「じゃあ、きりたんの部屋はずん子ちゃんと同じ部屋ね。」
「私たちの部屋のお隣だね!」
「ずんちゃん、たまに変な事言い出すから、困ったらウチらんとこ来ぃや。」
「はい、分かりました。」
「もう!後で酷いですよ茜ちゃん。」
「後でってなんや!怖いわ!」
ずんねえさまに手を引かれて、部屋に入る。
真っ白な部屋に、モニターが8個あるパソコンと、1個だけのパソコンがある以外は、全てが緑色の家具で彩られた部屋。
11畳程のその部屋は、ベッドも、テーブルも、カーペットも何もかもが緑が基調に……というか緑だ。
「良いお部屋でしょう?白いお部屋に緑を置くと、ずんだ餅みたいで可愛いんです。」
「え?あの、やりすぎだと思います。」
最低限の知識だけが入っている私から見ても、さっきまで見てきた部屋に比べて異様に映る。
正直に意見を述べると、ずんねえさまはこの世の終わりかのような、ガーン!というような顔をして、仰け反る。
「ガーン!」
「あ、いや可愛いと思いますずんねえさま。統一感があって。」
まさか口でも言うと思わなかったわたしは、つい咄嗟にフォローの言葉をかけてしまう。
一瞬白目まで向いて硬直したずんねえさまが、ゆっくり動いてわたしの頭を撫でる。
「良いんです……、茜ちゃんにもおかしいって言われましたし、マキちゃんにも苦笑いされましたから……。きりちゃんも欲しい家具が出来たら買っていいですからね。」
「緑色ですか?」
「み、緑じゃなくても良いですよ。」
とはいうが、ここまで既に白と緑なので、結局緑色の家具を持ち込むことになりそうだ。
部屋に入れられたわたしは、ベッドに腰掛けさせられた。
そして、わたしの目の前に、ずんねえさまの手によって大量のの衣類が並べられていく。
例によってその8割が緑色で、離れたところに少しだけ他の色の服が並べられる。
「さぁ、どれでも好きな服を選んでください!」
「とか言いながら緑ゾーンを全面に押し出さないでください!」
「きりちゃんには緑が似合うと思うんです!」
「緑以外も着てみたいですよ。」
今、わたしが着ているのは、身体を組まれてからすぐ着せられた、ガウン型の病衣のような服だ。
正直、これで過ごすことに何の違和感も覚えてなかった以上、急に服を選べと言われて戸惑う気持ちがある。
……ひとまず、緑色の服は辺りが緑ばっかりで、頭がどうにかなりそうなので、他の服を見る。
他の三人が選んだのか、青、赤、ピンク、黄色、白の服が並んでいるその中から、何となく、白と赤のメリハリが利いた服を手に取る。
マキさんの着ていた服に似ているようだが、これはどちらかというと何となく和服というものに近い。
見た目がちょっとそれっぽいだけで、洋服の色の方が強いが。
「きりちゃん!?それも、いいですけど、こ、こっちはどうですか?」
「なんですかそれ……藻?それはいいです。」
「ずんだぁぁぁ!!」
ずんねえさまが奇声を上げて部屋を出て行ってしまった。
今のところ、これからずんねえさまと上手くやっていける気がしないわたしは、とりあえず病衣を脱いで着替えることにした。
用意されていた服は、わたしのサイズにぴったりで、動きやすかった。
「おー、ええやん、似
「私のは選ばれなかったかぁ、残念。」
「そんなこと口に出して言うもんやないで、葵ちゃん。」
着終えた服の様子を確かめていると、ずんねえさまが開け放しにしていた扉から、琴葉姉妹が入ってきた。
残念そうに、というか残念だと言いながら葵さんが落胆していますが、別にわたしに服のこだわりはないので、これしか着ないつもりはない。
「緑色は全部は着ないかもしれないですが、他は一度は着ようと思ってますよ。」
「ホント!?じゃあ他のも考えとかないと。」
「仕事に支障が出えへん程度にせなあかんで。……ずんちゃんどこ行った?」
「叫んでどっか行っちゃいました。」
わたしは、話しながら、自然に茜さんにまたベッドに座らされると、茜さんと葵さんに挟まれて座る形になりました。
