不卜盧に着いても、あの薬採り娘は居なかった。堂主の落胆ぶりはものすごかったが、璃月港を出るころにはすっかり機嫌は治っていた。
「いやー今日みたいな日に限って天気が悪いなんて......ついてないねー」
そういえばまだ行き先を聞いていなかった。近場だとありがたいが......
「ん?無妄の丘だよ?帰れるのは明後日くらいになるかもね!」
……そんな気はしていた。丸々2日はかかる距離だ。望舒旅館に泊まることになる。まぁあそこの食事はなかなかのものなので悪い気はしないが。
「それに、『彼』にも用があるしねー。あ、杏仁豆腐を用意しとかないと!」
にしても、かなり疲れる。望舒旅館への最短で行くには、璃月北門からの道が一番なのだが、ここは珉林ほどではないにせよ、山岳地帯だ。大荷物をもって坂道を上がるのはなかなかのものだ。
もう少し行けば小休止できる場所があったはずだ。そこまでの辛抱、黙って歩こう。
何も持たない堂主に腹は立つが、彼女には帰離原での仕事がある。今体力を消耗してもらうわけにはいかない。
休憩は30分ほど。本来は1時間ほど休憩するつもりではあった。すぐ発ったのは長く居座ると長く居座るだけ離れるのが難しくなっていくものだから。と言いたいが、実際の理由は違う。
人がいなかったのだ。別に空いていたわけではない。本来いるべき口の悪い出店の婆や、若いころの惚気がうるさい爺、千岩軍の気配がない。
それにまだ十時だというのに薄暗いのも気になった。もともとここは崖に囲まれているので、陽があたりにくい場所ではあったが、それにしてもである。しかし七天神像の輝きに陰りはない。
その事実に安心しながらも、やはり見慣れた場所の異常には不安を隠せない。
堂主はというと、
「んー『霧』が残っているのかねーもう十分時間は経ったはずなんだけど」
堂主の能天気さに今は感謝しつつ、本来千岩軍が警備している場所を横目に帰離原へと向かう。
あそこも十分危ない場所ではあるが、得体のしれない恐怖ではない分ここよりかはましだろう。一人であれば絶対に通らない場所ではあるが、今は堂主がついてる。
とはいえ危険は危険。境界線である小橋を過ぎたら用心しないとな......そう考えるころには先ほどの不穏な雰囲気は消え、陽がよく見えるようになっていた。やはり光はいいものだ。浴びるだけで元気になってくる。
堂主も
「さーってこっからは私の出番だね!」
と元気な様子。頼もしい限りだ。この分だと日の入りまでには望舒旅館に到着するだろう。
しかし、安心は油断を生むものである。
陽の傾きが通常より早いことに二人は気付いていなかった