が空くことはなかった。はじめの方は俺が私的に集めていたものを流していたが、いつからか彼女の方から見たい映画を持ってくるようになった。

 見る映画は、決まって一日に一本だけだった。映像が流れているうちは互いに無言で過ごし、エンドロールが終わった後に、その映画についての色々な事を語り合った。この物語にはどういう意味合いがあったのか、どの登場人物の考えが正しいと思ったのか――それは感想というより、考えをぶつけ合う討論に似たものだったが、しかしその時間は俺と彼女にとって、とても大事なものになった。

 映画を見るときは、決まって俺は珈琲を、彼女にはココアを淹れていた。俺も彼女も映画を見るときは集中しているため殆ど手を付けることがなく、エンドロールに入るころにはすっかり冷めてしまっていた。けれど、そんな冷めきった珈琲とココアを飲みながら言葉を交わすことが、どうにも心地よかった。

 

『あなたの勧める映画はSFばかりですね』

「悪いか」

『未来が常に良いものだとは限らない、なんて言ってたくせに』

「現実がそうだから、せめてスクリーンの中では感動的な未来を見たいんだ」

 

 《バック・トゥ・ザ・フューチャー》のパッケージを見て、おかしそうに彼女が笑う。

 

「またヒューマンドラマを持ってきたのか」

『ええ。気づいたんです、私。他人の人生を見るのが好きなんだって』

「……悪くない趣味だな」

 

 《グリーン・ブック》を持ってくる彼女は、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 それから俺たちは、いくつもの映画を見た。その中には俺が何度も見た映画もあるし、彼女と出会わなければ絶対に見ることもないような映画もあった。二人で珈琲とココアを飲みながら、いくつもの未来と、いくつもの人生を見届けた。彼女と言葉を交わす時間は、とても魅力的で、かけがえのないものに感じられた。願わくば、この時間がいつまでも続いてほしいと、そう思っていた。

 そして。

 

「俺はもうここからいなくなる」

 

 彼女と出会ってから三度目の春がやってきたとき、俺は彼女にそう伝えた。

 

『……どういうことですか?』

「元より、そういう計画だっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

『これから、どうするんですか?』

「昔から仕事を斡旋してくれるヤツがいるから、そいつの世話になる」

 

 俺からすれば、ただ元の生活に戻るだけだった。仕事も毎日入るわけでもないし、給料はそれなりにあるとはいえ、いくらか人に言えないこともやることになる。そこでようやく、俺は表を平気な顔で歩ける人間ではないことを思い出した。彼女ともっと映画の話ができると高望みしていた自分が、ひどくみじめに思えた。

 そして、今の職場を去り、自分の仕事場へと戻る日がやってきたとき。

 歩道橋を渡ろうとした俺の前に、彼女は立っていた。

 

「……どうしてここにいる?」

『用済みと言われました。お前はもう、必要ないと』

「だとしても、他に行く場所があるだろう。もっといい場所が」

『じゃあ、私はこの映画を誰とみればいいんですか?』

 

 そうして彼女が取り出したのは、《ウエスト・サイド・ストーリー》のパッケージだった。

 

『約束しましたよね。次はこれを絶対に見よう、って』

「それは……そう、だが」

『それともあなたは、女の子との約束を反故にするような、残念なヒトだったんですか?』

 

 無茶苦茶だ。他に道は山ほどあっただろうに、映画ごときのために俺のところへ来るなんて。

 ただ、何故だろう。どこか嬉しく思う自分がいた気がした。

 

「……マトモな仕事じゃない。危険に晒すかもしれない」

『承知の上です。あそこだってマトモな職場じゃありませんでしたから』

「飯が食えるかも分からないんだぞ。それでもいいのか?」

『映画が見られるのなら、私はどこだっていいですよ』

 

 夕陽に照らされる彼女は、にやりと厭らしい笑みを浮かべていた。

 

『これからもいっぱい、色んな映画を見ましょうね。センセ?』

 

 

『私、やっぱりウォーリーのことは理解できません』

 

 エンドロ―ルが流れる中でふと、彼女がそんな言葉を漏らす。

 

「どうしてだ? 別に、おかしいところはなかったはずだが」

『だって、ウォーリーはイヴのために宇宙に行ったじゃないですか。でも、宇宙には危険がいっぱいだし、あの船でも弾かれ者にされてて……これは映画だからよかったですけど、そう現実は上手く行かないですよ』

「それは、そうかもしれないが」

『私がウォーリーだったら、地球から逃がさないよう、針金とかでがんじがらめにします』

 

 ……無茶苦茶なところは、あのころから変わらないらしい。

 

「束縛が強すぎるだろう」

『でも、好きなヒトには同じところにいてほしいじゃないですか』

「成功してほしいとは思わないのか?」

『そりゃ、成功はしてほしいです。でも、それ以上に一緒にしてくれた方がいい』

 

 言い切って、紲星はココアの入ったマグカップを傾けた。

 やがて、しばらくの沈黙があった。珍しく、俺たちは何も語らなかった。それは、紲星と俺で意見が明らかに違った、というのもあったし、彼女が何かをじっと考えているから、というのもあった。エンドロールが流れ終わり、映画がホーム画面に戻っても、俺と紲星は何の言葉も交わさなかった。

 そうして冷めきった珈琲を飲み終えた時、紲星がおもむろに口を開く。

 

『……怖いんですよ、きっと』

「怖い?」

『大切なヒトが、どこかへ行ってしまうことが』

 

 それは、《ウォーリー》の話なんだろうか。それとも、もっと別の何かの話なんだろうか。

 遠くを見つめる紲星の横顔からは、何も分からなかった。

 

『弾かれ者は弾かれ者同士、肩を寄せ合っている方が幸せなんですよ』

「……紲星?」

『どこにも行けなくたっていい。堕ちていくままでいい。二人で一緒にいられるなら、それでいいと思いませんか? ゴミに塗れた地球で、夢を見ることはできないけれど、ずっと二人で過ごせるのなら……私は、それがいい』

 

 そうして紲星はふと、思いついたように俺の顔を覗き込みながら、

 

『……なんだか、今の私たちみたいですね』

 

 いつもの吊り上げたような笑みではなく、どこか情けない、力のない微笑みを浮かべていた。

 

 


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