「くッ、ここは……望舒旅館?そうか、借りができてしまったな。」
「帝君には伝わっただろうか……今すぐにでも彼女達を追わなくてはだが、……ダメだ、力が入らん。」
「お目覚めですか魈様!今はこちらでお休みください。この部屋には人を立ち入らせませんので。」
「いや、いい。我は夜叉だ。人による施しを受け取るわけにはいかぬ。」
「旅館の者に料理を用意させます。動くのはそれを召し上がった後も……」
「だが……」
「そう意地を張るモノでもない。人のいざこざに口を出すこともないが、これは神の不慮により起こったことだ。俺が手を貸す言い訳としては十分だろう。」
「施しを受けた後、ついてこい。」
どうやら夜叉の疲れを癒すのはその男の言葉で十分らしい。
避難誘導はあらかた済んだ。敵は堂主を優先したのか、住民を襲うことはしなかった。そうだ、千岩軍を呼ばなくては。今からでも間に合うはずで……
「遅い。そして甘いね。何もせずにモブのままでいたなら、見逃してあげたのに。」
どこからか声が聞こえる。敵のものだ。
「あなたの堂主の命、風前の灯だよ。助けなくていいの?」
挑発だ。今は堪えなくては。
「ふーん。まぁいいけどさ、いつまでそんなままでいるつもり?」
「あなたにも、できることはあるんじゃない?」
……虚空を殴る。決意は変わらない。自分は戦力にならない。千岩軍を呼ぶのは間違っていない。
「だから遅いって!まぁあの堂主の命を見捨ててまでこの場を収めたいならば、正しい判断かもしれないけど。」
……こいつの正体は割れている。璃月での失踪事件。そこで、世間に知られず、身代わりに殺されてしまった被害者の霊。
ただ、その程度の除霊など、往生堂にはいくらでも前例がある。
「流石は往生堂。でもその感じじゃ、私程度の小娘がこんな事件を起こせる理由まではわからないようだね。」
そう、そんな哀れな霊の力の源は、本来優しかったはずの魔神の残滓。塩の魔神 ヘウリア
かつて魔神戦争で追い込まれ、領民(通説ではモラクス)によって殺さ
れたとされる、魔神だった。
「水って、どんな姿にも形を変えられるよね、どこぞの精霊じゃないけどさ。」
「知ってる?遠い稲妻でも、水と霊の親和性は高いんだってよ。」
「魔神とあの堂主との関係は知らない。そもそもこの魔神と関係してるのか、もしかしたら、その奥にある人物に関係してるのか。」
「何にせよ私はそんなこと興味ない。たまたま海に流れたら、使えそうな力が残ってた。それだけ。」