酷く『幸運』なウマ娘   作:2+e

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第一話

 今日の空模様は、青い空に燦然と輝く太陽がいる。つまるところ晴れ。

 暖かい日の光を感じながら、まっすぐに伸ばした身体を地面に向けて、前屈を始める。

 くっ、くっと何回かその動きを続けて、すぅ。と息を一つ吐いて、今度は後ろに身体を倒した。

 

 艶やかな白の髪が後ろにたなびき、顔がさらけ出される。

 

 汗一つないその顔は、自分でも分かるほど酷く無表情。

 ここで自分一人で準備運動をしている私には、対人力や友人関係を作る能力というものが実に欠けているのだなと改めて実感をする。

 

「よぉ! お前も一緒に走るんだろ? よろしくな!」

 

 そんな中、後ろから声をかけて来たのは、ちょっぴり癖毛の、赤い髪のウマ娘。

 とても元気溌剌そうで、コミュニケーション能力に長けているように見える。

 この人は、きっと私が苦手そうな人だ。

 

 そう思い、少し憂鬱になりながら、半笑いで返答を返す。

 

「……こんにちは、よろしくお願いします」

 

 言葉を放ちながら、もう一つ、憂鬱になる理由を思い出して、そっと顔を伏せた。

 彼女はそれに気付いていないのか、私を見ているのかも分からないが、楽しそうな声色で話してくる。

 

「まぁ、お前も頑張れよ! 私が一着は貰っちまうけど、お互いここでばっちりアピールしないとな!」

 

 あぁ、最悪だ。この状況も、こんな感情が湧き出てきてしまう、自分も。

 

「いえ、勝利は私のものです……私は()がいいので、勝ってしまうでしょう」

 

 そう、言葉が口をついて出てくる。

 あぁ、こんな事言いたくはないのに。私のどこかにある感情が、勝手に発声しているのだ。

 

 そう思っても、それを言の葉にする事はできない。

 それはこの言葉が私の本心だからだろうか、それとも──

 

「へっ、中々言うじゃねぇか、運ってのに頼るのは気に入らないけどな」

 

 そう、鼻を搔きながら言う彼女を意識から外し、思考を中断してレースの準備を再開した。

 

 

 

 今回の模擬レースは、まだ担当トレーナーが付いていないウマ娘たちのアピールチャンス。

 それと同時に、まだ発掘されていない将来有望なウマ娘を発見するためのトレーナーへのチャンスでもある。

 

 選抜レースを何らかの事情で参加できなかったり、スカウトされなかったウマ娘。

 それでも中央で頑張りたいという彼女らの為、学園から催される一種の救済措置のようなものだ。

 同時にそれは、ここを逃すと後の救済はもう無い、という意味でもある。

 だからこそ、複数回行われるこのレースの一回を大事にしたいウマ娘たちが必死で争う。

 

 実際のレースに負けるとも劣らない、選抜レースよりも殊更に実戦的な場所なのだ。

 

 私は、それも相まってこのレースまでトレーナーを探さなかった。

 強制される選抜レースの結果もそこそこの順位になるようにし、それでも勧誘をしてくるトレーナーは断った。

 

 本当に私を担当にしたいのならば今回の場でもう一回勧誘してくるだろう。

 そう思って、完全に断るような言い方はしなかったが。

 

 それはともかく、このレースは私にとっても重要ではあるのだ。気を引き締めなければいけない。

 

 そう思ってはいるが、どうにも真剣になれずにいた。

 どうせ、よっぽどのことをしなければ……そう思うと、真剣さも薄れる。

 

 気怠げな感じをどうにか隠し、ゲートに入る。

 

「準備いいか!」

 

 その声で、ようやく走る体勢へと準備をする。

 

 ジリ、と音を立て、靴が地面を擦る。すべてのゲートのウマ娘たちが前を見つめ、タイミングを見極めるこの瞬間。

 

 

()()()()()、今のような気がした。その予感に従い、スタートを決めた。

 

 

 身体が動く。左足が前に振り出される。

 腕が動き、鼻がゲートへと触れるその瞬間、ゲートが開いた。

 

 ほんの僅かに皮膚を擦って、完璧なタイミングで前へと飛び出す。

 

 その一瞬前に、近くにいた鳥が鳴きだした。

 その音に気を取られたのか、私以外のウマ娘は、僅かに出遅れた。

 

 そのお陰で()()にも、私は先頭を掴んで快調なスタートを決めた。

 

 私の作戦は逃げだ。初手で先頭に立つことで、これからのペースを──ある程度は──自由にコントロールできる。

 最初からずっと加速して、後半に失速する破滅的な逃げなどをしなければ逃げの作戦の者がレース全体の展開を握ることが多い。

 

 私はペースコントロールが苦手なので、あまり()()()()()()()()()が、今回はバ群に呑まれたくなかったので逃げという選択肢を選んだ。

 

 私が先頭。少し後ろにさっき話しかけて来たウマ娘。軽く出遅れたその他大勢。

 

