ソフィアと魔剣、骨羽   作:鈴本恭一

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②大陸王者

 大陸王者の猛攻は、今までと比較にならなかった。

 夜の試合。

 煌々とした照明に照らされる、無天井の闘技場。

 一瞬のうちに数撃を繰り出す高速攻撃を、王者は休むことなく浴びせ続ける。

 

「っ!」

 

 ソフィアはそれをどうにか凌ぐ。

 高速でありながら一撃一撃が重く熱い。大陸王者は加熱魔法の魔剣だった。ソフィアとは正反対の魔法。真っ赤な熱剣がソフィアの冷却旋風をものともせず振り回され、凄まじい攻撃の嵐は止むことがない。

 

 ―――耐えきれない、と彼女は思った。

 

 大陸王者の攻撃は、兄弟子達はおろか師匠よりも激しい。兄弟子達数人を一度に相手しても凌ぎきれるソフィアでさえ、大陸王者の留まることを知らない剣技にいつまでも保ちはしない。

 

 打つ手は2つしかなかった。

 

 ひとつはソフィアの魔剣が放っている魔法を弱め、その分の魔力を防御に割く。魔力の大部分を魔法の展開に使っているから不利なのであって、それを解除すれば、今のソフィアの技量なら大陸王者とまともに打ち合えるはずだった。

 が、

 

「……ふざけるな」

 

 ソフィアは拒絶した。

 それは彼女の戦い方を放棄するに等しいからだ。

 

「魔剣!」

 

 魔剣を裏切って勝つくらいなら。

 魔剣を信じて敗れてやる。

 ソフィアは魔剣に命じた。

 

「凍てつかせろ、中空を」

 

 その瞬間。

 2人の魔剣士の頭上に浮かぶ切っ先が、今までで最大の瞬間風速を叩き出した。

 風の中の水分はあっという間に凍結し、暴風がそれを闘技場の全てに撒き散らす。

 あまりの風の勢いに観客席の防御魔法が破壊され、観客から悲鳴が上がる。あまりの寒気に避難誘導が始められた。

 

 ソフィアの魔剣はそんな程度では済まさなかった。

 

 瞬間冷凍された風が凄まじい速さで大地に雪崩れ込み、さらに天井のない闘技場の上空からも風を吸い込んでいく。

 竜巻は渦潮のように周囲の風を飲み込み、大地の底へ引きずり込んでいった。闘技場のあらゆるものが凍り付き、防護ゴーレム装置群がその機能を失っていく。

 

 が、そんな猛吹雪の中でも、大陸王者は攻撃を緩めなかった。

 真っ赤な魔剣はなおもソフィアを襲い続け、ソフィアはそれに翻弄される。濁流の中の木の葉だった。

 そして大陸王者は気付く。

 ソフィアは魔法の威力を上げたが、それと引き換えにソフィア本人の防御が弱くなっている。

 自身の守りを下げ、魔法の強さを上げた。

 

 苦し紛れだと彼は思った。

 威力が多少上がろうが、彼の魔剣の加護を突破するほどではない。

 あと数回も剣撃を振れば、それで終わる。

 彼はそう確信した。

 ……実際、その読みは正しかった。

 あと何撃かを繰り出せば、彼は勝利した。

 

 

 ――――――繰り出せれば。

 

 

「やれ、魔剣」

 

 ソフィアは命じた。

 

 それは、白い爆発だった。

 

「!?」

 

 大陸王者は何が起きたのか分からなかった。

 風の精霊が悲鳴を上げている。怒濤の暴風が大陸王者を押し流そうとする。その風速は狂気そのもので、ジーニキリー大陸最強の魔剣士でさえ押し流されないよう堪えるのに必死だった。

 凍り付いていた闘技場の設備は抗うことも出来ず押し流され、避難して無人となった観客席を薙ぎ払う。吹き飛ばされた諸々は大きな螺旋を描いて宙に舞い上がる。轟音を唸らせて何もかもを根こそぎ削ぎ落とし、暴風は巨大な竜巻となった。

