酷く『幸運』なウマ娘 作:2+e
―――、―――が一着!
凄いなぁ…姉ちゃんも、あんな凄いウマ娘になれる?
ふふ。と笑い、キラキラした目を向けてくる弟へと言葉を返す。
弟よ、お前が期待する姉が出来ない道理はないのだ!お前から期待されているなら、私は何でも成し遂げて見せよう!
若干の芝居がかった口調で弟に見栄を張る。
本当はそれがどのくらい厳しいことか、薄々察してはいたけれど。
弟の期待は裏切れない。だって私は、姉なのだから。
あらあら、という目で見つめてくる母。
貴方がそんなウマ娘になってくれたら、私も鼻が高いわ。精一杯応援するからね!
我関せず。そんな言葉の通りに全く気にしないで新聞を読んでいた父も、内心は期待していたのだろうか?
トレーナーさん、トレーナーさん。
どなたかいい人はおりませんか。
そう願い、いるトレーナ一人一人に目を向ける。
どれもパッとしない。見た目的な意味でも、直感的な意味でもだ。
話かけてくる数々のトレーナーを無視する。
身なりがちゃんとできていない人はあまり好きではない。
そのような人は指導も雑になりがちだからだ。
ちゃんと指導をしてくれて、私に偏見を持たない人。そして、私の夢を叶えてくれる人。
そんな条件を考えつつ捜すも、見つからない。
直感にくいと来る人がいないのだ。
「君、名前を聞かせてはくれないか?」
無視。
「凄い走りだったね! 是非ウチに……」
無視。
全ての誘いが外れだと分かる。
こんな事ならば、大分前に貰った女のトレーナーからの誘いを受けておくべきだったやもしれない。
そう思って、視線が地面に落ち、僅かに息が洩れる。
あのトレーナーが今のところ一番良さそうな予感がしてたのだけどなぁ……
今更後悔しても遅いか。
まさかあのトレーナーに頭を下げに行くわけにもいかないしなぁ。
流石に今からじゃ受け入れてくれないだろうし。
なんてことだ。私の判断力が悪いと幸運も大して意味をなさないのか。
あまりそういう経験がなかっただけに、このような体験は初めてだ。
うーむ。やはりどうしようもないのだろうか……
そんなことを考えながら帰路へとつく。
これ以上ここに居てもどうにもならなそうだし、なる気もしないからだ。
すべて失敗だった。私がこのレースに参加したことも、勧誘を断ったことも。
あーあ、どうしようか。
そう呟いて、目線を上に上げる。
その先にあったのは、こっちに走ってくる、くたくたのスーツに身を包んだどうにも幸薄そうなトレーナーと思しき人物だった。
「アッ、あの、すいません! 模擬レースってもう終わっちゃいましたか?」
息を切らして喋ってくるその様子は、酷く滑稽に見えて。
そして、これを伝えるのが少し心苦しくなった。
「……はい。ついさっき。結果ならこの先にいるトレーナー方に聞くといいと思いますよ」
「助かりました! ありがとうございます! ……参ったなぁ、ここで担当見つけないとまずいんだけど……もう駄目かね……」
……この人も私のような状況なのか。だけど、私にこの人を助ける義理は何も……
ない。そう思って、止まる。
目の前にいるトレーナーをじっと見た。
さっきから思っていたが、どうにも違和感がある。
この人からやけに引っかかるものを感じる。
模擬レースには遅れて来て、スーツを整えることすらできていない、最低限ができないトレーナー。
何故? なぜこんなにも違和感が生じるのだろうか?
そう思うも、全くと言っていいほど掴めない。違和感の正体は何なのだろう。
「あの……すいません、もう行っても大丈夫ですかね……? ずっと私を見ているのでどうにも言い出しづらかったんですが……」
「あぁ、ごめんなさい」
引き留めるつもりはなかったんです。そう言いたくて、言葉が出ない。
言いかけて、喉が詰まる。
……はぁ。私はやっぱり駄目だ……
走っていくトレーナーを見て、つくづくそう感じる。
あの人はそれでも目的のために努力しているが、私は……
そう思ったところで、違和感の正体に気付く。
あの人からは、ウマ娘に対する確かな熱意が感じられた。
それなのに、それに似合わない行動しかしていないのだ。
模擬レースには遅れてくる。
スーツをまともにセットすらしない。
そう言えばあのトレーナーの噂は学園内で囁かれていて、私にもたまに聞こえてきていた。
優秀なトレーナーと言われているのに、どうにも実績が伴わない。
そんな、不思議なトレーナーとして。
そういう噂が立つものだから、トレーナーになってもらってもうまくいかないのではないか、とみんなが敬遠していた。
当然、私も。
確か、名前は……
「待ってください!
