転生したら、ロケット団の首領の娘でした。   作:とんぼがえり。

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多くの高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
書く栄養にしています。
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8.マスクド・ピカチュウ

 出会いは一冊の雑誌だった。

 当時はまだ荒くれ者だったピカチュウは、トキワの森を我がもの顔で歩き回っており、道行くポケモンを威嚇してはその逃げ出す姿を見て嘲笑うことを趣味としていた。気に入らない奴は蹴飛ばせば良い、メンチを切る奴は捻じ伏せれば良い。喧嘩っ早さだけは人一倍、いや、ポケモン一倍で、ちょっと強そうな奴を見掛けてはちょっかいを掛け続けた。

 本来、トキワの森は温厚なポケモンが多い場所。攻撃性の高いポケモンと云えば、スピアーぐらいなものであり、彼らは巣を攻撃しなければ襲って来る事はない。時折、現れるとりポケモンは電気で撃ち落とせば良くて、そんな事なのでトキワの森でピカチュウを止められるポケモンは何時しか誰も居なくなっていた。

 誰も彼もが彼を避けるようになり、ピカチュウは思うように鬱憤を晴らせなくて苛々していた。

 

 そんな時、ピカチュウの目に入ったのが、ポケモントレーナーであった。

 

 トキワの森でトレーナーがポケモン達にポケモンフードを与えていた時、それを美味しそうに食べるポケモン達の姿が気になって、彼らが去った後、地面に落ちていた一粒を口に含んだ。

 

 ──それは、歓喜の味だった。

 

 栄養は勿論、ポケモンの味覚に合わせて調合されたポケモンフードは今まで食べた何よりも美味しかった。今まで、適当にかじって来た木の実はなんだったのかと、言いたくなる程に。その時、偶然にも拾った味がピカチュウの味覚に合っていた事が災いした。

 ピカチュウは、この人工的に作られたポケモンフードの虜となり、また食べたいと思うようになった。

 最初はポケモントレーナーの後を付けて、そのおこぼれを狙うだけだった。しかし、彼の気は長くない。喧嘩っ早い性根が災いし、ピカチュウは食事中のポケモン達に喧嘩を吹っかけたのだ。このピカチュウ、狡賢くて頭が良い。相手が不意打ちで気が動転している内に、さっさとポケモン達を退治してしまって、そのままポケモンフードの入った袋を奪って森の中へと逃げ出すのである。

 そして木の上に登っては、悠々自適にポケモンフードにありつくのであった。

 

 ポケモントレーナー狩りをするピカチュウの存在は、瞬く間にトキワシティに広がった。しかし件のピカチュウを捕まえる事はできない。繰り返すが、このピカチュウは狡賢くて頭が良い。他のピカチュウ達が犠牲になる中、ピカチュウは森の中で孤立するポケモントレーナーだけを狙い続けた。捕獲は難航し、トキワシティの住民達は頭を悩ませることになる。トキワシティにはトキワジムがあったが、彼のジムリーダーは、よくジムを休業することで有名であり、ポケモンリーグが開催する少し前の数週間だけ、最後の試練として開業するといった始末であった。

 

 そんな事をしている内に、ピカチュウの力量はどんどん上がっていった。

 もう並のポケモントレーナーでは、ピカチュウを捕らえるどころか倒すことも出来ない。自分の腕に自信のあるトレーナー達がピカチュウを捕まえてやろうとトキワの森に勇んで入ったが、此処は彼のホームでもあり、縦横無尽に駆けるピカチュウを捕らえることもできず、手持ち全てのポケモンが倒された後、撒き餌代わりに持ってきたポケモンフードの入った袋を奪われてしまったのだ。鞄ごと盗まれる事すらもあった。

 こうして被害が雪達磨式に増えて行って、トキワシティの住民は警察協力の下、本格的なピカチュウ捕縛へと乗り出していた。

 

 その頃、ピカチュウはトキワシティの郊外で釣りを嗜む女の子を襲っていた。

 幸いにも女の子は荷物を奪われることはなかったが、その時、彼女は釣りをしながら読んでいた一冊の雑誌を落としてしまっていた。

 出会いは一冊の雑誌だった。

 

 マスクド・ピカチュウは、この一冊の雑誌との出会いから始まっている。

 

 その表紙には、マスクを被ったムキムキマッチョな男が腰にチャンピオンベルトを下げている姿が載っていた。

 女の子は鍛え上げられた男の筋肉を見るのが好きだった、性癖だった。しかし、彼女は幼さ故の羞恥心を持っており、ボディビルではなくて格闘技関連の雑誌を買う事で欲求を満たしていた。何故、この結論に至ったのかは不明だが、若さとはそういうものである。