 その竜巻の大きさは闘技場を丸ごと呑み込み、周囲の出店群さえ巻き込んだ。

 

 闘技場を中心に異様な寒波が吹き荒ぶ。

 

 風圧で人も物も押し流され、魔力街灯は機能を失い、水道管が破裂する。嵐によって車も馬車も転倒し市街地で事故を引き起こす。

 夜の街は突如として光と熱を喪い、暴風で大混乱に陥った。

 それがひとりの魔剣士によるものだと、その時は誰も知らなかった。

 

 大陸王者を除いて。

 

「が、あ…っ!」

 

 大陸王者は呼吸が出来なくなるほどの風圧に耐えながら、挑戦者の魔剣士を睨んだ。

 ソフィアはプラチナブロンドの髪を千切れそうなほど真横になびかせ、立っていた。

 ただ立っているだけだ。

 もはや魔剣を構えてさえいない。防御の構えどころではない。

 風に流されない程度の魔力しか使っていなかった。

 ただの一撃で倒せる。

 王者は魔剣を叱咤し、最後の攻撃を行おうとする。

 そんな彼の視界に。

 

 

 

 ――――――――青い雪が降った。

 

 

 

「……なんだ?」

 

 暴風に混じって王者の体に吹き付けられるのは、淡い青色のみぞれだった。

 水のそれではない。

 風の中の水はとうに細氷や雪になって吹き飛んでいる。

 何かおかしい。

 彼が直感で理解した、その直後。

 

 彼の体が、凍った。

 

「!?」

 

 驚愕する大陸王者。

 その驚きの表情のまま、彼は凍り付いていく。

 灼熱を放っていた魔剣が、悲鳴を上げていた。

 持ち主を異常冷却から護ろうと魔力を上げていくが、その力は薄青のみぞれへ触れた途端に減衰する。そのみぞれは余りに冷たすぎた。魔剣自身は凍らずとも、魔剣使いはその冷気に耐えられない。王者の魔剣の加護をもってしても。

 

「何を、凍らせた!?」

 

 ただの雨雪ではなかった。水の精霊を全く感じない。

 ソフィアは何も答えなかった。

 ソフィアも王者と同じく薄青のみぞれが掛かっているが、彼女に動じた様子はない。

 彼女もまた極端な冷気で体が凍り掛けているというのに。

 凍結していく王者を、満足そうに眺めていた。

 

「貴様…!」

 

 王者は怒りに震えた。

 風の精霊の気配が希薄になる。

 彼の声は響かない。

 

「剣を交えないで終わらせる気か、魔剣士が!!」

 

 凍り付いた体は、震わせることももう出来ない。

 彼の声は届かない。

 

「けがらわしい! 魔剣使いの面汚し! バーバヤガーめ!!」

 

 彼の声は響かない。

 不意に、竜巻が崩壊する。

 大竜巻の中心、嵐の目のようになった空間へ、青い氷雨がスコールのように降り注いだ。

 ソフィアと王者の両方を凍結の波が呑み込んだ。

 魔剣士2人を含め、闘技場を丸ごと過冷却の怒濤が襲う。青い雪はあらゆるものを一瞬で凍り付かせ、そして溶ける。溶け出した雪は凄まじい勢いで周囲を吹き飛ばし、明かりを喪った街をさらに蹂躙した。

 もはや試合どころではなかった。

 

 

 ……そういった混乱がなんとか沈静化し、四魔協の大会審査員がやっと闘技場の中に戻ったとき。

 薄い空気と白い息の向こうで、彼らは観た。

 

 

 

 全てが凍った大陸王者へ、魔剣を突き刺したソフィアの姿を。

 

 

 

 

 ソフィアはジーニキリー大陸の新王者となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――ソフィアが師匠から破門されたのは、その直後だった。

 

 

 

 

 

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