「ねぇ、ナナナコちゃん、今日はみんなどうしたんだろう」
「さあ、わかんなぁい。どこに行くのかな、私達」
とある施設の廊下で、少女たちが列をなしていた。彼女らは皆一様に同じ質素な服装をしていたが、身綺麗であった。一つ不自然な点を挙げるとするならば、腕に印された数字であろうか。
そんな彼女たちは今、白尽くめのクルタを着た老人たちに連れられて、何処かに向かっている最中のようだった。
「あれ、止まった」
いつの間にか列は止まり、小さな門の前に居た。
「ねえ、いったいどうしたの?」
と少女は前方の少女に尋ねる。
「今日は健康診断なんだって、そんでここは医務室の前らしいよ」
「へぇ、そうなんだ」
少女は疑うこともなく、それを信じた。
それから何分か経って、少女の親友が老人に呼ばれた。彼女は「ちょっと行ってくるよ!」と元気に告げて、そちらの方に去っていく。少女はそれをなんの不安も覚えることなく見送り、自分の番を待つのである。
「次、7776番!」
それから間もなくして、少女の番が巡ってきた。少女は未だに親友が戻ってこないことに、なんの不信感も覚えず、素直に従って門を潜る。
そして潜った先は真っ白な部屋で。
親友の死体があった。
それは首から血を流し、足を縛られ、逆さに吊られて死んでいた。
「え」
少女の思考が真っ白に染まる。汗が滲み、手が震え、心臓が早鐘を打つ。
何で、あの子が死んでる?
だって、ただの健康診断じゃ。
振り返る。そこには白いクルタの老人たちが、ナイフとスタンガンを持って自身を囲っていた。
「あ」
バチンッ
という衝撃と共に、少女の意識は暗転する。そして二度と目覚めることはないのである。
足首をフックに掛けられて、少女だった肉たちは機械の中に吸い込まれていく。
ジャコッ、ジャコッという無機質な音が鳴り響き、吊るされた少女たちが、首を失って排出される。
その首無しの少女たちは、吊るされたまま機械のレーンを進み、産毛を焼かれて、股から首にかけてを、巨大な丸鋸で二分された。
少女たちの肉体は、力なくブリンと跳ねて、ただその仕打ちを粛々と受け入れている。
ここは札幌エリアの、祝福の箱庭。その教団内部の、精肉工場である。
♦♦♦
東京エリアを発ってから26日目。
我々赤眼同盟隊は、東海道新幹線を伝って、静岡県の富士市辺りまで来ていた。食料調達のために行進を取りやめたり、途中橋が崩落していたり、線路が途切れていたりしていた結果、予定進度から大幅に遅れていた。そして、これまで死者は出なかったものの、体調不良者や、疲労を訴える者が増加。療養のため、トンネル内で籠城生活を送ることとなった。これで更に行進は遅くなるだろう。
体調不良者の中には、痩せこけ、下痢や便秘を患う者が数多く、これは典型的な栄養失調の症状である。また立ちくらみやだるさを訴える者もいて、これは脱水症状の典型例である。
つまり、我々が日々配給する食糧や飲料だけでは足りぬということであった。
私やヒューカは十分な食糧配給を行ってきたつもりであったが、どうもダメだったらしい。そこは素直に反省すべきだろうが、悩んでいても仕方ない。悩むよりかは、解決策を考えた方が建設的だろう。
「やはり配給量が少なすぎたのでしょうか」
こう言うのは、一番隊隊長の雫だ。
今この場には赤眼同盟隊の有力者が10名ほど集まっていた。実質的な幹部会のようなものだろう。
「いや、それよりも水だ。水の不足が手痛い」
ヒューカは備蓄メモを睨みながらそう言う。
「しかしそれはどうしようもない問題なのでは?雨乞いをするか、朝露を集めるくらいしかありません」
「そうだ、しかたない」
こう発言するのは、他の部隊長達。
「発言良いだろうか?」
ここで俺は1つ思い出して、言ってみることにした。
「足りないのは野菜なのだと思う」
「野菜でありますか」