 そんな女の子は周りの眼から逃れるようにトキワシティの郊外へと足を運び、釣りを嗜むふりをしながら買い込んだ雑誌を読むのが日課になっている。

 この時にピカチュウと出会ったのが運の尽き、彼女は泣く泣く愛読書を手放さなければいけなかった。そんな彼女の本日の愛読書はプロレス団体のものであり、表紙はチャンピオンを名乗る男が人差し指を高く翳して、咆哮しているシーンであった。

 ピカチュウは、狡賢くて頭が良かった。人間の文字も、少しだけなら分かってしまう程である。

 それ故にチャンピオンベルトを巻いた男が、世界で最も強い人間だと思い込んだ。強くて格好いい男というのは、こういう存在の事を云うのだと思ってしまったのだ。思い立ったが吉日と、ピカチュウは寝床に帰ると今まで人間から奪ってきた物品を漁り、そして自分の頭のサイズに合うマスクを被ったのだ。

 勝利のカウントはワン・ツー・スリー。中途半端な知識を得たピカチュウは、相手を地面に叩きつけてから三秒数えた後、立ち上がれなかった相手に対して勝利の咆哮を上げた。女の子の愛読書を読み耽り、時折、手に入る似たような雑誌をも読み耽り、パフォーマンスも洗練させていった。倒した後のアピールは忘れない、攻撃を仕掛ける時の煽りも忘れない。相手の攻撃を受け切る美学を学んで、半身の姿勢から左右の足の前後を入れ替える独特なステップも身に付けた。

 こうして、マスクド・ピカチュウの原型は少しずつ固まっていったのだ。

 

 しかし、これは彼にとって不幸の始まりでもあった。

 不幸と呼ぶには、あまりにも因果応報ではあったのだが、マスクを被った事によって、他個体との区別が付けられるようになってしまったのだ。ピカチュウがマスクを被るのは勝負を挑む時だけ、それでもマスクの被ったピカチュウの噂はトキワシティの巡査達の耳に入り、マスクド・ピカチュウ対策本部が設立される。

 こうして、大々的な討伐作戦によって、ピカチュウはトキワの森に居られなくなってしまったのだ。

 

 だが、ピカチュウはトキワの森を追い出されても悲しんではいなかった。

 確かに寝床が奪われるのは悔しい事だ。しかしピカチュウの目的は次に向いていた。とある雑誌の情報から、この世界にはチャンピオンロードと呼ばれる場所があることをピカチュウは知っていた。その道の果てに真のチャンピオンの座に着ける、とピカチュウは本気で信じていた。セキエイ高原、それはピカチュウにとって聖地の名称。ポケモンリーグ、それはピカチュウにとって聖戦の舞台。

 ピカチュウは己の可能性を信じて、身ひとつでチャンピオンロードに臨んだのである。

 

 数週間後、ピカチュウはしわくちゃな顔になってトキワシティに帰って来た。ポケウッドの俳優も顔負けの悲壮感をまとっていた。

 

 井の中の蛙は大海を知らなかった。

 大海に挑むことすらも敵わず、チャンピオンロードの屈強なポケモン達に打ち倒されてしまったのだ。

 それで泣く泣くトキワの森に戻って来たのだが、そこにはもうピカチュウの居場所はなかった。

 荒らされた寝床、周りからの疎外感。

 

 一時期、ピカチュウは確かにトキワの森のチャンピオンであった。

 しかしかつての孤高は今、夢に破れた敗残兵。直接、襲われることはなかったが、今まで暴れ回ってきたツケが回って来た。

 唾を吐かれるような毎日に、ピカチュウは耐え切れず、トキワの森を後にする。

 

 孤高の存在は、この時、初めて孤独を知ったのだ。

 

 ピカチュウはトキワシティを駆け抜けて、南へと降っていった。

 この時はもうピカチュウは周りのポケモンを痛めつけるような真似をしなくなった。

 身の程を知った、もう前のように暴れるつもりはなかった。

 ひっそりと暮らしていけば良い。

 

 しかし、長年、ピカチュウは奪うことで食事を得ていた。

 

 ポケモンを襲わない、トレーナーを襲わない。

 しかし本来の食事の取り方を忘れてしまったピカチュウは確実に衰弱していった。

 弱る身体、死が近づいてくる感覚、嗚呼、最後に思うのは、初めて食べたポケモンフードの味だった。

 死ぬ前に、もう一度、あれが食べたい……

 

「……君、大丈夫?」

 