茜さんは部屋を、葵さんは私の手を取り、見始めました。
「相変わらず独特な部屋やな……。」
「あはは、まぁ、ちょっと他では見ないよね。……わっ、すごい、きりたんちゃんの肌見てこれ。」
「ん?ああ、その辺も寄せてる言うて……おお、産毛まである。」
まじまじとわたしの手や腕を観察する二人に、むずがゆさを覚えます。
話の流れから、わたしと琴葉姉妹の肌を見ると、確かに、茜さんたちの肌は、綺麗すぎる気がしました。
わたしの視線に気が付いた茜さんは、自分の手を上げて、私の前に持ってきます。
「ウチらのには産毛とかないやろ?剃ってるとかやないで、元から無いんや。」
「きりたんちゃんは特別なんだよ、ほぼほぼ生物……人間の皮膚に近くなるように作られてるんだって。」
「きりちゃんはな、
わたしのコンセプト、存在理由。
それは、人として生きることだった。
「やっほー、楽しそうだね。」
しばらく、茜さんたちと、わたしのまだ見ぬ外の世界についての話を聞くなどして時間を潰していると、マキさんが入ってきた。
「マキちゃんも混ざる?」
「混ざりたいけど、先にきりたん、お腹減ってない?」
ふと、そんなことを言われて、お腹の違和感に気付く。
少しだけ締め付けられるような、重いような、そんな感覚は、空腹なのだろうか。
感じたことをそのまま伝える。
「よしよし、上手く行ってるみたいだね。」
「そんなとこまで再現出来てるんですか?」
「お腹がなったりもするし、もちろん食べたら消化してエネルギーにも出来るよ。」
「味覚もあるんか?」
「ばっちり!」
話についていけないわたしを置いて、会話が進んでいく。
空腹と思われる感覚は、一度意識すると、感覚が強くなっていく気がする……、と考えていたら、ぐぅ、とお腹から音がした。
「お、ホンマや。」
「わぁ、本当にそんなとこまで……。」
「きりたん、ご飯用意してあるから、食べにいこっか。」
と、連れてこられたのは、キッチンがある部屋。
キッチンのそばでは、先ほど走り去っていったずんねえさまが何か、器の中を棒でつついている。
「普通の料理もあるけど、先に味覚のテストもしたいから、座って待ってて。」
マキさんは、入ってくるなりそう言うと、入ってきた扉から戻って行ってしまった。
茜さんたちは、既にテーブルに移動していて、葵さんがこちらに手招きしている。
「きりたんちゃん、こっちこっち。」
「ずんねえさまは何を……?」
「いつもの発作や、無視してええで。」
相変わらず何かをしているずんねえさまに目線が行きそうだったが、すぐに戻ってきたマキさんが持って来たトレーに意識が行く。
マキさんが持って来たトレーには、小さくて色とりどりな四角いブロックが複数と、直径30センチメートル弱の輪のような機械が乗っていた。
マキさんはわたしの後ろに回ると、機械をわたしの頭に取り付けて、そこから伸びているコードを、手持ちの小さなモニターに取り付けた。
「マキちゃん、端末外部にしたんやな?」
「人間には、自分に端子を突き刺せる場所なんて無いからね。」
「私たちも何かした方が良いかな?」
「うーん、最近は内部武装使うこともないし、そのままでええんちゃうか。」
「よし、きりたん、まずはこれ食べて。」
マキさんが、わたしの口元に白いブロックをつまんで持って来たので、そのまま口に入れる。
口腔の液体───唾液でさぁっ、と溶けたそれは、特になんの変化ももたらさなかった。
ただただ舌の上で少しだけ残った、ややざらついた残りのが、妙に不快だったので、すぐに飲み込んだ。
「おっ、嚥下した。これは……ありゃ、不味かったか、ごめんねきりたん。」
「何味?」
「無味。この辺はデータ引っ張ってきて作っただけだけど、味が無いと不味く感じるってのはホントみたいだね。……じゃあ、次はこれ。」
次に差し出されたのは、黄色いブロック。
先ほどの嫌な感覚を思い出し、少し食べるのに躊躇したが、恐る恐る口に入れると、途端に痛みと誤認するような、口の中で弾け広がるような刺激が走った。
