サイレンススズカの幼馴染   作:二次元の引き篭もり

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二話「車中」

「……お久しぶりですね」

 

「おう」

 

 煙草の煙を空に向けて吐き出しながら、男はスズカに向けて車を指差す。

暗に乗って行けと言われている。スズカには彼の伝えたい言葉がすぐに分かった。

助手席の扉を開けた彼に軽く頭を下げて、スズカは車の中に乗り込んだ。

車の中は少し煙草の臭いがしているが、彼女にとっては嫌と呼べる程の臭いではない。

寧ろ懐かしく、愛しい香りに巡り合えた事に内心喜びすら感じていた。

 

「暫く療養するんだってな、ラジオで聞いたよ」

 

「はい。……久しぶりに実家に顔を出そうと思いまして」

 

 そんな会話をしながら男は車のキーを回してエンジンをかける。

4人乗りのワンボックスが田んぼと畑の間を通る道を小刻みに震えながら進む。

 

「毎週掃除には行ってるから、物の位置とか除けば昔のままだ」

 

「いつも感謝していますと、お父さんにも伝えて下さい」

 

「あいよ」

 

 カーナビに地図情報が掲載されているが、それは数年前の古い情報のもので使い物にならず、この一帯に住むアナログ人間達はカーナビを一切頼りにしていない。

毎日ここで過ごしている彼らにとってカーナビの案内よりも自分の見てきた記憶と照合して車を走らせる方が、到着に掛かる時間も消費するガソリンも少なくて済むのだ。

 

 スズカは運転に集中している彼の邪魔になっては悪いと、窓の外に視線を移す。

まだ成長途中の稲がちゃんと育っているのか様子を見に来ている老人が遠くに見えた。

彼女の記憶では前の老人たちはもう少し背が高かった気がするが、猫背になっている事から寄る年波に伴い畑仕事で腰を痛めたのだろうと悟る。

 

 カーナビの代わりに流れるラジオからはレースの実況が聞こえてきた。

といっても中央の白熱したレース等ではなく、地方で開催される小規模の大会等だが。

誰が先頭で誰が二番手につけているか、これからどういうレース運びが行われるのか、重賞レースのように専門家などを呼ぶ金が地方には無いため実況が兼業で解説を行う。

 

 ラジオから微かに聞こえる地を震わせるウマ娘の足音にスズカは耳をピコピコと反応させる。

言葉には出さず、表情にも出さないが、その心はレースで走りたいという欲に駆られていた。

視界の端に映るバックミラーでそれを捉えた男は無言でアクセルを踏む足を弱める。

 

 前方の十字路をトラクターに乗った老人が横切ろうとしていた。

数メートル手前で停車した車の中を覗いた老人は陽気に声を掛ける。

彼もフッと微笑み運転席側の窓を開けながら顔を出した。

 

「よう(りき)ちゃん!スズカちゃんのお迎えかい!」

 

「んだ!!ひさっちゃ、今日は随分と泥だらけでねーか?田んぼん中でこけたか?」

 

「田んぼん中さ猫ば入っとんで!悪さする前においの手で叩き出したっちゃ!」

 

「かっははは!あんま無理せんでな、倒れでもしたらリョウにぃんとこの孫に泣かれって!」

 

「やっかましいわい!お前こそ、さっさとスズカちゃんに告っちまえ、このスケベ野郎!」

 

「うっせえ!!スケベは余計じゃスケベジジイ!」

 

 そうこう話している内にトラクターは道を渡って背を向け始めた。

老人が彼と助手席で会話を聞いて少し頬を赤らめていたスズカに手を振っている。

スズカもニコリと笑って手を振り返し、窓を閉めながら男は再び車を走らせた。

 

「みんな元気そうですね……」

 

「あぁ、歳食ってもう現役引退だってのに……田んぼも畑も継ぎ手がいねえってんで、身体が動かせる内は孫に小遣いもやりたいって、みんな働いてんだ」

 

「……リキ君もお父さんの所の畑を?」

 

「まぁな。都会出て大出世なんて俺の柄じゃねーし……お袋亡くしちまってからというもの、親父は狂ったように働くもんだから見るに見かねてな……最近やっと落ち着き始めたよ」

 

「リキ君のお母さんが亡くなって、もう5年も経ちましたからね」

 

「此処じゃつい昨日の事みたいに話されるさ」

 

「リキ君のお父さんも、リキ君が居たから立ち直れたんですよ……きっと」

 

「…………」

 

 車のフロントガラスに映る山が段々と近づいて来る。

会話の最中で不意に口を噤んだ男にスズカは視線を向けた。

 

「リキ君?」

 

「……なあスズカ……一応俺も今年で23なんだ、6歳年下のスズカに君付けで呼ばれるのは……まぁ、あれだ……恥ずかしいんだ」

 

「……ふふっ、ごめんなさい。つい昔の癖で……」

 

 ペロっと舌を出して笑うスズカ、トレセン学園でも滅多に見せない笑顔だろう。

少し前まで「お兄ちゃん」と呼んで遠くで手を振っていた幼い少女は何処へ行ってしまったのだろうと成長を喜ぶ半面悲しい気持ちになる男だった。

 

「そしたら今度からなんて呼べばいいのかしら?リキさん……とか」

 

「ちと他人行儀だな……普通にリキって呼び捨てでいい」

 

「ええ、そうするわね。リキく―――あっ……」

 

「…………」

 

「……今度から気を付けます」

 

「そうしてくれ」

 

 そんな会話を最後に、2人が乗る車は山の麓にある小さな民家の前で止まった。

車のドアロックを男が解除して、スズカは助手席を降りて入り口から民家を見上げる。

そこは彼女が生まれ育った十数年の思い出が残る、両親が住んでいた彼女の実家だった。

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