 そんな死の淵に出会ったのが、彼女だった。少女だった。

 この時は茶色がかった髪を下ろしている時だった。

 ぐうっ、と鳴いたお腹の音に、彼女は慌ててコンビニまで走って、自分の目の前に食事を転がした。

 それはポケモンフードだった。

 齧ると、奇しくもそれは、初めて食べたのと同じ味。

 涙が、溢れて、止まらない。

 

 これが今はイエローと名乗る少女、後の子分との出会いであった。

 

 

 このピカチュウは狡賢くて頭が良い。

 子分が変装した姿を見て、他の誰かに気付かれたくないと察したピカチュウは自らに変装を施した。

 それがこの、かつての姿。マスクド・ピカチュウである。

 

 何処に持ち歩いていたのか、それは不明である。

 持っている道具と一緒に入れられるので、モンスターボールの中にでも入っていたんじゃないかな?

 さておき、ピカチュウはレッド達の姿を見て、この判断が正しかった。と結論付ける。

 

「……なあ、ブルー。あれって、何処かで見たことあるような?」

「何を言ってるのよ、レッド。あんなへんてこなポケモン。見たら一発で分かるでしょ」

「そうだよな……いや、悪い。ちょっと気になってな」

 

 二人が話す中、グリーンだけは注意深くピカチュウを観察する。

 

「随分と愉快な格好のポケモン! しかし、それなりに鍛えられていることは分かる!」

 

 この固い意志を持つ男はマスクド・ピカチュウを前にしても動じない。

 むしろ、イワークを前にしても怯まないピカチュウに関心すらしていた。ピカチュウも恐怖がない訳ではなかった、しかし、この恐怖は前に体験した事があるものだ。チャンピオンロードの屈強なポケモン達、そこで行われてきた縄張り争い。毎日が死と隣り合わせの環境で数週間も過ごしてきた事に比べれば、最低限、命の保証のあるポケモンバトルの恐怖なんて克服できないはずがなかった。

 なによりも、この試合は子分が見ている。

 子分は引っ込み思案な性格だ。レッド達が居る時以外は、ずっと独りぼっちだった。虐められていた。我慢できなくなって飛び出そうとすれば、子分は必死になって自分を止めてくる。こっそりと仕返ししてやれば、子分は自分をこっぴどく叱りつけた。「もうピカチュウなんて嫌い!」って言われて、しわくちゃになった事もある。かといって彼女には虐めっ子に立ち向かう勇気がない。それどころか、ピカチュウも虐められてしまうことを恐れてすらいた。この子分は自分を守ろうとしていた。ずっと一緒にいる大切な友達、そんな風に自分を扱っていた。だから失うのが怖かったのかも知れない、傷付くのを恐れていたのかも知れない。自分のせいで周りが酷い目に遭うことが耐え切れなかったのかも知れない。いじめっ子と同じように周りを傷つける行為を許せなかったのかも知れない。

 しかし、そんなことはピカチュウの知ったことではない。

 

 守るのは自分であって、子分ではない。

 そもそもピカチュウは誰かに守られる程に弱くないと自負していた。

 バトルをさせてくれなかった。

 だから、腕が錆びない程度に野生のポケモンと戦い続けてきた。

 おかげで一匹のコラッタが、今はラッタとしてマサラチャンピオンとして君臨している。

 マスクを被ったラッタが、しばしばマサラタウンの周辺で目撃されていた。

 

 閑話休題、

 

 ピカチュウにとって、マスクは強さの象徴だ。

 自分は守られる程、弱くない事を証明しなくてはならない。

 そして、強さとはなんたるか。

 

 子分に見せてやらなければならない。

 

 このピカチュウは狡賢くて頭が良い。

 出会いは一冊の雑誌だった。かつてピカチュウは強さの意味を履き違えた。

 強さとは勇気、そして慈愛である。

 

 あの時、自分にポケモンフードを与えてくれた事そのものが子分の強さを象徴している。

 

 故に正さねばならない。

 かつて自分が力の使い方を誤ってしまった時のように、子分の優しさの使い方を正さなければならない。

 悪のマスクド・ピカチュウはもう居ない。

 此処にいるのは、善のマスクド・ピカチュウである。

 そうしたのは、子分の優しさによるものであると、ピカチュウは証明しなくてはならなかった。

 

 強さとは力ではなく、その生き様に宿る。

 

 故にピカチュウは闘志を振り絞った。

 勝てない戦いだってことは分かっている、しかし、ピカチュウは感謝する。この舞台に立たせてくれた事、この機会を与えてくれた事、ピカチュウはパープルに全身全霊の感謝を送る。

 絶対敗北の状況。しかし、勝つ、という闘志を微塵も揺らがせなかった。

 

「ピッカァッ!!」

 

 来いやあッ! とピカチュウが叫んだ次の瞬間、錐揉み回転の()()()()()がクリーンヒットした。

 

