①
死んだ。皆死んだ。ボロクズのようになって死んだ。頭蓋から脳を溢して死んだ。腹から内臓を見せて死んだ。しゃもじの様にペラペラになって死んだ。
ともかく死んだ。
それは俺も例外ではなく、死んだ。痛みはなく、一瞬の出来事だった。近くの山が噴火して、降り注ぐ火山弾に直撃して死んだのだ。しかし今俺はこうして思考し、天を仰いでいる。
「おーい、プルファちゃん。そろそろ行くよー?」
振り返ると、赤い瞳をした少女がいた。浅葱色の髪を揺らすその少女の名は、ヒューカ・ポンポン。変な名だが、これは自分で付けた名らしい。ちなみに私の名も、ヒューカに付けてもらった。理由は髪が赤紫色だからだそうだ。
「わかった、今行く」
俺はヒューカにそう伝えると、彼女の方へ歩き出す。
きっと俺は転生したのだろう、多分。死ななかったのは良い事だが、転生するならこの世界以外が良かったと思う。だってこの世界は俺たちのような赤眼の人間に居場所なんてないんだから。俺も、ヒューカも、みんな、赤眼の人間は普通の人間から嫌われている。
それこそ見つけ次第殺されるくらいには。
♦♦♦
西暦2021年。人類はウイルス性寄生生物である「ガストレア」との戦いに敗北した。それはもう、惨敗だった。人類の9割が死滅し、地上はガストレアの楽園と化した。辛うじて生き残った少数の人類は、ガストレアを退ける特殊な金属、「バラニウム」製の巨大な壁「モノリス」で囲われた「エリア」の中に引きこもり、暮らすほかなかった……。
そしてここは日本に残された5つのエリアの内の一つ、「東京エリア」。その中の仄暗い路地裏。
「待ちやがれ!このクソ人間モドキどもガァ!!!!」
そこで俺たちは小汚い男に追われていた。
「プルファちゃん、殺す?」
「いや、殺すとまずい。『民警』に目を付けられやすくなる」
「でも、あいつにみんな殺されたよ」
「敵討ちがしたいのはわかるが、堪えてくれ。生き残るためだ」
「・・・」
隣で並走する少女、ヒューカを宥めながら俺は思い返す。何でこうなってしまったのかを。
俺たち「呪われた子供たち」は、「半人半ガストレア」である。胎内で「ガストレアウイルス」に感染することによってガストレアウイルス抑制因子を獲得し、出生後も人型を保ち続けることのできる存在、それが俺たちの正体だ。
ただでさえガストレアは憎悪の対象であるのに、その因子を持った人型の子供などが現れればどうなるか、想像は容易い。
待ち受けているのは苛烈な迫害だ。
親からは捨てられ、運が悪ければ殺され、孤児としての生活を余儀なくされる。親の保護を受けられない俺たちが生き延びるには、二つ選択肢がある。一つは「イニシエーター」としてガストレアを狩り、その見返りとして庇護を受ける。もう一つはエリア外周区でマンホールチルドレンとしてしぶとく生きるか。この二択を選べない奴は、嬲られて死ぬ。俺たちは後者を選び、街から食料を盗んだり、野生動物を狩ったりしてなんとか生きてきた。
そして今回は街へ盗みにきて、しくじった。馬鹿なラーニーが大声を出して転んだんだ。それに気がついた肉屋の親父は、まずラーニーを肉切り包丁で叩き殺した。次に由香が死んで、その次にアイが死んだ。生き残ったのは俺とヒューカだけだった。
俺だってあの親父が憎いし、出来れば殺したい。それが出来るだけの力を私たちは持っている。だが、だけど、それは悪手だ。私たち呪われた子供たちには、ガストレア由来の超人的な能力が備わっており、これを使えば肉親父を殺すことなど容易いだろう。しかし能力は使えば使うほど私たちの体を蝕んで、肉体をガストレアに組み替えていく。それに下手に人死にを出せば、民警に目を付けられてしまう。それだけは避けたかった。
だから俺は耐える。
だからヒューカも耐えろ。
「あそこ、行くぞ!」
俺の視線の先には、マンホールが一つ。ヒューカも俺の言葉を理解したのか、「オッケー」と叫んだ。
「うわあああ!」
マンホールの蓋を力任せに持ち上げて、親父に投げつける。鈍い音と共に親父は倒れ、動かなくなった。
「ちょ、殺さないって言ったじゃん!?」
ヒューカは俺を糾弾する。
「大丈夫だ。直撃したのは股間だったし、多分死んでない」
「脈無いよ!」
「マジかよ」
仕方ないので俺とヒューカは親父の死体をマンホールの中へと引きずり込んで、そこに捨てた。
「ちゃんと蓋しといてよ」
「わかっている」
そうして俺たちは帰路につく。今日の収穫は肉4キロとパン10個。死んだ人数を考えると、割に合わねえし、腹が立つ。
