とりあえず第一話的なモノ
旅の始まり
暗く暗く暗い世界。
いつからこの世界にいたのか、アレからどれほどの時間が経ったのか。
『目覚めた時にはお前の前に新しい世界が待っているだろう──』
(……兄貴)
『──お前こそが最初にして……最後の──』
(……あ……ぁ…………)
浮かび上がった意識はまた暗い世界に沈んでいく。
何度も何度も。
『いつ帰ってきても良いのよ』
『──あたしがけっこんしたげよっか?』
何度も──
『これは……凍った箱なのです』
(……ん……ぁ?)
『あの……中にヒトが……』
(……誰、だ)
『本当なのです!』
『ど、どうしたら……』
暗い世界に新しい声が届く。
知らない声なのにどこかで聞いたことがあるような。
『と、とりあえず温めるのです!──
『ネコネ様っ!?』
《──マシン温度ノ上昇ヲ確認》
暗いだけだった世界に小さな明かりが灯る。
すると同じくして、頭の中に固い機械音声が鳴り響いてきた。
《コールドスリープシステムニ深刻ナ影響ガ発生スル可能性アリ》
《緊急時覚醒処理ヲ開始──》
(なんだ……何が、起きてる……?)
『わっ!急に箱が赤く光り出したです』
『ネコネ様……何かピッピッて音も……』
《システム、イエロー》
《対象ノ覚醒深度ニ問題──》
警告音が裏で響いている中、機械音声も事態の悪化を知らせてくる。
《──完了。システムの侵入に成功しました》
《始める。カウントダウンを開始します》
しかし突如、頭の中で鳴り響いていた機械音声が柔らかな声に変わる。
《5, 4, 3,……2, ……1………主様に、よき旅路を──》
(……ウルゥル、サラァナ…………)
「……ここ、は……」
目覚めた場所はそこそこな広さのある天幕だった。
(あ、あぁぁあ……よく寝たな。ようやく兄貴の実験も終わったのか?)
特に身体に凝りとかは溜まっていないが、何となくの癖で身体を伸ばす。
(しかし、これ……布だよな。兄貴も凝った演出をするもんだ……)
足場や壁、天井を見渡してもそこは全て布で覆われており、これは資料でしか見たことがない天幕であると分かった。
「……あ。………どうしたら、ネコネ様がいないのに……」
「ん?」
「あっ……」
暖簾のように仕切られた奥から顔だけ出して、こちらの様子を伺っていた少女が見える。
少女もこちらが見ていることに気がつき、小さく声を漏らした。
(誰だ、兄貴の助手か?……いや、それよりも何だあの耳!?つけ耳なのか?)
研究員の助手としてはまだ幼い顔立ちのようなと思っていると、その耳には獣のような毛が生えていた。
「ど、どういう……」
「お…‥おはようございます。…‥お身体は大丈夫で、しょうか……」
少女は慌てて暖簾を捲り、ペコリとお辞儀をしてから問いかけてくる。
「ああ、自分は大丈夫だけど……。ここは?」
「は、はい。え、えと、こ、ここはク、クジュウリの……」
「大丈夫だから落ち着いて。ゆっくり話してくれ」
「あ、……ありがとうございます」
よほどの緊張体質なのか噛みまくっていて何を言っているのかわからなかった。
埒があかないのでとりあえず落ち着かせるために声をかけると、少女は顔を赤くしながら礼を言い、深く深呼吸をした。
「ふぅ……。ここはクジュウリのシシリ州にある山中です。あ、えっと……先ほどの遺跡から少し降った場所になります……」
「……クジュウリ?遺跡?一体何のことだ?」
少女が話す知らない地名での説明に首を傾げていると、言葉を変えて再度この場所を説明してくれた。
しかしその説明にもあまり要領が得ず、結局聞き返してしまう。
「あ、あうぅ。……も、申し訳ありません、ネコネ様が戻ってくるまで待ってもらえないでしょうか。……あの、今暖かいお茶を煎れて来ますので……」
「ああ、うん。……わかった」
少女はそう言うと、こちらの返事の前にペコリと頭を再度下げてから暖簾の奥に消えていった。
「何だったんだ?」
(ネコネさまって誰のことだ?兄貴を呼ぶんじゃないのか?……それで、確かここはクジュウリとか、シシリ州だとか、山の中だとか……、山?)
少女の言葉を思い出していると、山の中という説明に引っかかった。
(どういうことだ?ここは山の中?……まさか自分は施設の外に生身でいるのか?)
ゾゾッと悪寒が走る。
抵抗力を失った生身の身体で外に出ることは、命の危険につながる。
それなのに……まさか。
(……いや、特に問題はないな。息苦しさとかはないし、身体もちゃんと動く)
布の外からはビュービューと風の音が聞こえるし、おそらくこの布一枚で外と区切られている。
そのため、明らかに雰囲気の特殊な処理なんかはしていないだろう。
ということはここの空気は外の空気と何ら変わらず、普通だったらすぐに身体に影響がでてくる。
それが何ともないということは──
(ということは、兄貴の研究は成功したのか……流石だな)
流石は兄貴だと思っていると、パタパタという可愛らしい足音と品のいいお茶の香りが届いてくる。
「お、お待たせしました……。まだ熱いのでお気をつけて飲んでください」
すると盆を持った少女が暖簾をくぐり、ゆらゆらと湯気がたちのぼる湯呑みを渡してきた。
「おお、暖かそうだ。こっちは病衣一枚で少し肌寒かったからな、ありがたい」
「ど、どうぞお召し上がりください……」
ズズッともらったお茶を啜りながら、ちょこんと端に座る少女を観察する。
「……う、うぅ」
「ああ、すまん」
視線を感じたのか、少女は顔を赤くして身体を縮こませた。
失礼な態度だったと謝るが、すこし気まずい空気が流れてしまう。
「……とりあえず自己紹介をしようか。自分は……ええと、ああそうだ、『マシロ』だ。マシロという」
「はっ、はい。……わたしはルル、ルルティエといいます」
気まずい空気の中でそういえばまだ名前を聞いてなかったと思いつき、自己紹介を提案した。
そこで自身の名前を言おうとしたのだが、何故がすっと出てこず、詰まりながら『マシロ』という名を思い出した。
「ルルティエだな、よろしく頼む。……それでずっと気になってたんだが、その耳……」
「耳……ですか?どこかおかしいでしょうか……?」
耳について訊ねると、ルルティエは自身の耳?の毛を梳かしながら顔を俯かせる。
(……まさかつけ耳じゃないのか?って、よく見たら尻尾も生えてる……あれは、もしかしてタヌキか?)