 成程。さっき大口を叩いていたが、あながち見栄という訳でもないのかもしれない。

 唯一出遅れもしなかったようだし、しっかりと私についてこれている。

 

 最初のカーブへと差し掛かり、後ろを軽く確認しながら、同時にペース配分を考え始める。

 少し離れて、先行して走るのが三人。その後ろでまとまって走っているのが五人。その後ろに二人。

 

 ──―先行の赤毛のウマ娘だけ、注意すれば良いだろう。

 

 ────――――――

 

 しなやかな足がターフを蹴る。一見してただ走っているだけのようだ。

 しかし見る人が見ればそのフォームは奇跡的なバランスに支えられたものだとわかるだろう。

 

 滅茶苦茶な走り方だ。技術も何もない。ただ、それが偶然にもうまく噛み合って高い推進力を生み出している。

 

 白く細やかな髪がたなびく。ピンと立った耳に、その美しい顔に。流れる風が当たる感触が心地いいのだろうか。

 それとも、走りそのものを楽しんでいるのだろうか。

 

 この模擬レースという場。他のウマ娘が全員必死な顔をしている中、彼女は笑っていた。

 

 カーブに入り、柵の側を駆ける。そのまま内へ、内へと進み、柵のスレスレを駆ける。

 その走りは、到底デビュー前のウマ娘とは思えないほど、完成されていた。

 

 勿論、フォーム的な問題や肉体的な部分など、まだ甘く荒々しいところも目立つ。

 それを加味しても、今このレースに参加しているということが嘘のように素晴らしい走り。

 

 もし、この娘がもっと成長すれば──―確実に、歴史に名を遺すウマ娘となるだろう。

 そう、トレーナーたちは確信した。

 

 無論レースはまだ終わってなどいない。

 しかし、極一部、情報通のトレーナー以外は、この瞬間、スカウト候補の一位を確信したであろう。

 

 この場にはそのようなトレーナーは少ない。

 とりわけ、このウマ娘があの()()()()()()の勧誘を断ったことを知っている者は。

 

 ────―

 

 カーブを曲がり切り、最後の直線へと入る。

 逃げというのはその作戦上、ずっと先頭を保って走るため、最後の加速力に欠ける。

 当然、私も既に脚が悲鳴を上げていて、これ以上の疲労を拒むかのように段々と重くなり始めていた。

 

 筋肉はあまり付いていなく、むしろ若干の脂肪がついている私の足は殊更、酷く痛む。

 あぁ、もっと普段から真剣に練習しておくんだった。

 そんな考えが頭によぎるも、もう遅い。

 

 後悔はいつだってすべてが終わった後に来る。

 なら、考えるよりも先にやるべきことがあるはずだ。

 

 歯を食い縛り、後ろへと目を向ける。肩の上を通った視線は、こちらを睨む茶の虹彩と交差する。

 

 やはり。

 

 他のウマ娘は後方に墜ちていて、私に食らいついているのは赤毛だけだ。

 

 後ろからじりじりと距離を詰められる。

 ──―間に合わない。

 

 そう直感した。後ろからの追い上げに対して保っていたリードが少なすぎる。

 このままでは、間違いなくゴールまでに追い付かれる。

 

 ようやく、闘志に火が付いた。しばらく使っていなかったその器官をフルに稼働させ、苦痛を忘れたかのように足が動く。

 

 いやだ、抜かされたくない。負けたくない。

 走る前は微塵も感じていなかったその気持ちが、この場になって湧き上がる。

 

 余裕を少しは保っていた顔が、必死な形相へと変化する。

 それでも、距離を縮められる。

 

 すぐ後ろにぴったりと張り付く、私を燃やし尽すような気配。

 強い炎のような紅蓮のオーラが迫り、私を包み込む錯覚をすら感じるほど濃密なそれ。

 

 嗚呼、駄目だ。敵わない。

 

 そう痛感した。してしまった。ここで私は彼女に差されてしまうのだと。

 

 前へと向けられた私の視界。その左端に燃えるような赤毛が映り──―

 突然、消えた。

 

 ガクリ。そんな擬音さえ聞こえてきそうな程、唐突に、急激に。

 

 彼女が減速したせいだとわかったのは、その数瞬後。

 レース中に決してやってはいけないことだと分かってはいたのだが、思わず頭が後ろに動く。

 

 ぐるり、と左に回った私の眼球が掴んだ情報は、彼女が僅かにたたらを踏むような動作をしている。

 それ以外は全く観測できず、原因も分からない。

 だが、彼女のそれによって生まれた時間は、ごく僅かなロスでしかなかった。

 

 しかし、この距離においてその時間は余りに大きく。

 

 同時に、私がゴールラインを通過するのには充分な時間であった。

 

 そのまま僅かな余走を入れて停止する。先頭のままレースを走り切って、赤毛と激戦を繰り広げて。

 そんな風であったのにも関わらず、ロクな達成感も得ることができず。

 膝を両手で抱えるようにしながら、肩で息をする。

 

 全く勝った実感が湧かない。酷く痛む肺も、疲労し切った脚も、身体の運動器官の全てが激戦を繰り広げた証拠を提示してくる。

 だというのに私の頭は冷え切って、心には実感がこもらず、勝利したという事実に打ち震えることもない。

 

 酷く、空虚な、気分だ。

 

「……クソッ」 

 

 思わず、酷い言葉が漏れる。仕方ないよ。そう、仕方ない……

 あんまり期待はしていなかったとはいえ、あんなウマ娘がいたら、期待してしまうのは仕方ない。

 

 あんな、思わず勝負に没頭してしまうようなウマ娘がいたなら、私を……

 いや、むしろこれはいい機会だったのではないか? 