殺して良かったかもしれないな、あの親父。
♦♦♦
春先。
真っ黒さらさらストレートヘアに制服姿の可憐な美少女、天童木更は苛立っていた。
「里・見・くん~?またもや君は警察からの報酬を貰いそびれ、スーパーのタイムセールにかまけていたわけ?」
「……ああ」
木更の前で叱られた犬のような顔をする少年、彼こそが天童木更が立腹する原因であり、この「天童民間警備会社」唯一の従業員、里見蓮太郎である。
「なあ蓮太郎、それよりも妾はお腹が空いたのだ。妾をひもじくさせるとは、蓮太郎も偉くなったものだな?ん?」
そしてその蓮太郎の足に纏わり付いてグチャグチャと文句を吐くこの少女は、蓮太郎の相棒にしてイニシエーターである、藍原延珠だ。彼女はどうやら先ほどまで軽く運動をしてきたからか、お腹が空いて仕方ないらしい。
「ちょっと延珠、向こうに行っててくれないか?」
「断る!妾は何か貰うまでここを動かぬ!」
「飴ちゃんやるからどっか行っててくれよォ!」
「やっほーい、さすが蓮太郎、わかってるゥ」
延珠は飴玉を貰うと満足して事務所の奥に消えていった。
「はあ……木更さん、だってしかたないだろう?もやしが一袋六円だったんだよ!買うしかねえだろ!?さもなければ俺と延珠は餓死だぜチクショウ!」
先ほどの茶番など無かったかのように弁明する蓮太郎。
「この、お馬鹿ッ!里見君、君のおかげで今月の収入はゼロ!君に出すお給料すらありません!笑っちゃうわよね!笑わせて貰います!あはははははは!」
「うわあッ!木更さんが壊れた!」
「誰のせいだと思ってるの、この甲斐性無し!」
ゴスッ。
蓮太郎の脳天に木更の拳が突き刺さる。
「うげェッ!」
「……さて、里見くん、少しは頭が冷えたかしら?」
「ハイ、冷エマシタ」
「よろしい、なら里見くんには挽回のチャンスを与えましょう」
木更は冷徹な口調で蓮太郎に話す。
「それはつまり、新しい依頼の話か?」
「その通り。里見くんのミジンコにも満たない脳細胞でもこの程度のことなら理解できるようね、感心したわ」
「勘弁してくれよ、木更さん」
げっそりとした顔でそう求めた蓮太郎に、残虐な笑みで返す木更。
「茶番もほどほどに、そろそろ本題に入りましょうか、ミジンコ」
「ミジンコ」
「喜びなさい。指名依頼よミジンコ」
「指名依頼?」
「昨日の夜、何者かによって子供三人と大人一人が殺害される事件があったわ」
「そりゃまた物騒な」
「被害者女児三名は呪われた子供たちで、犯人は死んだ大人だと判明したわ」
「……そうか」
顔を顰める蓮太郎。彼の脳裏には、青空教室での出来事が蘇っていた。
東京エリア外周区・第三十九区。そこで呪われた子供たちに勉強を教える、そういう依頼だった。そこで蓮太郎は子供たちと一緒に、楽しく……延珠にも友達が出来た。出来たのに。
モノが焼けるにおい。
辺り一帯が封鎖テープで囲われたそこは。
『爆弾の中にはバラニウムの破片が大量に詰まってたんだ』
『ミっちゃんに会いたい!ササナちゃんと約束したのだッ!今度天誅ガールズ見せてあげるってッ!』
絶叫。
思い出したくない、でも忘れてはいけなかったこと、それを蓮太郎は思い出してしまって、苦痛に顔を歪めたのだ。
「調べて欲しいのは、その大人を殺したと思われる『呪われた子供たち』の行方よ」
「探してどうする?IISOにでも引き渡すのか?それとも警察か?俺は嫌だね、反吐が出る」
蓮太郎はそう吐き捨て、事務所を後にしようとする。
「待ちなさい、里見くん」
が、木更に引き留められた。
「何だよ木更さん。こればっかりはあんたの頼みでも断らせてもらう。気分が悪いんだ」
「依頼主は、松崎さんよ」
「……松崎さんって、あの人か?」
外周区のマンホールチルドレンの保護者役で、俺たちに青空教室の依頼を出した、あの?
「そうよ。松崎さんは、今回の犯行はあのときの、爆破事件の生き残りによるものだと考えているの」
「……」
「松崎さんは彼女たちを見つけても、警察に引き渡したりするつもりは無いわ。むしろその逆で、保護したいと考えているの。これ以上彼女たちが過ちを繰り返す前にって。それがあのとき何も出来なかった自分の責務だって」
「松崎さん……」
「里見くん、この依頼を受けなさい。それがあなたのためでもあり、延珠ちゃんのためでもあるの。未練を、後悔を、ここで断ち切るのよ」
物語が今、始まる。
各話感想求む
-
良い
-
程よい
-
悪い