彼女は常に自分は死を恐れないと言っていたが、今ならわかる。
それは彼女なりの優しさだったのかもしれない。生き死にについて見識のある人間が恐れていたら、見識のない人間は死後に対して必要以上に恐怖してしまう。という、優しさ。
本当のところはわからない。だが、自分はそう解釈した。
一度呼吸を整える。気がつくとそこは見たこともない場だった。
青い場所。不気味な場所。そして目の前にある異様な物体。
「門」。
自分の丈の倍以上はある、大きな門。迷っている暇はない。後ろを振り向くとすぐそこに魔神の残滓に侵された者が追ってきている。少し躊躇いながらもその門の中へと足を踏み入れた。
何もない場所だった。一際目立つ、枯れた木を除いて。
そこでふと、友人の話を思い出した。なんでもこの世界には秘境と呼ばれる、一流冒険者でも攻略はむずかしく、見事攻略した暁には強大な力を持った魔具を得ることができると。
縋るしかない。
瞬間、腹の底まで響く重苦しい音が響き渡った。どうやら始まるらしい。呼吸が荒くなる。
そしてそこで……
自分の思い上がりを実感した。
突如現れ、襲ってきた二つの炎。数秒遅れでそれが大きなスライムだと気付く。とはいえ、気付いたとこでどうしようも無い。慌てて元来た道を戻ろうとしても、不可視の壁に遮られる。すぐに方向を変え、部屋の隅に走るが、二体のスライムは苦痛による叫びにも似た炎を撒き散らし、自分を抹殺しようとにじり寄ってくる。
そこには刈るものと刈られるものしかいなかった。
数回普段の自分なら致命傷足りうる攻撃を受けたが、興奮状態なのか気に止めるほどではなかった。
数分逃げ回っていると、ある時から部屋の壁にある、崩れた部分に目が付くようになった。あそこまでうまくのぼり、スライムを誘導して落下させられないかと。
普段なら絶対思いつかないような作戦だったが、ここで悩んでいる暇はない。迷いなく壁に近寄り、己の全てを使ってよじ登る。
示し合わせたかのように、崩れた壁の残骸が散らかっていたおかげで、目標に到達できた。スライムは今尚襲ってくる。タイミングが命だ。失敗は死を意味する。
それも自分だけの死ではない。
極限状態において、人は実力以上の能力を引き出せるというのは本当だったらしい。スライム2体は攻撃の反動を抑えきれず、地の底まで落ちていった。
恐怖と疲労が一気におそいかかってきた。
しかしそれは勝者にのみ許された嗜好。存分に味わい尽くした後、枯れた木に目をやる。あとはあれに祈りをささげるだけ。
そしてその希望に歩み寄ろうとした瞬間。
目の前に写っていたものは、二体の巨大な丘々人の影だった。
どうやら奇跡(まぐれ)は、許されていないらしい。