 

 こんな場所でそう思えたのであれば、ゆくゆくは出る、GⅢやGⅡ。GⅠレースなら。

 そうだ。私の目的はそれなのだ。こんな所で止まっている場合ではない。

 

 重い脚を引きずるようにしながら、ターフを離れる。

 トレーナーが集まっている方へと歩く。

 

 一番いい予感がするトレーナーを選ぶために、ゆっくりと歩を進めようとした。

 

「ちょっと待てよ」

 

 後ろから声がかけられた。

 

 ……何ですか? 

 

 そう返事をして後ろに振り向く。

 

「お前、つえーじゃん! 運だけで勝つとか適当なこと言ってっからちょっと腹立ったけど、実力もあるんじゃ文句言えねーわ! 次戦うときがあったら負けないかんな!」

 

 えぇ……この人はいまだにそんなことを言っているのか……

 アレは間違いなく私の実力ではない。運によって起こった結果だ。

 

「いえ、私が勝ったのは間違いなく運によるものです。最初に起こった鳥の鳴き声。貴方の原因不明の減速。それらは意図的に起こるものとは思えません。ならば運という現象によって片付けるしかないでしょう」

 

 グッと赤髪の口角がつり上がる。

 顔を引き、こちらに向かって怒鳴りつけて来た。

 

「お前、ふざけるなよっ! 私はな、運って言葉が一番嫌いなんだよ。勝負において常に最重要視されるべきは努力であり実力なんだ! 

 私が小石を踏んで減速したのも、私が普段からもっと警戒を払うか体幹を鍛える練習をしていれば避けられた! だからこそ私はそれを評価したっていうのに!」

 

「努力によって培われる実力こそが勝負の運命を決定づける唯一の物なんだよ! いくら運が良かったとて弱いウマ娘(デビューすら出来ないもの)強いウマ娘(重賞勝利勢)に勝つことなどできない! 全ては努力の上になり立つものなんだ!」

 

「このレースに来たウマ娘はみんな努力をしてきた! 全てをここに賭けている奴だっている! それをお前は全て運なんていうものだけで勝ったなどと言いやがる! 馬鹿にするのも大概にしやがれ!」

 

 

 ……言葉が、出なかった。

 

 

 私は……他のウマ娘たちを全然考えに入れていなかった。

 ただ、自分の実力を確かめるために、それだけの為にこの機会に賭けていた他のウマ娘たちを全て殺す。そんな行為をしていたのだ。

 

 ……それでも、それでも……私よりはマシ。私よりも強くなかったのが悪いのだ。

 

 けして理不尽ではない。努力すれば乗り越えられた壁だ。

 最初に注意が逸れたのが悪い。出遅れなければほとんどのウマ娘は私についてこれていたはず。

 減速したのも偶然だ。何回も走っていれば、偶然何かに足を取られることだってあるだろう。

 それとも、オーバートレーニングとかで足を疲労させ過ぎたせいじゃないか? 

 

 これは全部、彼女たちが自分の努力で乗り越えられたはずの壁なのだ。

 彼女たちの努力が足りなかっただけなのだ。

 それで、私が何か言われるのはおかしい。

 

「あ、貴方の……努力が足りなかったのでは? 運だって実力です。私の運を乗り越えられなかったのは努力が足りなかったせいですよ。だ、だから私に何か言うのは間違いです。これ以上声をかけてこないでください」

 

 これ以上話したくないなぁ……穏便にこれで帰ってもらえないかなぁ……

 こういうタイプ苦手だし……

 あっそうだ。単純そうだし、こう言えば帰ってくれるんじゃないかな? 

 

「それと、私にこんな話をしてる暇があるなら、この時間を使って一秒でもトレーニングをした方がより強くなれると思いますよ……? 貴方そういうの得意そうですし」

 

 そんな思考が渦を巻く。自己を正当化するためだけに積み立てられた理論。

 積み立てて、すぐに次に移り。自分を蚊帳の外へ置く。

 

「二度と私に近づくな。お前ともう会いたくない」

 

 そんな思考だから、こう突き付けられても僅かばかりの疑問符と、話さなくてよくなったという安堵しか浮かばない。

 

 あぁ、よかった。私を受け入れて(遠ざけて)くれた。

 

 そう思って、トレーナーを探しに戻る。

 既に赤毛は視界におらず。

 

 私の思考からも、消え去っていた。

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