「ひゅえっ」
無意識に顔が引き絞るようにこわばり、目を瞑る。
「わぁ!ごめんきりたん!」
「きりたんちゃん顔が一気にシワシワに!」
「酸っぱいって奴か?大丈夫かきりちゃん。」
「ら、だいりょうぶれひゅ……。」
口の中で無情にも溶け広がったブロックは、まんべんなく舌を埋め尽くすように暴れだし、口の中の水分量が一気に跳ね上がる。
増えた水分で流し込むように飲み込むと、次第に刺激は収まり、硬直した顔と身体がほぐれる。
眉間に寄ったしわはしばらく戻らなかったが。
目から流れた涙という液体を袖で拭う。
「すまんなきりちゃん、これが終わったらちゃんとまともなご飯用意してあるから、もう少しだけ我慢したってや。」
「大丈夫そう?」
「…………大丈夫です。」
「凄い嫌そう。」
「じゃあ次はこれを……。」
次に差し出されたのは、赤いブロック。
…………何故か鼻の奥が詰まるような刺激を与える臭いが漂ってくる。
凄まじく口に入れたくないそれを、強く目を瞑って口に入れる。
───その時、世界が弾けた。
「ぐばぁっ!?」
「きりちゃーん!?」
「口から全部出たよ!?マキさんこれ食べて大丈夫な奴!?」
「辛味って奴で、人間も食べてるから大丈夫の筈!?あわわ、数値がとんでもないことに!?」
先ほどの酸っぱいと同じくらいの唾液が口からあふれ出し、とめどなく口からこぼれて出ていく。
今回は舌だけではなく、口の中全体に刺激……痛みが走り、唯一痛みのない歯で、強烈な痛みを発する舌についたものを、こそぎ落とすようにしてしまう。
急速に顔周りに熱が集まるような感覚……実際に集まっているような気もする。
しばらく、呼吸を強めて、吸う時に舌に風を送るようにして耐えることで、やっと刺激が収まってきた。
「ひゅ~………………、これが拷問って奴ですか?」
「違うよ!?」
「うーん、これは言い逃れは無理やな。」
「マキさんひどーい。きりたんちゃん汗?でびちょびちょじゃん、拭いてあげるね。」
「ありがとうございます……。」
茜さんたちに非難を受けるマキさんには悪いが、それが許されてもいいと思うくらいの刺激だった。
葵さんに、身体から出た汗を拭かれている今も、わたしの舌は痛みを訴えている。
慌てたマキさんは、今度はピンク色のブロックを差し出した。
「今度のこれは甘味って奴で、美味しい奴だから大丈夫!」
「ホンマか?怪しいなぁ。」
「あんまりいじめちゃ駄目ですよ。」
「本当だって、これでダメなら今日は中止でいいから!」
またも涙が流れた目元を拭いながらブロックを見る。
正直とても食べたくない気持ちでいっぱいだったが、そのブロックからは、先ほどとは違う、食べたいと思わせるような匂いがしていた。
そこに興味を引かれたのもあって、意を決して口に含んだ。
そしてそこには、幸福があった。
「んんん!」
「わ、びっくりしてる?」
「つらそうではないな、どういう反応やろ。」
「きりたん、どう?」
口の中で溶け広がったブロックは、たちどころに口の中を満たし、辛味を打ち消して、素晴らしい感覚を伝えた。
これが、美味しいというものなのだろう。
心配そうに見つめるマキさんに、何度も頷くようにしてそれを伝えた。
それを見たマキさんは、安心したように、肩をなでおろした。
「良かった~、データもしっかりとれてるし、良い感じだね。」
「これがさっきまで幼気な少女つかまえて、拷問しとった奴の顔やで葵ちゃん。」
「そうだね、お姉ちゃん。」
「それは本当にごめんってば!」
しばらく口の中で、ブロックが溶けた唾液を弄んでいたが、いつまでもそうしている訳にはいかないので、仕方なく飲み込む。
消え去った辛味、美味しい口の中、穏やかさがわたしに訪れて、気持ちも穏やかになった。
「じゃあきりたん、次はこれを──」
その後も、苦味だとか、塩味だとか、いくつかのブロックを食べ、顔をこわばらせたり、首を傾げたりしながら、テストが進んでいった。