「そうだ、野菜だ。現在我々の主な食料は、肉と芋と、少しの木の実だが、これでは必要な栄養を摂取できない。そこで野菜を食べる。野菜には水分も含まれているし、水不足も少しはマシになるはずだ」
「お言葉ですが統括隊長殿、野菜は保存が効きません。保存が効くならば、今だって持ち運んでいるはずなのです」
その言葉はもっともだろう。俺もそう思う。野菜を保存し運ぶには、俺たちには知恵がなさ過ぎた。だから発想の転換をするのだ。保存なんかしなくても良いと。
「行進を遅らせる。半日歩いたらキャンプ地を作りにかかるのはいつも通りだが、何日かそこで留まることにしよう。今までのように、一日おきに行進しているのでは、いつか行き詰まるようだからな。そして何日かの休息の間に野草を摘み、食べ、水の消費を抑えるのだ。狩りや採集などをして備蓄の増強なども行う」
俺に考えられることは、これが限界だ。
「ふうむ、岐阜に着くのがますます遅れますな」
確かにその通りだ。当初の予定では20日程で到着する予定であったのが、23日目の今日、未だ目的地には着かず、行路も半分程度しか進めていない。だが予定通りに事が進むよりも、まずは人命第一だ。こんな道半ばで人的損失を出すわけにはいかなかった。
彼女たちの死に場所は、まだここではないのだから。
「おや」
そうやって皆で机のようなボロ板を囲んでいると、トンネルの崩落した隙間から、水滴が大量にが降っているのが見えた。
「雨だ」
今日の午後の天気は雨だった。しかも土砂降りである。
二週間ぶりの、念願の雨である。
「急げ!雨を貯めろ!」
会議は中断となり、途端と慌ただしくなる。皆一滴たりとも雨粒を無駄にしないように、必死になって樽を持ち駆け回っている。
「これで、水に関しては一安心、か」
いや、一時余裕が出来たからと言って、油断は出来ない。恒常的な水源の確保が急務であることには変わりは無い。一体どのようにしたら良いのだろうか。
♦♦♦
『やあ蓮太郎くん、そっちはどうだい?美味しい魚貝にありつけているかな?』
里見蓮太郎と藍原延珠は、室戸菫の手配した飛行機に乗って、札幌エリアの地に降り立っていた。
ガストレアが蔓延る世界で飛行機などを飛ばして大丈夫なのか、襲われやしないか、そんな心配はご無用だ。モノリスや民警の所持する武器類にも使われているバラニウムを、機体各所に埋め込んであるので、滅多なことがないかぎりガストレアに襲われることは無いのだ。
人生で初めて飛行機に乗った延珠は、興奮冷めやらぬといった様子で札幌空港のフロアを駆け回り、様々な箇所を興味深げに観察している。
そしてその延珠の姿を見守りながら、気怠げに携帯電話を耳に当てるのは、蓮太郎。
「あー先生、今空港に着いたところだよ。あとグルメを堪能する余裕はなさそうだ」
電話の相手は、今回蓮太郎達が札幌エリアに向かうハメになった元凶、室戸菫である。
『ほう、やる気満々で良いことだ』
「それもあるが、さっさと帰りたいだけだよ。延珠を長居させたくない」
『親のようなことを言う』
「家族ではあるつもりだ。じゃあな先生、後でまた連絡する」
『うむ、頑張ってくれたまえ』
そこで通話を終了し、蓮太郎は延珠に声をかける。
「おい延珠、そんなとこで遊んでないで、行くぞ」
「おお蓮太郎!ここは何だか凄いな!何か、こう、凄い!」
「はいはい、凄いな。ほら行くぞ」
延珠の手を引き、空港の出口に向かう蓮太郎。ちなみに手を引かれた延珠の顔には、サングラスがかかっている。これは彼女が呪われた子供であるということが露見するのを防ぐための措置である。
「さあ、お仕事の時間だ、延珠」
「妾は準備万端だぞ!蓮太郎!」
二人は空港の外へ、札幌エリアへ足を踏み出した。
誤字報告ありがとうございます。
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