ブラック・ブレット―赤眼帝国の誕生―   作:邪骨

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 里見蓮太郎は一人、マンホールの前に立っていた。

 

「ここが肉屋の男の死体があった場所、か」

 

 未練を断ち切れ、か。わかってるよ木更さん、俺たちは前に進まなければならない。蓮太郎は内心でそう呟くと、マンホールの蓋を持ち上げる。

 ムワッとした不快なにおい。下水の臭いと血の臭いが混ざったにおいだ。

 

(ほんとにあの教室の生徒が、人殺しなんてするのか?)

 

 蓮太郎の覚えている青空教室の生徒は、皆純粋で良い子、という印象だった。到底人を殺せるような性格だったとは思えない。

 

(いや、追い詰められれば人間、何だってするか)

 

 そして、そこまで追い詰めたのは俺たち「奪われた世代」だ。蓮太郎は自嘲気味に笑うと、下水道に降りる。

 そこには確かに血の跡があって、そのそばには少女が一人いた。

 

「久しぶりだな、蓮太郎先生」

 

 その少女の瞳は、赤かった。

 

 

 

「あれから何ヶ月経つ、先生」

 

「……4ヶ月だ」

 

「そうか、早いものだな」

 

 蓮太郎の眼前にいる少女の名を、蓮太郎は覚えていた。プルファ・トート、青空教室の生徒だった子だ。

 

「それで、今日は何をしに来た?先生」

 

「お前が、人を殺したのか?」

 

「そうだ」

 

 沈痛な面持ちで尋ねた蓮太郎は、その答えを聞くと俯いて、言った。

 

「初めて、というわけではないんだな?」

 

「そうだ先生。私はこれよりも前に、沢山人を殺している」

 

「そうか」

 

 聞きたくなかった、そんなこと。

 

「松崎さんが、お前たちを引き取りたいと言っていた。俺の仕事はお前たちを探し出して、松崎さんの元に届けることだ」

 

「……うれしい誘いだが、少し、遅すぎたな」

 

「それは……」

 

 どういうことだ。

 

「今の私には、仲間がいる。大切な仲間だ。ガストレア化が進んで、全身が異形化しかけている奴もいる。そいつらを置いて、私だけが良い暮らしをしようなど、できるものか」

 

「プルファ……」

 

「きっとヒューカに話しても同じことを言うだろう」

 

「彼女も、生きていたのか」

 

「ああ。彼女はこれまで、三回ガストレア化した仲間を介錯している。覚悟は厚いハズだ」

 

「そんな、介錯って」

 

「言葉の通りだよ、先生」

 

 私たちは、自分の手で、仲間を殺したんだ。

 

 蓮太郎は彼女たちの壮絶な四ヶ月の体験を聞いて、絶句していた。こんな年端もいかない少女たちが、仲間に引導を渡すなど、あっていいのか。

 

「あまり思い詰めなくてもいいさ、蓮太郎先生。これは私たちの選んだ道だから」

 

 違う、それしか選べなかったんだ。ふがいない俺たちのせいで。

 

「いろいろと片が付いたら、また便りを寄越すよ、先生。それまで待っていてくれないか」

 

 あと、延珠とティナに、よろしくと言っておいてくれ。

 

 蓮太郎は生気無く歩いていた。

 彼女は片が付くまでと言ったが、それは仲間を介錯し終えるまで、ということだ。気が狂いそうだった。

 そして、延珠とティナを連れてこなくて良かった、と蓮太郎は思ってしまった。こんな狂った、救われない話、彼女たちには聞かせたくなかったから。

 東京は、あのままガストレアに蹂躙されてしまえばよかったのでは……そんな考えすら脳裏をよぎってしまう。そんなことを考えて良いはずが無いのに。そんなことを思うのは、あの戦いで散った無数の命に対する侮辱だったから。

 

 蓮太郎は悔しかった。

 

 何も出来ない自分が悔しかった。

 

♦♦♦

 

「そう、そんなことが……」

 

 木更は蓮太郎のその報告に、暗い顔を示す。

 

「木更さん、このことは」

 

「何処にも報告したりはしないわよ……私だって、思うところが無いわけではないもの」

 

 でも松崎さんには報告させてもらうわ。あの人だって彼女たちのことが心配だから依頼したわけだし。木更は言うと、立ち上がって手のひらを叩いた。

 