「……ピカチュウッ!」

 

 たった一撃の()()()()()により、壁際の岩まで吹き飛んだポケモンの名をパープルは叫んだ。

 タケシはぽかんと口を開けており、イワークは少し気まずそうに吹き飛んだ先の見つめている。

 砂煙、砕けた岩の瓦礫。その中から、ゆっくりと立ち上がるマスクを被った黄色い電気鼠。

 ピカチュウは額から血を流しながらも不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「ピッカァ! ピカピカァ! ピ……カッチュウ!」

 

 パァンと右手で胸を張り、手招きでイワークを挑発する。

 そのプロレス染みた仕草が、虚勢だってことはすぐに分かった。何故なら脚は震えているし、左手は岩に手を置いている。

 立っているのも限界の姿。

 しかしピカチュウは「ピッカァ~?」と首を傾げた後、ダンッ! と足で地面を叩いて、技を繰り出した。()()()()()()()。突然の高速移動にイワークは反応できず、その顎を()()()()()()()で蹴り上げられる。

 しかしダメージは通らなかった。

 

()()()()()だッ!」

 

 タケシの指示に従って、懐に入ったピカチュウを締め付けようとした。

 しかしピカチュウは()()()()()()()で蜷局の隙間から抜け出した、その間際に()()()()を浴びせる。しかし効果がない、ピカチュウは舌打ちする。イワークが大口を開いて、距離を取ったピカチュウに向けて、()()()()()()()を放った。

 その息吹は、ピカチュウの身体を巻き込んだ。

 

「よしッ!」

 

 タケシが拳を握る、その視界の端を高速で駆け抜ける黄色い影があった。

 イワークが捉えたのは()()()()()()。再び放った()()()()()()()で懐に潜り込んだ、タケシは()()()()()を指示する。

 錐揉み状に回り始めるイワークの身体、これを待っていた。とピカチュウはほくそ笑んだ。

 

 ピカチュウはイワークの回転に合わせて、ほんのちょっと力を加える。

 それだけでイワークは体勢を崩し、地面に仰向けで倒れてしまった。これは()()()()()()の応用だ。ピカチュウの大袈裟な動きも相まって、周囲からはイワークを投げ飛ばしたようにも見えた。これが観客にはウケて、歓声が上がった。配信画面の向こう側にいるポケモントレーナー達も大はしゃぎだ!

 ピカチュウは動きを止めることなく岩を登って、手ごろな高台まで駆けあがった。

 黄色い電気鼠が配信カメラを指で差した。自らの胸を叩いて、もっと盛り上げろと両手でアピールする。これがポケモンバトルに意味のある行動なのかは定かではない。しかし、ピカチュウのボルテージは確実に上がっている。観客のボルテージは勿論、最高潮だ!

 まだ仰向けになっているイワークに向かって、宙返りしてからの大技フライングボディプレス!

 ただの()()()()()が炸裂する!

 

 こうかは いまひとつの ようだ……

 

 むしろ岩相手にフライングボディプレスをかましたピカチュウの方がダメージを負ってしまって地面で悶え苦しんでいる!

 観客の一人が目元を手で覆った、配信画面に大量の草が生える! ピカチュウは最初の()()()()()以降、攻撃を受けていないにも関わらず、満身創痍の身体をゆっくりと持ち上げる。同時にイワークも体勢を直す。

 ピカチュウの身体はもう限界だった。というよりも最初の()()()()()の時点で赤ゲージである。

 

 もう動き回ることは叶わない。

 ピカチュウはガクガクの足で腰を落とし、相手を受け入れるように両手を大きく開いた。

 そして、来いよ。と顎でイワークに指示を送る。

 

 最後の攻撃は、錐揉み回転の()()()()()

 それをピカチュウは逃げることなく、真正面から受け止めたのだ。




ピカチュウの技はやんちゃしていた頃、
トレーナーから奪った技マシンのものが多数含まれています。
お気に入りと感想、評価をお願いします。

▼パープル
オニドリル♂:Lv.29
スピアー♀:Lv.30
サイホーン♂:Lv.26
ピカチュウ♂:Lv.22

▼レッド
イーブイ♀:Lv.12
ヒトカゲ♂:Lv.14
ピカチュウ♂:Lv.9

◆グリーン
ポッポ♂:Lv.15
ゼニガメ♂:Lv.14
コラッタ♂:Lv.10

▼ブルー
ロコン♀:Lv.13
フシギダネ♂:Lv.12

▼タケシ
イワーク♂:Lv.57:たいあたり

※レベルは目安
※記載のある技は、通常の効果以上に鍛え上げた得意技。

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