もしかしてこの状況、童話なんかでよく聞くタヌキに化かされてるのかと、得体の知れないことを考えていると、キンっと冷たい空気が流れ込んできた。
「ルルティエ様、ただいま戻ってきたのです。
「ネコネさま!あ、あのっ……
「そ、そうですか!今そちらに行くのですっ!!」
暖簾の奥からはルルティエよりも幼い少女の声が聞こえてきた。
その声を聞いたルルティエは喜色満面に返事をする。
「失礼しますです。お加減はいかがですか?」
「ああ、……特に身体は何ともないんだが。お前がネコネでいいんだな?」
「はいです。わたしも
「んん?自分はマシロだ。……それでいくつか聞きたいことがあるんだがいいか?」
「はいなのです。何でもお答えするのです。……ルルティエ様、表に身体が温まる薬草を置いてあるです。申し訳ないのですが、それを煎じて持ってきてほしいです」
「わかりました。……それでは、すこし失礼します」
新たに入ってきた少女、ネコネはその声の通りルルティエよりも一回り小柄で、少女というよりも幼い子供と感じた。
しかしネコネの態度はしっかりとしたもので、ハキハキと受け答えをする。
ルルティエが退出するのを見計らって、自分はネコネに質問をした。
「まず、ここはどこなんだ?研究所の外ってことでいいんだよな?」
「そうです。研究所というのがマシロ様がいらっしゃったあの立物を指しているのなら、ここはその建物から少し降りた山の中です」
「この場所に自分を連れてきたのは兄貴の指示なのか?」
「兄貴……マシロ様の兄様のことですか?残念ながら違いますです。マシロ様が箱の中で何故か凍ってらっしゃったので、温めるためにこの場所まで運んだのです」
薄々と感じていたが、どうやら兄貴の指示ではないらしい。
しかしネコネとルルティエからは自分を攫いにきたなんて感じはもちろんないし、謎は深まるばかりだ。
「その耳と尻尾はどうなってるんだ?ファッションか何かなのか?」
「ふぁっしょん……?耳と尻尾ですか?……あ、そういえば
「種族?まさか人じゃないのか?」
「人なのです。ですがマシロ様のような
「さっきからちょくちょくでる
「
「それが自分のことだと?」
「状況的にマシロ様も
「……そうか。ちょっと失礼なことを聞いたな。すまん、考える時間をくれ」
「はいなのです。まだ目覚めたばかりなので無理は禁物なのです」
流れで失礼な質問をしてしまったため一旦謝ってから、もらった答えを整理する。
(どうやらあの耳と尻尾は本当に生えているらしい。さっきからネコネの尻尾もゆらゆらと揺れているからそれは真実なのだろう)
(それで最大の謎である
嫌な考えに行き着きそうだったため、思考を一旦打ち切る。
すると、ちょうどルルティエも戻ってきた。
「マシロ様……薬草を煎じたお茶になります。あの……少し苦味がありますのでゆっくりお飲みください」
「ああ、ルルティエ。ありがとう……ズズッ、ニッが!」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「苦いですがとても身体に良いと言われているのです。凍っていたお身体を温めるためにもぜひ飲んでほしいです」
「……ちびちび飲むことにするよ」
ルルティエもネコネの少し後ろに座ったのを見計らって次の質問に移る。
「質問を変えるが、ネコネとルルティエは何しに兄貴の研究所に来たんだ?自分はコールドスリープをされていたと思うんだが」
「ええと、こーるど、すりーぷ?というのがよくわからないのですが、あの場所を調査した理由はミカド様より勅命を拝したためです」
「ミカドさまからの勅命?……随分と中世的な制度だな。すまんがネコネとルルティエはどこの所属だ?」
「所属ですか?わたしはヤマトのエンナカムイ出身で、ミカド様より哲学士の資格を頂いているです」
「わ、わたしはここクジュウリの皇オーゼンの末娘になります。……今回は帝都から来られたネコネさまの案内役を任されました」
「……さ、さっぱりわからん。ここに
「あ……。……とても言い難いことなのですが、
「は……?ど、どういう、ことだ……?」
「申し訳ないのですが、そういうこととしかわかっていないのです」
「…………」
思ってもみなかった情報に絶句する。
(
もともと人類はもう先細っていたのだ。
それをどうにかしようと頑張って足掻いて誤魔化して存続させていたに過ぎない。
自分の身体はどうやら真人計画に成功していたみたいだが、この状況を見ると兄貴の計画は途中で止まってしまったのだろう。
(
ようやく今の状況が掴めた。
しかしまあ、これからどうするかねえ……。
説明編とは整合性が取れてないけど何となくで