「さ、暗い話はお終い!サッサと帰って休みなさい、里見くん。あとくれぐれもこの件に関しては深入りしないこと。私たちにこれ以上できることはありません」

 

 

 

 蓮太郎はいつものボロアパートに帰ってきた。帰ってきてしまった。自分は本当に帰ってきて良かったのか、少し悔いがあった。

 

(ぜんぜん、断ち切れてねーじゃねーか)

 

 コツコツと階段を上り、ドアノブに手をかける。そこで、扉の向こうから何やら騒がしい声が聞こえるのに気がついた。

 

『ティナよ、お主とはちと思想が合わぬようだな』

 

『そのようですね、延珠さん……残念です』

 

『もう一度聞くぞ?ティナ。天誅ガールズ屈指のエピソードは!?』

 

『断然25話です』

 

『ムキーッ!!!!そこは12話だと言ってるだろうに、なぜわからんのだ!!!!』

 

『これはもう戦争ですよ延珠さん……あッ』

 

『どうしたのだ?ティナよ』

 

『そろそろ天誅ガールズの時間ですよ』

 

『それはもう戦争どころではないな、ティナよ』

 

『『Let me Go!!いつだって!最大の!ポテンシャルで!』』

 

 ……心配させるわけには、いかないよな。蓮太郎は、努めていつも通りの表情を演じ、玄関をくぐる。

 

「ただいまー」

 

「おぉ、蓮太郎!ちょうど良いところに!」

 

「お帰りなさい、お兄さん」

 

「蓮太郎も一緒に天誅ガールズを見るのだ!」

 

「そうですお兄さん、一緒に見ましょう」

 

「ああ、わかった、わかったよ」

 

 その日、蓮太郎たちは天誅ガールズを一緒に見て、一緒にもやし炒めを食べて、一緒に寝た。

 

(プルファ……俺はお前に何が出来るんだろう)

 

 

 

「やめときなよ蓮太郎くん、絶対ろくなコトにならない」

 

 室戸菫は、蓮太郎に対して否定の言葉を述べた。

 ここは大学病院の霊安室である。謎の機械やゴミや肉塊で塗れていて、とてもそうは見えないが、そうなのだ。そしてこの霊安室の主こそ、この室戸菫なのである。

 

「だいたいね、私は研究者であって心理カウンセラーでは無いわけだから、専門の人間に当たるべきだと思うがね」

 

「それはわかってるさ、先生。でもあんたはガストレアの専門家みたいなもんだろう?何か彼女らにしてやれることの一つや二つ、思いつかないかと思ってな」

 

 蓮太郎は菫のことをドラえもんのように思っている節があり、悩み事があると度々ここを訪れてしまうのだった。そして今回もその口である。

 

「専門家ではなく研究者だが……まあ、趣味の範囲で答えてあげよう」

 

 菫はネバネバとした緑色の液体をコップに注ぐと、蓮太郎に差し出した。

 

「飲みたまえ。喉が渇いたろう?」

 

「遠慮するよ先生」

 

「飲まなければ答えてあげないよ」

 

「うッ」

 

 そう言われてしまえば弱い蓮太郎。鼻をつまんでグイッとコップの中のモノを飲み干し、むせた。

 

「うっげゴッホッ、おい先生、これ飲んで大丈夫な奴だろうな?絶望の味がするんだが」

 

「飲んで死ぬモノは入れていないハズだよ」

 

「死なない程度なら何かしら入っているのか?」

 

「さあ、どうだろうね?」

 

 きっとガストレアの肉汁なんだろうな、と考えた蓮太郎は、ブルリと身震いを済ませると、改めて問いかける。

 

「それで先生。俺はどうすれば良いと思う?」

 

「やめとけと言っても君は止まらないのだろうから、しかたなく教えてやるが、君に出来ることは無い」

 

「そうか、木更さんにも言われたな」

 

「木更くんは正しいよ、実にリアリストだ。現実的な問題として、本人たちが介入を拒否している以上、何かしようとするだけ悪手というモノだ。そのプルファくんだったかな?をその松崎さんとやらに強引に引き渡しても何の解決にもならないだろう?君に出来るのはせいぜい、プルファくんらが自ら問題を解決するまで、静観することぐらいだよ」

 

「そんなものか、先生」

 

「ああ」

 

「俺は無力だな、先生」

 

「ああ」

 

 

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