たったった、と走っていたトレーナーが、ピタリ、と足を止める。
「……です」
「え? すいません、よく聞こえなくて……」
「
あ、あぁ……ごめんなさい……
そう呟いて、本題に移る。
「あ、あの! 私のトレーナーになってください!」
────―
「私のトレーナーになってください!」
そう言われたときに、目の前のウマ娘は何処か気が違っているのではないのかと思ってしまったのは仕方のないことだろう。
確かに私は多少名前が知られているトレーナーかもしれない。しかし、それは悪い意味でだ。
けして名トレーナーとしてではない。
『運の悪さだけで実力を帳消しにした男』なんて同期から渾名もつけられた。
正直、それはもうどうでもよかった。
一つだけ、一つだけの望みがどうにか叶えば、もう雑用だけしていてもいいと思っていた。
トレーナーとして、私がこれまで築き上げて来たすべてが無駄ではなかったのではないと証明したい。
酷い自己満足のエゴだ。そのために、一人のウマ娘の全てを台無しにしてしまうかもしれない。
それでも、私は自分を信じたかった。ただ、それだけだ。
それなら、別に目の前のウマ娘が気狂いでもいいだろう。
結局のところ、ウマ娘というのは勝ったやつが称えられる、実力主義の世界なのだから。
「本当に私でいいんですか? まだ一回も担当したことがない新人トレーナーの私で?」
「ええ、いいんです。あなたは、さっきレースに来ていた他のどのトレーナーよりも、優秀でしょう?」
言うねぇ。
こういうウマ娘は好きだ。
だからこそ、嬉しくなってしまう。
「分かりました。契約しましょう。これからは忙しくなりますよ?」
覚悟の上です。
そうハッキリと言う目の前のウマ娘に、ふと忘れてたことを尋ねた。
「そういえば、あなたの名前は何というんです?」
確かに言い忘れていましたね。私の名前は──―
「パストスペル。これからよろしくお願いします、トレーナーさん」
僅かな笑みを零しながら名乗る彼女は、酷く美しく。
生まれてから殆ど感じたことがない、幸運の女神が微笑んだようだった。
「こちらこそ、よろしく。パス」
いきなり愛称!? と言わんばかりに目を見開いてこちらを見てくる様子に、思わず私も笑ってしまう。
ははははは、と大きな声で笑いながら弁解する。
だって、仕方ないじゃないか。どうにもこう呼ぶのがしっくり来たんだよ。
そう言って、歩き出す。
なぁ。お前は、俺が進むべき道を示してくれるのか?
いや、むしろ。
俺がこいつの夢を叶えてやる。
トレーナーとは、そういうものだろう。
夢へと導き、同時に、導かれるもの。俺は、そういう存在になりたかったんだ。
────―
なにか気持ち悪いことを考えているような気がする。
そういうような感覚がしたので、隣にいるトレーナーを見上げた。
きりと正面を見つめているばかりで、何を考えているかは窺い知れない。
だけれど、なんとなく分かる。
この人は、きっと馬鹿だ。
だけど、この選択は間違っていなかった。
そう思える何かが、この人にはある。
それだけで充分だろう。私が他人を信じる理由としては。
んふふ。そう笑いながら、すたすたと歩く。
また、信じられる他人ができた。
家族のみんなも、少しは喜んでくれるかな?
その後、トレーナーに諸々の手続きはこっちでやっておくから、今日はもう帰って休めと言われた。
私も実際模擬レースで疲れていたため、二つ返事で頷いた。
だが、流石にあの態度はどうなのだろうと思う。
『今日はもう寮に行って休め。運動はするな。これからは俺がトレーニングを管理する』
だから、お前は勝手に自分でトレーニングを行うな。
随分勝手に言ってくれたものだと思うのだが、気迫があって逆らえなかった。
ついさっきまで醸し出していた気安さも丁寧さもかなぐり捨てた声色と口調。
思わず気後れしてしまった。
は、はい……と何も考えていない馬鹿みたいな返事しかできなかったが、いつもこんな返事をしていることを思い出し、諦めた。
アレが一番指示が伝わりやすくて効率的、という意見自体には賛成できるのではあるが、それにしたってもう少しやりようはあるのだと思うのだ。
いくらなんでも効率を追い求めすぎだろう。そう愚痴りながら、寮までの道を歩く。
固い地面をふと見降ろして。
結局のところこんな場所でしか言葉を発せない自分に苛立つ。
コミュニケーションが苦手というのは、陽気な人物が多いウマ娘の中では最悪の部類の欠点だと思う。
そう当人は思っているのだから、そうに違いない。
他人に愚痴る趣味を持つつもりはないが、やはり同室のウマ娘以外との交流が少ないというのは少し悲しくなる。
友人関係を広げたいわけではないが、内心どう思っているにせよ友人が少ないというのはデメリットの面が強い。
トレーナーに少しこのことを漏らしたときは悲しそうな顔をされた。
だけれど、当人の幸せを決めるのは本人だけの特権だろう。
うむうむ。だから私は幸せなのだな。
3秒前のことをすぐに忘れる脳みそは、こういう時にはすごくありがたいものだ。
ずっと自分のことを嫌いにならないでいられる。
自分一人で自分の機嫌を取ることは大事だ。
それはいつだって、どんな場所でも共通する不変なものだ。
しかし、他人から褒められるというのも悪いことではないな。
そう思わせてくれるのが私の同室のウマ娘。
「むむ……大吉です!」
マチカネフクキタルだ。
彼女はいつも私を占っては、大吉だと言ってくれる。
それは私を安心させてくれる。
私はもっと努力しなくてはならない。
いつの日かきっと、こんなものに頼らなくてもいいように。
「いつも占ってくれてありがとうございます。フクキタルさん」
いつものように私も感謝を告げる。
すっかり慣れた調子でフクキタルも返事を返してくる。
「いいんですよ、パストスペルさん!」
好きでやっていることなんですから、と返されるも、どうにもやはり申し訳なさが出てしまう。
なにか少しでもお返しできるものはないかと考えるも、あまりいいものが思いつかない。
うーん、と一つ零してみると、思い当たるものが出てきた。
「パス、と呼んでください」
これがお返しになるかは分からないが、愛称というのは仲のいい友人同士でよく使われると聞く。
ならば、彼女にそう呼んでもらうことは何らおかしいことではないだろう。
少なくとも、私のトレーナーに呼ばれるよりはおかしくはない。
ややっ! と驚いた様子を見せるフクキタルが、少し可笑しくなって、クスリと笑った。